第34話 地方財閥への第一歩:松阪との邂逅、そして新たなライバル出現!?


 桜の成長と活躍は、俺の想像をはるかに超えていた。

 彼女の瞳の奥には、単なるビジネスの成功だけでなく、相良の地を、そしてこの国を、より良い未来へと導くという、確固たる信念が宿っているのを感じた。


 彼女は、もはや公爵家の庇護を必要としない、自立した一人の人間として、この新しい時代の荒波を乗り越えようとしていたのだ。

 そして、その道のりが、新たな日本の夜明けへと繋がっていることを、俺もまた確信していた。

 桜の「反乱」は、まさに新しい時代の胎動そのものだったのです。




 


 桜の狙いは、このグループをいずれは日本を代表する財閥へと成長させることだった。

 そのためには、地元相良と焼津だけでなく、より広範な地域での商圏の拡大が不可欠だと考えていた。


「駿河湾から御前崎を越え、さらに西へと商いを広げる。目指すは伊勢、松阪です」


 桜の言葉に、俺と幸は目を見張った。

 松阪は江戸時代から日本でも有数の豪商がひしめく商業都市として有名であり、明治の時代となってもその勢いは衰えることを知らなかった。


(松阪牛しか知らなかった俺、まさか松阪がそんなすごい商業都市だったとは!俺の『童貞知識』がまた一つ増えたぜ!)


 第一号艇のエンジン駆動船は、その航海において驚くべき性能を発揮していた。

 波をものともせず、従来の和船では考えられないほどの速度で松阪へと到達する。

 操船は相変わらず後藤田が担い、彼が引き入れた元同心たちも今や熟練の操船士として、交代でその任にあたっていた。


「この船があれば、松阪まで一日で行き来することも可能になりますね」


 船上で風を切る幸の言葉に、俺は深く頷いた。

 松阪での商談は、当初こそ難航したものの、俺たちの持ち込んだオイルランプや、その驚異的な性能を持つ船のエンジンの話が松阪の商人たちの間で瞬く間に広まると、状況は一変した。


 松阪からは主に高品質な布地を買い求め、その代わりにオイルランプやその燃料を売るという、互いに利益をもたらす新たな商いが始まったのだ。


 そして、その取引は、やがて松阪に店を構える四丼(しどん)商店との出会いへと繋がった。

 四丼商店は、のちに日本を代表する三大財閥の一つに数えられることになる巨大企業グループの礎を築いた名門である。


 彼らは東京での商いの規模が大きくなっていたが、本家はまだ松阪にあり、そこを通して東京あたりの商品も取り寄せることができる環境が整った。


「四丼商店様との取引は、我々にとって大きな意味を持ちます」


 桜は、四丼商店との商談を終えて戻った近藤から報告を受け、そう呟いた。

 なぜなら、この四丼商店は、二条公爵家の後ろ盾となっている二ツ井商店と長年のライバル関係にあったからだ。


 四丼商店との取引を増やしていくことは、間接的ではあるが、公爵家に対して自分たちの独立の意思を伝える意味も持っていた。

 それは、桜が描く独立への地ならしの一環でもあったのだ。


(桜、マジで策士だな!この美少女、恐ろしい子!俺の『童貞魔法』も、彼女の戦略の前には霞んで見えるぜ!)


 


 相良油田では、日夜、新たな井戸が掘られ、製油量は飛躍的に増大していた。

 地下深くから汲み上げられる原油は、焼津の工場で精製され、オイルランプの燃料として、そして船のエンジンを動かす動力源として、日本各地へと出荷されていく。


 レンガの生産も好調で、相良と焼津の町は、俺たちがもたらした技術と富によって目覚ましい発展を遂げていた。


「油にレンガ、それにオイルランプは、まさに倍々ゲームのように販売量も利益も増えていきますね」


 幸は、帳簿の数字を見ながら興奮気味に言った。

 その膨大な利益の増加に合わせて、組織体制の構築も急務となっていた。


 幸が中心となり、桜を補佐する形で、相良に焼津にと文字通り走り回る毎日だった。

 その足として大活躍しているのが、もちろん第一号艇のエンジン駆動船である。

 相良と焼津の距離は、もはや苦にならなかった。


 後藤田とその元同心たちは、熟練の操船技術で船を操り、大量の資材や製品、そして時には桜や幸、俺までもを乗せて、駿河湾を縦横無尽に駆け巡った。

 一方で、事業の急拡大に伴う新たな課題も浮上していた。


「権蔵さん、エンジンの製造が全く追いついていません」


 俺は、相良の工房で、汗だくになって工作機械と格闘している権蔵に声をかけた。


「わかっております、嶺さん。ですが、今の工作機械では、これが精一杯でしてな……」


 権蔵は悔しそうに顔を歪めた。

 需要の爆発的な増加に対し、生産能力が追いつかないのは、ひとえにエンジンの製造に必要な工作機械が足りていないことと、既存の機械の性能に限界があったからだ。


「より多くの、より高性能な工作機械が必要だ。手作業では、いつか限界が来る」


 俺は、その課題解決のために、権蔵と芝島夫妻に全幅の信頼を置いていた。

 彼らは今や、造船やエンジンの製造そのものからは離れ、もっぱら工作機械の研究製造に注力している。


 彼らの工房からは、昼夜を問わず、金属を打ち、削り、組み立てる音が響き渡っていた。

 俺が思い描く未来、そしてこの地の繁栄を乗せた新たな機械たちが、今、この場所でまさに生み出されようとしていた。


(俺の童貞魔法が、ついに日本の産業革命を巻き起こす!次の課題は、さらに高性能な工作機械の開発か……燃えてきたぜ!東京進出も近いぞ!俺の『童貞魔法』は、果たして東京を救うことができるのか!?)


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