第18話 相良での一泊、そして技術者との出会い
さすがに、焼津の屋敷に帰るには距離がある。
俺は近藤に、この近くに宿はないかと尋ねた。
近藤は心得たように頷き、相良に知り合いの家があると答えた。
「相良の芝島様のご自宅に、今夜一晩お宿をお借りすることにしましょう」
移動中、近藤は芝島家について説明してくれた。
「旦那様、相良は街道筋ではありませんので、申し訳ありませんが宿というものがございません。今夜お世話になりますのは、先の男爵、つまり桜様の父親と親交の深かった鍛冶職人の娘婿の家でございます」
によると、その芝島夫妻は相良が栄えていた頃は夫婦で船大工をはじめ、技術的な仕事を何でも引き受けていたらしい。
しかし、相良の町が寂れてからは仕事がなくなり、今は細々と農家をしながら、この先の身の振り方を考えているのだという。
相良の町は、田舎というには相当寂れていた。
活気がなく、店もまばらだ。
話に聞けば、かつて大名だった桜の父親が起こした事業が失敗したこともあり、町全体が不景気の真っただ中にあるという。
(うむむ、これは俺の童貞魔法で何とかしないとな……いや、童貞は関係ないか。でも、この町の不景気、どうにかしてやるぜ!未来の知識チートがあるんだからな!)
移動は川筋の河原などを歩いての移動だったため、未舗装とはいえ道と呼べない場所を歩いての移動は、相当足にきた。
大井川を渡り、峠を越えてきた身には、さらに堪える。
それでも、芝島家への期待と、この町を何とかしたいという気持ちが俺を突き動かした。
かなり寂れた一軒の農家の前に着くと、近藤が家の中に入り、今夜の宿を頼んでくれた。
俺と近藤は、芝島ご夫婦の家へとたどり着いた。
以前は近隣の漁船などを作っていたという芝島夫婦は、奥さんの聡子さんの父親である榊原権蔵さんの娘で、夫婦そろって権蔵さんから技術者としての技量を叩き込まれていたという。
その権蔵さんというのは、桜たちが頼りにしている相良きっての技術者らしい。
話を聞く限り、佐賀藩のお抱え技術者であった田中久重と似たような、何でもこなす万能タイプの技術者らしい。
話を戻して、ご夫婦のことだが、近藤さんが言うには権蔵さんも頼りにするくらいの器用な人材らしいが、昨今の不景気で、ほとんど仕事がないと嘆いていた。
芝島ご夫婦は、突然の訪問者にもかかわらず、快く俺たちを受け入れてくれた。
貧しいながらも精一杯のもてなしをしようとしてくれる、その心遣いが温かかった。
彼らの差し出してくれたのは、普段使いの大きな茶碗に盛られた、炊きたての麦飯と、おそらく畑で採れたばかりだろう、素朴な味噌汁。
そして、小さな皿には、庭で摘んだと思しき山菜の和え物が添えられていた。
豪華な料理ではないが、一品一品に彼らの誠実な人柄と、もてなしの心が滲み出ていた。
俺は、この寂れた町を目の当たりにし、そして芝島ご夫婦のような高い技術を持つ人々が仕事にあぶれている現状を知り、強い衝動に駆られた。
「この地で事業を起こして、このあたりに住む人たちの暮らしを改善したい」
俺の中に、これまでの調査や実験とは異なる、より人間的な感情が芽生えた。
俺は単なる技術者や商社マンとしてではなく、この新世界で、自分にできることをしたいと強く願った。
(よし、決めたぞ! 俺は童貞魔法で、この世界を豊かにするんだ! そして、最終的には桜も幸も、みんな俺のものに……いやいや、今は町の復興が先だ!)
一汁一菜の夕食をごちそうになりながらの会話で、俺は事業化への具体的なヒントを得た。
芝島夫婦は、かつて造船に携わっていた経験を熱く語ってくれた。
「いずれは造船業を再開して、船を作りたいんです」
俺は、彼らの情熱に触発され、自身の持つ知識を彼らに伝えた。
「鉄道が日本でも走り始めたようですが、まだまだ物流の要は船だと聞いています。特に、このあたりの河川物流は盛んだそうですね」
芝島夫婦は、俺の言葉に目を輝かせた。
「ええ、まさにその通りでございます。しかし、今の船は帆と櫓が中心でして、遠出はなかなか……」
俺の商社マンとしての勘が冴えた。
これだ! まさにこれだ! 俺の『未来知識チート』が活かせる分野は!
「すぐにとはいかないかもしれませんが、エンジンさえ作れれば、ここで作れる船でもエンジンを載せるだけで十分に商売になりそうです」
芝島夫婦の顔に、希望の光が宿る。
俺は、彼らの技術と、俺の知識、そして相良で発見した油を組み合わせれば、この町を、そしてこの国の物流を大きく変えることができると確信した。
(これは、俺の童貞魔法が火を噴くぜ!いや、童貞魔法じゃなくて未来知識チートな!でも、この熱い魂は、きっと童貞魔法がなせる業だ!)
俺の新たな使命が、今、目の前に広がっていた。
焼津への帰還と油の検証、そして「魔法」の証明
翌日、焼津の屋敷に戻ると、すっかり桜と幸は打ち解けていた。
二人の間には、穏やかな友情が芽生えているようだった。
(なんだこれ、俺がいない間に、こんなに仲良くなっちまったのか!? これは『ハーレム百合ルート』確定か!? いや、それも悪くない……!)
俺たちが帰ってくると幸は桜さんと一緒に外まで俺たちを出迎えてくれた。
本当に仲良さそうにしながら、俺に駆け寄って「おかえりなさい、主任」と幸が挨拶をしてきた。
(うん、癒される。その笑顔は、まるで俺の心を直接浄化するかのようだ)
俺は二人に「ただいま」と返しながら、鞄から瓶を取り出して見せた。
「これが、相良の油ですか」
興味津々に桜が聞いてきたので、俺は丁寧に答える。
「はい、昨日私が採取したばかりのものです。匂いを嗅いだだけですが、十分に使えそうですね」
俺の答えに幸が反応する。
「使えるって、どうしてわかるのですか、主任」
「結城君か。匂いだよ、匂い。嗅いでみるか」
俺はそう言って、瓶のふたを開けて幸の鼻先に持っていく。
「わ~、臭い」
「そうだよな。ガソリンのようなにおいとも取れるが、とりあえず火でも着けてみるか」
俺は、庭先で採取してきた油を小分けにして、チャッカマンの火を近づける。
「ボ!」
一瞬だが、爆発したような感じで火が付いた。
やはりガソリン成分の匂いがしていたため、ガソリンを多く含んではいるようだ。
俺は火をつける前に用心して少量の油で試したが、それでも周りにいた全員が驚きの声を上げた。
桜の目が、これ以上ないほど大きく見開かれている。
「これは……まさか、本当に燃料に!?」
桜が、興奮と期待が入り混じった声で叫んだ。
近藤も、その様子に目を見張っている。
庭師の後藤田は、まるで奇跡を見たかのように呆然と立ち尽くしていた。
(よし、これで俺の『魔法』が本物だと証明できたな!いや、『童貞魔法』じゃなくて『未来知識チート』だけどな!でも、この興奮は、まさしく魔法に匹敵するぜ!)
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