『俺達のグレートなキャンプ152 カラオケで『津軽海峡冬景色』100点出すぞ(空気椅子で)』
海山純平
第152話 カラオケで『津軽海峡冬景色』100点出すぞ(空気椅子で)
俺達のグレートなキャンプ152 カラオケで『津軽海峡冬景色』で100点出すぞ(空気椅子で)
「よっしゃあああああ!今日のキャンプも最高だぜええええ!」
石川が両腕を大きく広げ、青空に向かって叫んだ。その声は長野県某所のキャンプ場に響き渡り、遠くでテントを張っていた家族連れが一斉にこちらを振り向いた。石川は全く気にせず、ニッカニカの笑顔で千葉と富山を見つめている。その目は完全にイっている。良い意味でも悪い意味でも。
「石川さん、テント張り終わったばっかりなのに、もうそんなにテンション上がっちゃうんですね!」
千葉が屈託のない笑顔で応じる。彼の目もキラキラと輝いている。キャンプを始めてまだ数ヶ月だが、既に石川ワールドに完全に染まりきっている。その順応性、もはや才能である。
「ちょっと、石川。また大声出して...」
富山が額に手を当て、深いため息をついた。彼女の表情には「ああ、また始まった」という諦めと「今回は何をやらかすんだろう」という恐怖が半々で混ざっている。長年の付き合いで培われた、石川専用の警戒センサーがビンビンに反応していた。
「富山ちゃん富山ちゃん!何をそんなに心配そうな顔してんだよー!今日のキャンプは特別だぜ?」
石川がニヤリと笑う。その笑顔、完全に何か企んでいる顔だ。富山の警戒センサーが赤色灯を回転させ始めた。ウィーウィーウィー。
「...何を企んでるの」
富山の声が低くなる。目が据わっている。だが石川は全く気にしない。むしろテンションが上がっている。
「いやあ、最近のキャンプって普通すぎやしないか?焚き火して、飯食って、寝る。それも良いけどさあ、俺たちのキャンプは『奇抜でグレートなキャンプ』がモットーだろ?もっと刺激が欲しいじゃん!」
「十分奇抜だと思うんですけど、毎回...」
富山が呟く。その脳裏には過去151回の奇抜すぎるキャンプの記憶が走馬灯のように流れていた。テントの中でプラネタリウム、川でスイカ割りならぬカボチャ割り、真夜中の森でかくれんぼ大会、焚き火でマシュマロを延々焼き続ける耐久レース...。どれもこれも石川の発案だった。
「それでそれで、今回は何するんですか!?」
千葉が目を輝かせて尋ねる。完全に石川の毒に侵されている。もう手遅れだ。
石川がリュックから何かを取り出した。それは...ポータブルカラオケマシン。液晶画面付きの、本格的なやつだ。さらにマイクを二本。そして謎のスコアリング機能付き。
「じゃじゃーん!今回はキャンプ場でカラオケ大会だああああ!」
「えええええええ!?」
富山の悲鳴が山々にこだまする。遠くでカラスが驚いて飛び立った。
「しかもただのカラオケじゃねえ!『津軽海峡冬景色』を歌って、100点を目指す!」
「それって...演歌じゃないですか!?」
千葉が驚きつつも、どこか嬉しそうだ。新しいチャレンジに心が踊っているのだ。
「そうだ!でもそれだけじゃつまらねえ!」
石川の目がギラリと光る。富山の背筋に冷たいものが走る。まだ何かあるのか。いや、絶対ある。石川のことだから。
「空気椅子をしながら歌うんだよおおおお!100点出すまで空気椅子やめちゃダメ!これぞ真の『グレートなキャンプ』だあああああ!」
「はあああああああ!?」
富山の叫びがオクターブ上がった。もはや悲鳴を通り越して金切り声である。隣のサイトでコーヒーを飲んでいた中年男性がむせた。
「最高じゃないですか!歌も鍛えられるし、足腰も鍛えられる!一石二鳥ですよ!」
「千葉くん、あなた完全に洗脳されてるわよ!?目を覚まして!!」
富山が千葉の肩を掴んで揺さぶる。しかし千葉の目には既に石川と同じ狂気の輝きが宿っていた。もうダメだ。こいつも完全にアッチ側だ。
「いいか、ルールはシンプル!一人ずつ『津軽海峡冬景色』を空気椅子で歌う!100点出たら次の人!出なかったら再チャレンジ!全員が100点出すまで終わらない!」
「無理無理無理無理!『津軽海峡冬景色』って結構長いのよ!?4分半くらいあるわよ!?空気椅子で4分半なんて、太ももが爆発するわ!」
富山が必死に抵抗する。だが石川の目は本気だ。完全に本気だ。むしろ楽しみで仕方ないという顔をしている。
「大丈夫大丈夫!俺たちならできる!それに、周りのキャンパーさんたちも絶対盛り上がるって!」
「絶対呆れられるでしょうが!!」
富山のツッコミも空しく、石川はすでにカラオケマシンのセッティングを始めていた。千葉もそれを手伝っている。完全に話が進んでいる。富山の意見など完全無視である。
「ちょ、ちょっと待って!せめて練習とかしなくていいの!?いきなり本番なんて...」
「練習なんていらねえ!キャンプは勢いだ!グレートは勢いから生まれるんだよ!」
石川が親指を立ててビシッとポーズを決める。その後ろで千葉も同じポーズ。完全にシンクロしている。この二人、いつの間にこんなに息が合うようになったんだろう。富山は頭を抱えた。
「よっしゃ、セット完了!じゃあ最初は...俺が行くぜ!」
「自分からああああ!?」
富山が驚愕する。普通、こういう企画って発案者は最後に回って様子見するものじゃないのか。だが石川は違った。自ら率先して突っ込んでいくタイプだった。それが彼の魅力でもあり、恐ろしさでもあった。
石川がマイクを握りしめ、両足を肩幅に開いて構える。そして、ゆっくりと腰を落とし始めた。太ももと地面が平行になるまで。完璧な空気椅子フォームだ。
「お、おお...マジでやるんだ...」
富山が唖然として呟く。
「石川さん、頑張ってください!」
千葉が拳を握って応援する。
「いくぜええええ!曲、スタート!」
ピロリロリーン♪
電子音が鳴り響き、『津軽海峡冬景色』のイントロが流れ始めた。その瞬間、周囲のキャンパーたちが一斉にこちらを見た。視線が集中する。石川は全く気にしない。むしろ気持ち良さそうだ。
「うえの〜お〜おお〜♪ ええき〜いい〜♪」
石川の歌声が、長野の山々に響き渡る。演歌特有のこぶし回し。そして完璧な空気椅子フォーム。太ももがプルプル震え始めている。だが歌声は安定している。
「おりたった〜あ〜♪ ひとおおお〜♪ りい〜い〜♪」
「す、すごい...意外とちゃんと歌えてる...」
富山が呆気に取られる。石川、実は歌上手かったのだ。
「みいいい〜なれたあああ〜♪ ひとおおお〜♪ りい〜い〜♪」
空気椅子を維持したまま、石川の歌は続く。だが太ももの震えが激しくなってきた。額に汗が浮かんでいる。それでも歌声は力強い。
「つがあああ〜るぅ〜♪ かいきょおお〜♪ ふううう〜ゆううう〜♪」
サビに入った。石川の顔が紅潮している。太ももが限界を迎えようとしている。プルプルプルプル。まるで地震だ。マグニチュード7くらいの揺れだ。
「げええしいきいい〜♪」
「石川さあああん!頑張ってえええ!」
千葉が全力で応援する。
「ばかああ!?応援してる場合じゃないでしょ!?止めなさいよ!!」
富山がツッコむが、もはや彼女の目にも応援の色が浮かんでいた。石川の必死な姿に、心を動かされていたのだ。
そして曲が終わる。石川がマイクを下ろし、ドサッとその場に座り込んだ。太ももがパンパンに張っている。
「はあ...はあ...はあ...てん、点数...」
カラオケマシンの画面が光る。数字がカウントアップされていく。
「85点」
「うそおおおおおん!?」
石川が絶望の叫びを上げた。
「85点って...結構良い点数じゃないですか!」
千葉がフォローする。
「ダメだ...100点じゃなきゃ意味がねえ...もう一回だ...」
「ちょっと待って!?太もも死にかけてるでしょ!?少し休みなさいよ!」
富山が慌てて止める。だが石川は既に立ち上がろうとしていた。その顔は諦めを知らない戦士のそれだった。
「よし、今度はお前が行け!千葉!」
「え、僕ですか!?」
千葉が驚く。だがその顔には期待と興奮が混ざっていた。
「そうだ!お前なら100点出せる!俺にはそれが分かる!」
「分かりました!やってやります!」
千葉が意気込んでマイクを握る。そして石川と同じように、完璧な空気椅子のフォームを作る。
「お、千葉くん、フォーム綺麗じゃない」
富山が感心したように呟く。
「キャンプ始めてから、体力づくりしてるんですよ!」
「なんでそんなところで努力してるのよ...」
曲が始まる。千葉の歌声が流れ出す。
「うえの〜お〜♪ ええき〜い〜♪」
「お、おおお!?千葉、お前も意外と上手いな!?」
石川が驚いて叫ぶ。
「高校の時、合唱部だったんですよ!」
「そうなの!?初耳なんですけど!?」
富山が目を丸くする。
千葉の歌は順調に進んでいく。空気椅子も完璧にキープしている。太ももは震えているが、まだ余裕がありそうだ。
「つがあああ〜るぅ〜♪ かいきょおお〜♪ ふううう〜ゆううう〜♪ げええしいきいい〜♪」
サビも力強く歌い切る。その様子を見ていた隣のサイトの若いカップルが、スマホで動画を撮り始めた。さらに向こうのサイトからも人が集まってきた。観客が増えている。
「頑張れええええ!」
どこかのおじさんが声援を送る。
「やばい、なんか人集まってきてるんですけど!?」
富山が焦る。
「いいじゃねえか!盛り上がってきたぜ!」
石川がニヤリと笑う。
そして千葉の歌が終わる。彼もその場に座り込んだ。
「はあ...はあ...き、きつい...」
画面に点数が表示される。
「92点」
「おおおおお!惜しい!めっちゃ惜しい!」
石川が叫ぶ。観客からも「おおー!」という声が上がる。いつの間にか10人くらい集まっていた。
「すごいぞ千葉!でも100点じゃねえ!次!」
「次って...まさか...」
富山の顔が青ざめる。
「富山ちゃんの番だああああ!」
「ええええええ!?やだやだやだやだ!絶対やだ!」
富山が両手をバタバタさせて拒否する。だが石川と千葉、そして集まった観客たちの視線が彼女に集中する。
「と・や・ま!と・や・ま!」
観客が手拍子と共にコールし始めた。なぜだ。なぜ観客まで乗っているんだ。
「ちょ、ちょっと!あなたたち何してるのよ!?」
富山が観客に抗議する。だが観客の一人、先ほどのおじさんが言った。
「いやあ、面白そうだなと思って!こういうのって青春だよね!」
「青春じゃないわよ!これ修行よ!?」
だが観客のコールは止まらない。と・や・ま!と・や・ま!
「富山ちゃん...頼む...」
石川が手を合わせる。その目は真剣だ。
「富山さん、一緒にやりましょうよ!楽しいですよ!」
千葉も笑顔で言う。その顔にも真剣さが宿っていた。
富山は観念したように深いため息をついた。
「...分かったわよ。やればいいんでしょ、やれば」
「おおおおお!」
観客から歓声が上がる。
富山がマイクを握り、空気椅子の姿勢を作る。彼女の表情は真剣そのものだ。覚悟を決めた戦士の顔だ。
曲が始まる。富山の歌声が響く。
「うえの〜お〜♪ ええき〜い〜♪」
「うおおおお!?富山ちゃん、めっちゃ上手いじゃん!?」
石川が驚愕する。
「おりたった〜あ〜♪ ひとおおお〜♪ りい〜い〜♪」
富山の歌声は、石川や千葉とは比べ物にならないほど上手かった。音程が完璧。ビブラートも綺麗。こぶしの回し方もプロ並み。そして空気椅子のフォームも完璧だ。
「なんで富山ちゃん、そんなに上手いんだよ!?」
「うるさいわね!歌うって決めたんだから、本気でやるのよ!」
富山が歌いながら叫ぶ。その姿はカッコよかった。
「つがあああ〜るぅ〜♪ かいきょおお〜♪ ふううう〜ゆううう〜♪」
サビに入る。観客が一斉に拍手する。中には一緒に歌い出す人もいた。キャンプ場が一体となっていく。
「げええしいきいい〜♪」
富山の声が山々に響く。その声は力強く、美しかった。太ももは限界まで震えている。だが彼女は歌い続ける。最後まで。
曲が終わる。富山がその場に崩れ落ちた。
「はあ...はあ...もう...無理...」
画面に点数が表示される。観客が息を呑む。
「98点」
「ぎゃあああああああ!?」
富山の絶叫が轟く。
「惜しいいいいい!めっちゃ惜しいいいい!」
石川が叫ぶ。
「あと2点!あと2点なのに!」
千葉も叫ぶ。
観客からも「おおー!」「惜しい!」という声が上がる。
「もう...やだ...」
富山が地面に倒れ込む。太ももがパンパンだ。もう動けない。
「よし、じゃあ俺がもう一回行く!」
石川が立ち上がる。
「まだやるの!?」
富山が驚愕する。
「当たり前だろ!100点出すまでやるって言ったろ!?」
石川の目が燃えている。完全に火がついている。
二回目の挑戦。石川は再び空気椅子で『津軽海峡冬景色』を歌い始める。一回目よりも気合が入っている。観客も増えている。20人くらいになっていた。
「頑張れええええ!」
「100点出せええええ!」
観客の声援が飛ぶ。
だが結果は88点。惜しい。
次は千葉。三回目の挑戦。太ももがプルプル震えている。もう限界だ。だが彼は諦めない。
結果、94点。さらに惜しい。
富山の二回目。彼女はもう立つのもやっとだ。だが観客の声援に押され、もう一度挑戦する。
「と・や・ま!と・や・ま!」
コールが響く。富山の歌声が再び山々に響く。
結果、99点。
「あと1点いいいいい!?」
全員が絶叫する。
こうして挑戦は続いた。石川、千葉、富山。三人が交代で挑戦し続ける。観客はさらに増え、30人を超えていた。もはやキャンプ場全体のイベントになっていた。
そして、ついにその時が来る。
石川の五回目の挑戦。彼の太ももは限界を超えている。震えが止まらない。だが歌声は力強い。
「つがあああ〜るぅ〜♪ かいきょおお〜♪ ふううう〜ゆううう〜♪ げええしいきいい〜♪」
最後のサビ。石川が全力で歌う。観客も一緒に歌う。キャンプ場全体が『津軽海峡冬景色』で満たされる。
曲が終わる。石川が倒れ込む。
画面に点数が表示される。
時間が止まったように感じられる。
「100点」
「やったああああああああああ!!」
石川、千葉、富山、そして観客全員が歓声を上げる。拍手が鳴り響く。誰かが「ブラボー!」と叫ぶ。
「やった...やったぞ...」
石川が地面に這いつくばったまま呟く。その顔は達成感で満ち溢れていた。
「石川さん、すごいです!本当にすごい!」
千葉が涙目で言う。
「まさか本当に100点出すとは...」
富山も信じられないという顔をしている。
観客が三人の周りに集まってくる。
「すごかったよ!感動した!」
「俺も挑戦していい?」
「私もやりたい!」
次々と声が上がる。そして、キャンプ場に即席の『空気椅子カラオケ大会』が誕生したのだった。
夜、焚き火を囲みながら、三人は笑い合った。
「いやあ、まさか100点出せるとは思わなかったぜ」
石川が満足げに言う。
「でも楽しかったですね。最初は無茶だと思ったけど」
千葉も笑顔だ。
「...認めたくないけど、確かに楽しかったわね」
富山も小さく笑う。
「だろ?これが『グレートなキャンプ』なんだよ!」
石川が拳を突き上げる。
「次は何やるんですか?」
千葉が目を輝かせて尋ねる。
「そうだなあ...次は...」
石川が考え込む。その目に再び狂気の輝きが宿る。
「やめてよね、また変なこと考えてるでしょ」
富山がため息をつく。だがその顔は笑っていた。
こうして『俺達のグレートなキャンプ152』は幕を閉じた。そして明日、また新たなグレートなキャンプが始まるのだ。
焚き火の炎が、三人の笑顔を照らしていた。
翌朝。
「んあ...」
富山がテントから這い出てきた。昨日の空気椅子カラオケの影響で、太ももが激痛に襲われている。階段を降りるような動作をするたびに「痛っ...痛っ...」と呻き声が漏れる。
「おはよう富山ちゃん!最高の朝だぜええええ!」
石川が既に起きていて、朝食の準備をしていた。その動きは軽快だ。まるで昨日空気椅子で『津軽海峡冬景色』を5回も歌っていないかのような元気さだ。
「...なんであなた、そんなに元気なのよ」
富山が呆れたように呟く。
「鍛え方が違うんだよ!俺の太ももは特別製だからな!」
石川が太ももをバシバシ叩く。その音、やたら良い音がする。まるで太鼓だ。
「おはようございます!」
千葉もテントから出てきた。彼もまた、足を引きずっている。
「千葉くん、あなたも太もも死んでるわね...」
「はい...階段とか絶対無理です...」
二人で傷を舐め合うように苦笑いする。
「よっしゃ、朝飯食ったら今日は何しようかな!」
石川が目を輝かせる。
「ちょっと待って、今日は普通のキャンプでいいでしょ!?もう変なことしないで!」
富山が必死に釘を刺す。
「まあまあ、とりあえず飯食おうぜ!」
石川がホットサンドを焼き始める。その時だった。
「おーい、君たち!」
遠くから声が聞こえた。三人が振り向くと、昨日観客として集まっていた中年男性が手を振りながら近づいてきた。その後ろには、さらに数人の人影が見える。
「あ、昨日の...」
千葉が手を振り返す。
「昨日はすごかったねえ!感動したよ!」
中年男性が満面の笑みで言う。その後ろから現れたのは、50代から70代くらいの男女、合わせて10人ほど。全員が妙に気合の入った表情をしている。
「あの、何か...?」
富山が嫌な予感を覚えながら尋ねる。
「実はね、我々もやってみたくなっちゃって!」
中年男性がニコニコしながら言う。
「え...やるって...まさか...」
富山の顔が引きつる。
「空気椅子カラオケ!『津軽海峡冬景色』で100点目指すぞおおおお!」
中年男性が拳を突き上げた。その後ろの9人も一斉に拳を突き上げる。完全にやる気だ。本気だ。
「ええええええええ!?」
富山の悲鳴が朝のキャンプ場に響き渡った。
「おおおお!マジか!?やろうぜやろうぜ!」
石川が目を輝かせる。完全に乗り気だ。
「石川、あなた煽らないで!?」
富山が慌てて止める。だが時すでに遅し。石川は既にカラオケマシンを取り出していた。なぜそんなに準備が早いのか。
「よっしゃ!じゃあ順番に行こうぜ!」
「いやいやいや、ちょっと待って!?」
富山が両手を広げて制止しようとする。だが中年男性たちは既に整列していた。完全に臨戦態勢だ。その目は真剣そのもの。まるで国体に出場するアスリートのような雰囲気だ。
「俺、昭和47年生まれでね。『津軽海峡冬景色』は青春の歌なんだよ!」
先頭の中年男性、60代くらいのおじさんが語り始める。
「僕も聴いて育ちましたよ!石川さゆりさん、最高ですよね!」
50代くらいのおじさんも加わる。
「あら、私も大好きなのよ!カラオケでよく歌うわ!」
70代くらいのおばあさんまで参戦している。その目、本気だ。ガチだ。
「ちょ、ちょっと、皆さん、本気なんですか...?」
富山が恐る恐る尋ねる。
「当たり前だろう!昨日の君たちの姿、カッコよかったぞ!特に君!」
60代おじさんが富山を指差す。
「私...?」
「98点だったろう?素晴らしかった!あの情熱、あの歌声!感動したよ!」
「い、いや、あの...」
富山が言葉に詰まる。顔が赤くなっている。
「というわけで、我々も挑戦させてくれ!若者に負けてられないんでね!」
60代おじさんが力強く言う。
「いいですねえ!じゃあ早速!」
石川がカラオケマシンをセットする。千葉も手伝っている。完全に話が進んでいる。
「ちょっと、あなたたち!勝手に進めないで!」
富山が抗議するが、もはや誰も聞いていない。
「じゃあ、最初は俺が!」
60代おじさんがマイクを握る。そして、ゆっくりと腰を落とし始める。空気椅子のフォームを作る。その動き、妙に慣れている。
「あ、あの...無理しないでくださいね...?腰とか膝とか...」
富山が心配そうに言う。
「大丈夫!俺、毎朝スクワット100回やってるから!」
「100回!?」
富山が驚愕する。
曲が始まる。60代おじさんの歌声が響く。
「うえの〜お〜♪ ええき〜い〜♪」
「うおおおお!?上手い!めっちゃ上手い!」
石川が叫ぶ。
60代おじさんの歌声は、富山に匹敵するほど上手かった。こぶしの回し方、ビブラートの効かせ方、すべてが完璧だ。そして空気椅子のフォームも完璧。太ももが微動だにしない。鍛えられている。
「おりたった〜あ〜♪ ひとおおお〜♪ りい〜い〜♪」
歌は順調に進む。60代おじさんの表情は余裕そのもの。まるで散歩でもしているかのような顔だ。
「つがあああ〜るぅ〜♪ かいきょおお〜♪ ふううう〜ゆううう〜♪」
サビに入る。その時、他の中年・老人キャンパーたちが一緒に歌い始めた。大合唱だ。朝のキャンプ場に『津軽海峡冬景色』が響き渡る。
「げええしいきいい〜♪」
曲が終わる。60代おじさんが立ち上がる。息も切れていない。完全に余裕だ。
画面に点数が表示される。
「96点」
「おおおおお!すげえ!」
石川が拍手する。
「くっ...惜しかった...」
60代おじさんが悔しそうに呟く。その表情、本気で悔しがっている。
「次、私が行くわ!」
70代おばあさんが前に出る。
「え、ちょっと、おばあさん、大丈夫ですか...?」
富山が心配そうに声をかける。
「おばあさんって言うんじゃないわよ!私、まだ68歳よ!」
「す、すみません...」
70代...いや、68歳おばあさんがマイクを握り、空気椅子のフォームを作る。その動き、妙にしなやかだ。
「私、週3でヨガ教室通ってるのよ!」
「ヨガ!?」
富山の驚きが止まらない。
曲が始まる。68歳おばあさんの歌声が響く。これまた上手い。そして空気椅子のフォームが完璧すぎる。微動だにしない。まるで石の彫刻のようだ。
「なんなのこれ...なんなのこの光景...」
富山が頭を抱える。
朝のキャンプ場。中年・老人キャンパーたちが次々と空気椅子で『津軽海峡冬景色』を歌う。全員が本気だ。全員が上手い。そして全員の太ももが鍛えられている。
「これが...シルバー世代の本気...」
千葉が感心したように呟く。
「おい富山ちゃん、すげえぞ!みんな90点以上出してるぞ!」
石川が興奮して言う。
「すごくないわよ!おかしいのよ!朝からこんな光景、おかしいでしょ!?」
富山がツッコむ。だが誰も聞いていない。みんな夢中だ。
そして7人目。50代後半の男性が挑戦する。彼の歌声は特に力強かった。空気椅子のフォームも完璧。まるで機械のようだ。
曲が終わる。
画面に点数が表示される。
「100点」
「やったあああああああ!!」
50代男性が叫ぶ。周りの中年・老人キャンパーたちが拍手喝采する。
「すげえええええ!100点出たあああああ!」
石川が飛び跳ねる。
「おめでとうございます!」
千葉も拍手する。
「...」
富山は無言だった。ただ呆然と立ち尽くしている。その表情は「私は今、何を見ているんだろう」という感じだ。
「よっしゃ!俺も負けてられねえ!」
60代おじさんが再挑戦を始める。
「私も!」
68歳おばあさんも続く。
こうして朝のキャンプ場は、中年・老人たちの『空気椅子カラオケ大会』の会場と化した。次々と100点が出る。その度に歓声が上がる。もはや完全に競技会だ。朝から何をやっているのか。
「石川...」
富山が疲れ切った声で呟く。
「ん?どうした富山ちゃん」
「あなたのせいよ...あなたが変なこと始めるから...」
「いいじゃねえか!みんな楽しそうだろ!」
石川が満面の笑みで言う。
確かに、中年・老人キャンパーたちは楽しそうだった。笑顔で歌い、拍手し、励まし合っている。その姿は青春そのものだった。
「...まあ、楽しそうだけど...でもやっぱりシュールよ...」
富山が小さくため息をつく。
その時、新たな人影が現れた。20代くらいの若いカップル数組だ。
「あの、私たちもやっていいですか!?」
「おお!来たか若者たち!」
60代おじさんが嬉しそうに言う。
「昨日から話題になってるんですよ!『空気椅子カラオケ』って!SNSでバズってて!」
「バズってる!?」
富山の目が見開かれる。
「はい!『#空気椅子カラオケ』ってハッシュタグで!みんなやりたがってるんです!」
若いカップルの一人がスマホを見せる。そこには昨日の動画が投稿され、数千のいいねがついていた。
「うそでしょ...」
富山が愕然とする。
「これは...伝説の始まりだな...」
千葉が感慨深げに呟く。
「最高じゃねえか!『グレートなキャンプ』が全国に広がるぜ!」
石川が拳を突き上げる。
こうして朝のキャンプ場は、あらゆる世代が集う『空気椅子カラオケ大会』の会場となった。中年も老人も若者も、みんなが『津軽海峡冬景色』を空気椅子で歌う。その光景はシュールを通り越して、もはや芸術の域に達していた。
富山は焚き火の前に座り、コーヒーを飲みながら呟いた。
「私...何のためにキャンプしてるんだろう...」
その声は朝の風に消えていった。
だが彼女の顔には、小さな笑みが浮かんでいた。
(完)
『俺達のグレートなキャンプ152 カラオケで『津軽海峡冬景色』100点出すぞ(空気椅子で)』 海山純平 @umiyama117
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます