クヤマさん
これは、僕の大学の友人の話だ。
彼は元々沖縄に住んでいて、大学進学を機に本土へ引っ越してきた。
少し変わったやつだったけど、話していて飽きない、明るいやつだった。
ただ、たまに“変な話”をすることがあった。
その中でも印象に残っているのが、「クヤマさん」という存在の話だ。
彼の地元の近くには、防空壕や廃墟など、いわゆる“出る”と噂される場所がいくつもあったらしい。
「そういう場所で育ったから、霊感がついたのかもしれない」
彼は冗談めかしてそう言っていた。
通学路の途中に、溝のように低くなった細い小道があった。
人ひとりが通れるくらいの幅で、家への近道でもあったらしい。
彼はそこをよく使っていた。
──クヤマさんと出会ったのは、その小道の途中だった。
中年太りみたいな目の焦点の合わない様なおじさん
最初はただの通りすがりだと思って、「こんにちは」と声をかけたという。
けれど、返事はなかった。
それでも翌日も、またその翌日も、同じ場所にその人は立っていた。
そして同じように、彼は「こんにちは」と挨拶した。
返事はない。
けれど、ある日ふと気づいたらしい。
──少し、立ち位置が近くなっていることに。
「こっちを、見てる気がしたんだ」
彼はそう言って、笑っていた。
ある日を境に、その姿はぼやけていった。
人の輪郭を保ちながら、しかし確かに“人じゃないもの”に変わっていく。
それに気づいてから、彼はその道を通らなくなった。
最終的には家の塀の近くまでクヤマさんは来ていたらしいが
そこから先は何もなかったらしい。
引っ越すまで、クヤマさんを見ることはなかったという。
──その話を僕が聞いたのは、彼が大学に入って間もない頃だった。
「今はもう、見ないんだ」
そう言って、少し安心したように笑っていた。
それから数年が経ち、先日、彼の葬式に行った。
突然の心不全だったそうだ。
発作のように叫び出し、苦しんで倒れたと聞いた。
棺の中の彼は、穏やかな顔をしていた。
ただ、頬のあたりに爪で引っかいたような赤い線があったのが、妙に気になった。
あのとき聞いた“クヤマさん”の話を、ふと思い出した。
……もしかしたら。
引っ越してからも、クヤマさんは彼を追ってきていたのかもしれない。
【単話ホラー集】トヨコバナシ 悪食 @Aquzik1
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