裸足の女子へ毒キノコパスタを

浅川 六区(ロク)

先輩は幽霊ですか?

「それで?」七瀬はプールから足を上げるとボクにそう訊いた。

「何が?」


「何が…って、だからその幽霊さん、」

「あー、美海みうさんね」


「ふーん。“みう”さんって呼んでるんだ。幽霊さんじゃなくて?しかもさん付けで」七瀬はプールサイドをペタペタと歩き回って、濡れた足の裏を乾しながら、制服のスカートについた埃をササっと両手で払った。

「“さん”付けは…だってウチらの、三年も先輩なんだから当然でしょ」


「でも先輩って言ってもさ…、ちょっと言いづらいんだけど、その幽霊さんは三年前のアノ事件から年齢が止まってる訳だから…、当時十七歳ならさ今でもうちらと同じ十七歳ということだよね…」

「それは美海さんも自分で言ってた。もう年齢は上がらないから同級生だねって」


「でしょ。だったら…同級生なんだから、“さん”付けしなくても良いじゃん」

「美海って呼び捨てにしろって言うこと?」


「いやいや…、そういう近しい呼び方じゃなくて…幽霊さんって呼べば良いんじゃないの。ってことよ」

「…まあ」


「で、」

「で、何?」


「次はいつ現れるの?その幽霊さん」七瀬はボクに問い詰めるように訊く。

「いや…分からないよ。昨日たまたま見かけただけで、初めて会ったんだから」


「へー、初めて会っただけの女子ゆうれいなのに、すっごくたくさんの写真を撮ったんだ。へー、初めて会っただけなのにねぇー、不思議な話もあるもんだねー」

「確かに写真は撮ったけど、それは文化祭用の義務的な写真だし…それに写真は、

 …たくさんは撮ってないと思うけど」


「ふーん、“幽霊さんの写真をすっごいたくさん撮ってた”って。…聞いたけど」

「誰がそんなこと言ったの?」


「正枝さんが」

「ま、正枝さんって…ウチの母かよ」


「昨日、ロクが現像してって正枝さんに頼んだネガ、…現像したらその幽霊さんの写真でいっぱいだったって」 


「それをウチの母から聞いたの?」

「うん。昨夜、トークが来て教えてくれた」


「母とトーク友達なの?」

「うんそうだよ。あれ?知らなかったっけ?」


「知らないし。初耳だし…何で繋がってるの?」

「何でって言われても…昨年だったかな、ほら、ロクの家でたこ焼きパーティやったでしょ。あの時に正枝さんからトークアドレスを交換しよって言われて…」


「昨年からって…」

「そう。今までもなにかと情報共有してたし」


「なんの情報?」

「だから、私が知らないロクの家での生活と、正枝さんが知らないロクの学校での生活を、こう…お互いに共有して…」

「共有すんなよ」


「あー、残念だけど、それは私と正枝さんの自由だわ」

「…まあ、で、ウチの母のことを“正枝”さんって呼んでるの?」


「うん。だって…浅川さんって呼ぶのは変でしょ?ロクも同じ浅川だし、

ロク君の御母堂ごぼどうさんとかは、ちょっと呼びづらいし…。って、なんか話が逸れたけど、正枝さんが教えてくれたの。昨夜。速報!って」

「わかったわかった」


「そして今朝、私は、ロクに“放課後にプールに来て”って言われた。と言う流れで、今に至ったと言う訳だね。うん」

「……経緯経過と状況説明をありがとう」


「いえいえ。どういたしまして。でも、その幽霊さんって、

         本当に…その女子ひと幽霊だったの?」

「そうだと思う。三年前のこのプールの事故で…」


「その事なんだけど、昨日ね、正枝さんが送ってくれたトークにも書いてあったんだけど…そのみうさんの事故…三年前に起こったこのプールの事故だけど、ネットで色々と調べてみたら…不可解な謎があって」

「不可解な謎?」


「そう。その女子生徒さんの氏名だけど…五村いつむら…美海さんって言うんだって」

「イツムラ?」


「そう」

「イツムラって…もしかして…」


「そう。そのもしかして…。五村里美のお姉さんだったの」

「…あれ?里美のお姉さんって、今、大学生って聞いてるけど…」


「そう。今、東京で元気に女子大生やってるらしい。昨日、夜遅かったけど、里美にトークを送って訊いたら、学校の先生になることを目指してて、サークルもハンドボールに入っていて…今でもスーパー元気だって」

「あれ、その事故で亡くなったんじゃないの?…美海さん」


「実際には亡くなっていなかったの。でも事故があったのは本当みたい。当時、救急車が来て意識不明のまま搬送されたらしいの。それで意識不明のまま二週間が過ぎて、そして意識が戻った。ってネットにも書いてあったし、正枝さんもその事件の事をしっかりと覚えていたし」

「……」


「でも、そのネットの書き込みとかを見てたら、美海さんの意識は戻ったんだけど、本人は…自分が亡くなったと思い込んでいる。と書かれていた」

「亡くなったと思い込んでいる?美海さんが?」


「そう。自分がその事故で亡くなったと、記憶の中に埋め込まれてしまったらしいの」

「その水の事故で亡くなって、自分は幽霊になったつもりでいるってこと?」


「らしい」

「じゃあボクが昨日見た美海さんは…」


「本当は生きている美海さんで、でも自分が幽霊だと思い込んでいる美海さん」

「それでか…。」ボクは“私は写真に写らない”と言った美海さんの言葉を思い出していた。


「それでって何?」

「美海さんが…写真に写ったんだ」


「だから知ってるって。すっごいたくさんの写真を撮ったんでしょ。それは昨日正枝さんから聞いたって、さっき言ったじゃんか」

「違うんだ。美海さんが自分で言ったんだよ。私は写真に写らないって。そういうシステムだからって。でもちゃんと写ってた」


「システム?と言うのは良くわからないけど、だからやっぱり幽霊なんかじゃないんだよ。美海さんは確実に生きてるんだよ」

「でも自分では、あの日亡くなって…それ以来ずっと幽霊になった。って信じてるってこと?だよね」


「そうなるね」

「そんなことってある?じゃあ、その後どうしたの?美海さんは幽霊になって、そのまま残りの高校生活、二年、三年って過ごして、それで大学受験して、東京の大学に通ってるってこと?」


「そう。それで…昨日、里美が教えてくれたんだけど…姉の美海さんは、大学がもう夏休みに入ったらしくて…四日前からこっちに帰って来てるんだって」

「それで、高校時代の制服に着替えて、わざわざこの学校まで来て、プールサイドに入り込んで、ボクに会った。ってこと?」


「そのストーリーが一番しっくり来るよね」

「じゃあ、美海さんは…今、里美の家に居るってことだよね?」


「里美の家というか…自分の家だけどね」

「…信じられない」ボクははっきりと口に出してそう言ったが、本当は美海さんが生きてて良かったと思っていた。昨日、ボクと会話をしたあの美海さんが、生きている人で良かったと思っていた。そしてもう一度会いたいと。


「ねえロク…この後だけど、里美の家に…イツムラ文具店に行ってみない?」

「美海さんに会いに?」


「会うと言うか、そうだね。…真相を確かめて見たいから」

「でも里美は、美海さんは帰って来てるって言ったんでしょ?だったら、本当に帰って来てるんでしょ」


「そっちじゃなくて、本当に自分のことを幽霊だと思っているのか。ってことを確かめたいんだよね」

 靴下を履いて、ローファーを履く七瀬の表情から笑顔は消えていた。

                                                                      つづく

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