竜たちの讃歌 外伝

たにぐち陽光

本編第33話中略箇所(注:女装有)

 そんなことを考えていたら、なぜか三人の視線が俺に集まっていた。なんとなく首筋がヒヤッとしてごくりと息を呑む。

 ……ってか、マリーとサーニャの目が不自然にキラキラしている。レヴィアのニヤニヤはいつものことだが。

 しばらく見つめ合ったまま沈黙が続き、そしてついにレヴィアが口火を切った。


「キミ、しばらく暇よね?」

「へっ?」

「そもそも、私がマリーを連れていくことになったのはキミが原因なわけだ」


 いや、絶対に俺じゃなくて火竜のせいだ。

 だが俺にそれを言わせる隙を与えるようなレヴィアではなかった。


「私とマリーはキミの尻拭いの為に奔走するのに、原因となったキミがのほほんとしている場合ではないでしょう?」

「いや、俺だって長老に謝らないとダメ――」

「キミが行ったら話が拗れるかもしれない。それよりは私が間に入って全ての責任をラドンに押し付けた方が良いのよ。キミはその間、約束を違えたことで迷惑が掛かるサーニャさんの為に働くべきだと思わない?」

「ちょ――?!」

「キミは幸いマリーやフアンが女と見紛うほどの容姿をもっているし、その辺の傭兵なら簡単にあしらえるでしょう? 料理も勉強したいと言っていたね」

「なっ――」

「それは私が保証しよう。カト――カトレーヌほどの可愛い女の子は見たことがない!」

「だああああああああ!」


 なんだ、この流れは。

 ヤバイって。え、なんでそうなる。


「私からもお願い! カトル! あなたなら化粧なんかしなくったって大丈夫! あっという間に看板娘よ! 三食寝泊りつきで給金も弾むわ。それに料理を習いたいなら全力で教えてあげる!」

「誰が看板娘だっ!」

「こんなおもしろ……いや、こんな大変な時だからこそ、正式にギルドのメンバーとなったキミは頑張らないとな」

「レヴィア、今、面白そうとか言わなかったか?!」

「コホン。どちらにしろキミに拒否権はないよ。だってそうでしょう? 私がどう話すかで、キミの今後が決まるわけだしね。観念してキミはウェイトレスをやりなさい!」

「なっあああ……」


 そんな、バカな……。なぜこんな目にあうんだ。サーニャも目を輝かせているけど、さっきまでの落ち込みようはどこ行った?


「そうと決まれば早速、服を用意するわね。確か今日辞めちゃった子が昨日まで着ていた服でちょうど背丈が合いそうなのがあったはずなの。用意するから奥の更衣室に来てね」

「いや、ちょっと。サーニャ!」


 それはめちゃくちゃ恥ずかしい。昨日まで他の女の子が着てた服を着るって……。確か、この前来た時に働いていた子の服だよな。結構可愛かったけど。

 ダメだ。頭の中が真っ白になる。


「キミ。往生際が悪いよ。さ、マリーは左腕を持って。連れて行くよ」

「すまない、カトル。ただ私は是非とも見てみたい。カトレーヌの雄姿を!」

「はなせええええええええ!」


 マリーはともかく、とんでもない力でレヴィアに抑え付けられては身動きも出来ず、俺は更衣室の前までなすすべもなく連行されてしまう。

 いや、本当にこの三人は突然何かに取り付かれたようにめっちゃ積極的だな。

 ちょっとみんな冷静になってくれ。

 俺はまごうことなき男だぞ。

 ここ更衣室って書いてあるんだけど。ああ、何か大切なものが失われそうな予感しかしない。

 サーニャが中から扉を開けて手招きする。レヴィアに凄まじい力でがっしりと押さえつけているので、俺はマリーの支える左半身しか動かせない。

 ってか、レヴィアはこんなところで本気を出して誰かに感付かれたどうする気なんだ? どう考えたって人が出せるような力じゃないぞ。

 ……でもサーニャもマリーも全く気にする素振りがないな。くっそー。

 女子更衣室に入ったら、何か、少しポヤーンとする。頭が少しクラクラするような、変な感じだ。


「さあ、これを着てみて」


 サーニャがとびっきりの笑顔で俺にウェイトレスの服を渡してくる。黒地に白いエプロンのシンプルなデザインのワンピースだ。


「キミ、こういう服を着るのは初めてでしょう。着付けを手伝ってあげるわ」


 初めてじゃないはずがない。

 そんな文句を言う暇もなく、俺はレヴィアに服を引っぺがされ、何もかも失ってしまった、ような気がした。

 もう抵抗する気力も湧いてこない。


「おお……! 見た目は普通なのに、肌は何と言うか……」


 マリーが興味深そうに肩の後ろ辺りをさすってくる。

 そりゃあね。人と違って俺は曲がりなりにも竜族カナンなわけですよ。鱗は無いけど、それと同じくらい皮膚は頑丈に出来ている。って、マリーは俺の正体を知っているからいいけどサーニャにバレたらまずくないか?!

 と思ってたら、レヴィアが、俺のズボンをずり下ろしやがった……。俺の尊厳はいずこかへ飛び立ってしまった。

 はは……。まあ、もう、しょうがないよ。レヴィアにとってみれば俺なんて赤ん坊と同じような感覚なんだろ。


「わ、私はそこまでは、なんというか、えーっと」

「はわわわわ……」


 さすがにサーニャもマリーも回れ右していた。って、それが普通だよな。ほんと良かったよ。

 レヴィアがおかしいだけだ。


「マリーは見慣れていないのか」

「ば、馬鹿にするな。私だって、その、家族や部下の……上半身くらいなら動揺せんぞ。でもまだその、下までは、その……」


 マリーは動揺で真っ赤だった。


「サーニャさん、下着はどうする?」

「えっ?! ……あ、えーと、変なお客の中にはスカートを捲ろうとする奴もいるから、念の為に可愛いので」

「……っ?!」

「と思ったけど下着まではさすがに用意が無いね。キミ、付けたいなら明日買って来ようか?」

「――いやいやいやいや。全く必要ない! スカート捲られなければいいんだろ」

「そう? まあ、それなら仕方ないね」


 何が仕方ないんだ、何が! 全く、これっぽっちも必要ないだろが。 

 俺は何とか最後の尊厳だけは守りぬいた。だが――。


「うーむ。何と言うか……素晴らしい」

「きゃあああ。もう、すっっっごく可愛い……! 黒でシックな基調に紅い綺麗な髪が後ろで映えるわぁ。白いエプロンもとっても似合うわよ」

「髪型は結わせるのではなくポニーテールにしてみたよ。にはその方が似合うからね」


 完全にレヴィアのおもちゃとなって出来上がった俺は、見た目可愛らしいウェイトレスになっていた。傍にあった姿見にうつる自分が女にしか見えない……。

 なんだか無性に悲しくなってきた。

 でももう覚悟を決めよう。これでサーニャを助けることが出来るんだ。


「もう破れかぶれだ。やってやる!」

「その意気よ、カトレーヌちゃん!」


 サーニャにまでカトレーヌちゃん呼ばわりされた。俺の精神力はもう尽きる寸前だよ。


「でも、その言葉遣いじゃダメね。今晩中に徹底的にウェイトレスのいろはを叩き込んであげるから覚悟しなさい!」

「……ええええ?」


 その後、俺は夜更けまで今後の人生で全く必要ないであろうウェイトレスの立ち回りを延々とサーニャから指導される羽目になった。

 ……どうしてこうなった。

 レヴィア、マジで恨むぞ。


 俺はその夜の布団の中でさめざめと涙を流すのだった。

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