山の上のホテル

@nonko2

人生を、山登りに例えてみた。


人それぞれ目指す山があって、そもそも登ろうとしない人もいる。


私は「絵を描く」という山を目指し、美大に入り、

コンペに出したり、上京して営業活動をした。

少しずつ山を登るための物資を集め、体力をつけてきた。

その途中で、同じ同志たちと出会い、人間関係もできていった。

山道は、上に行くほど急で細くなっていく。

体力・知恵・人脈を蓄えながら、みんなそれぞれのペースで登っていく。


寝ずに歩くようなアクティブな人はどんどん進むし、

コミュニケーション上手な人は協力し合って上に上がっていける。

体力も知恵も才能も足りなければ、やがて下山するしかなくなる。


私はというと──

少しだけ人より優れた才能があった。

山の上にホテルを所有するオーナーが、

ヘリコプターで徘徊していたところ、下の方で歩く私を発見して、上に上げた。


そこはとても景色がよかった。

けれど空気は薄く、強風が吹きつける。

普通の人ではたどり着けない厳しい高さだった。


そのポイントには、いろんな人がいた。

自力で登ってきた人、私のように連れて来られた人、さらに上を目指し通り過ぎるだけの人。あるいは上にいたけれど降りてきた人。

裾野に比べれば少ないけれど、それでもたくさんの人がいた。


私の、“特別扱いされるための才能”は諸刃の剣だった。


一瞬でも同じビューポイントにいると、

自分がその人たちと同じレベルの人間だと思いがちだけど、

実際はまったく違う。


立派で、物資も豊富なホテルもある。

小さくても沢山の人に支えられている山小屋や、

雨風に負けず、たくましく張られたテントも無数にある。


同じホテルにも、色んな人がいた。

外に出て自分で狩りをし、人と交流して人脈を広げ、

何かを持ち帰ってくる人。

そういう人はオーナーにとっても貴重で、

良い部屋を与えられ、物資も多くもらえる。

経験も豊富で、話題も多い。


私はホテルから一歩も出なかった。

綺麗な景色は、窓から眺めるだけだった。


最初は才能を求めて、多くの人が訪れた。

オーナーも、訪問者が次々と来るのを見てご満悦だった。

けれど、やがて訪問者は減り、

私はお荷物になった。


期待されて一番いい部屋を与えられていたが、

だんだんと部屋のグレードも下がり、

供給される物資も減っていった。

次から次へと、下界から新しい人も運ばれてくる。

やがて私は、ホテルから追い出された。


そこで初めて外に出た。

けれど、連れてこられた私にはこの場所で生きるだけの体力も装備もない。

周りには知らない人ばかり。


テントを張ろうにも、風が強すぎて杭が打てない。

そのとき気づいた。

このビューポイントは、

私には完全に“場違い”だったのだと。


諦めて、自分が生きやすいところまで下山するしかない。

そう思いながらも、

せっかく登れたこのビューポイントに、まだしがみついていたい。


がむしゃらに杭を打とうとすれば、

少しは刺さる場所が見つかるかもしれない。

近くにいる誰かが、

手を差し伸べてくれることもあるかもしれない。


それはとても困難なことだろうし、

これまで優雅にホテル暮らしをしていた私にとっては、人の目も気になる。


岐路に立たされた私は、

覚悟も決められず、ただ立ち尽くし、追い出されたホテルを眺めながら恨みごとばかりを並べている。

本当にひとりぼっちになってしまった。


そろそろ歩き出さなくては凍えてしまう。

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