第7話 サンダー・クロスの夏の工作
魔王が魔人を食う。
ショッキングな表現だが、あり得なくはない。
食物連鎖の話ではなく、魔術的儀式の話だ。
捕食によって相手の魔力や能力を吸収する『ドレイン』という行為が知られている。
最も有名なのは吸血鬼の吸血行為だな。
あれは捕食に戦闘・生殖・支配被支配の関係性など複数の要素が絡むのだが、基本的には相手の生命力を吸い取る行為だ。
スライムなどは捕食の結果として上位種に進化する事がある。
捕食吸収した相手の特性を受け継ぐ事で、スライム自身の能力・形質を変化させていくわけだ。
今回魔王がやっているのはスライムがやってる事に似た黒魔術の奥義の一つ。
魔物を生贄として魔力や特性を吸収し、我がものとする魔術だ。
人間の間では禁忌とされている。
普通の魔物でやるのも危ないが、魔人を食らうとなると……。
「それって、もう人間辞めてるんじゃ?」
「当然だ。人の子が魔人を食らって無傷で済む訳が無い。とうに魔物に変じていよう」
「だよなー、普通、人間の胃袋じゃ魔人の肉は消化できない。ていうか呑み込めないよな」
魔人は普通の生き物ではないので、個体によって成分も構造もバラバラだ。
全身が炎で出来ていたり、ガス状だったり、強酸性の液体だったりする。
俺のように人間に似た肉体があっても、食用にはまず適さない。
筋肉に見えても、タンパク質かどうかすら怪しい。
それを食うというのだから、魔王の肉体は人ならざるものへと改造済みと考えていい。
「魔物の血肉から始めて段階的に慣らしていったのだろう。妄執に囚われた人間はたまにそういう事をする」
「はあ、どーしたもんかね。お前どうする? モリーは北に逃げるってよ」
「戦って勝つ自信がなければ、逃げるか隠れるかだ。我は隠れる方を選ぶ。この地の迷宮は難攻不落であるからな」
「ダンジョン持ってるやつはこういう時に得だよな。ほい、謝礼。俺もう行くわ」
「食われるなよ、サンダー・クロス」
「マルコもな」
ビーフジャーキーの徳用大袋を渡し、立ち去る。
「妄執に囚われた人間か……」
気分の良くない話だが、現実問題として受け止めなくてはなるまい。
魔人食いの魔王が北上しているのだ。
俺も無関係でいられるとは思えない。
逃げる、隠れる……。
『迎え撃つ』ってのも有りかな。
喧嘩は強い方じゃないけどね。
『旦那、悪い顔になってますぜ』
「ちょっと面白そうな事を思いついてな。とりあえずコカトリスの抜け殻拾いに行くぞ」
トナカイ1号が引くサーフボードは夏の夜空に舞い上がった。
夜が明ける前に採取を済ませにゃならん。
これから忙しくなるぜ!
※
夏の夜は好きだが、昼間の暑さはちと苦手だ。
俺は冬が活動期だから、夏は基本ダラダラしてるか遊んでるかなのだが、差し迫った急務のため、今だけはちょっと頑張っている。
働く魔人、サンダー・クロス。
山や川にも遊びに行かず、作業場に籠もって物作りだ。
こういう作業してるとあれだね、夏休みの自由研究とか思い出すね。
今日は小さい物を組み立てていて、扇風機使うと細かい部品が飛んじゃうから、首に保冷材巻いてしのいでいる。
そろそろエアコン開発すべきかなあ。
北部は夏でも摂氏25度を超える日は少ないから、エアコン要らないと思って作ってないんだよね。
まあ作業場は北向きの部屋だし、窓開けとけば自然の風は入るんだけど。
開けっ放しの窓からトナカイ1号が顔を出す。
『旦那、おいそぎメールですぜ』
「どれどれ、オセくんからか。『魔王に君の居所尋ねられてゲロっちゃったメンゴメンゴ許してちょんまげ』……なるほど。相変わらずだなオセくん」
言葉のチョイスがちょっぴり独特なオセくんだが、言いたい事はわかった。
来たか、魔王。
ご指名とは光栄だな。
首に巻いた保冷剤を外し、立ち上がる。
散らかった作業場を見て思う。
この景色も見納めかもしれない。
負けたら多分、ここには帰ってこられない。
魔人としてこの世に生まれて構えた拠点。
見た目は素朴なログハウス、中身も素朴で大したものないけど。
家具もほとんど手作りだし、ぶっちゃけトナカイ1号の厩舎の方が豪華だったりするけど。
それでもこれが自分の城だ。
帰れないかもと思うと、一抹の寂しさみたいな感慨があった。
ま、勝てばいいだけの事だがな!
「行くぜトナカイ1号、準備はいいか」
『バッチリですぜ、旦那』
細工は流流、仕上げを御覧じろってな!
魔王とやらに俺の底力を見せてやるぜ!
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