第6話 魔人たちの夏

 セミが鳴いている。

 夏の風物詩とは言え、風情を通り越して騒音である。


「今年の夏は暑いね〜。早く冬になんねえかな〜」


 俺がベンチに寝っ転がって団扇で襟元をパタパタ扇いでいると、


『旦那、リクエストが来てますぜ』


 トナカイ1号が手紙を持ってきた。


 俺、魔人サンダー・クロスの知名度もここ十年で大分上がった。

 子どもから子どもへ語り伝えられて、良い子にプレゼントをくれる妖精のような何か、子どもの守り神的な存在として認知されてきたのだ。

 よって、このようにリクエストも届く。

 書き手が小さな子どもなので、適当な紙1枚に短文で綴られてくる事が多い。

 なんか七夕の短冊みたいだね。

 たまに『サンダー・クロスの似顔絵』を描いてくれるチビっ子もいたりする。

 想像で描いたのだろう赤い帽子のおじさんの図がなんとも微笑ましい。


「どれどれ? 『コカトリスの尻尾の抜け殻が欲しい』……この子いつも変わったリクエストくれるよな〜。将来錬金術士にでもなる気かな?」


 良い子か悪い子かで言えば良い子なのだが、並の手段では手に入らないようなレア素材ばかり注文してくる。

 一応、年に一度は応じているけどね。

 あんまり甘やかすのもどうだか。


「実際にあげるかどうかは判断保留として、拾いに行くか、コカトリスの抜け殻」


 夏のお出かけファッション(赤いアロハ、白いハーフパンツ、ビーチサンダル、麦わら帽子)に着替えた俺は我が家の玄関前でトナカイ1号を待っていた。

 ちなみに時間は黄昏時。

 もうじき日が暮れて、空を飛んでも人目につきにくくなる。

 大人には視認されない俺だけど、子どもには見えちゃうからね、気をつけないと。

 俺もトナカイ1号も夜目が効くから、夜間飛行も安心だ。


 コカトリスの生息地は俺の勢力圏の西の端っこ。

 本来もっと温暖な地方に生息する魔物だが、当該箇所に地熱が高くて密林になってるダンジョンがあり、その中にいるのだ。

 猛毒を持ち、石化までさせてくるヤバいヤツだが、遠くから弓矢か投石で仕留めれば割と簡単に殺せる。

 ま、今回必要なのは抜け殻だから、殺生はせずに拾えるものだけ拾うつもりだ。


『用意が出来ましたぜ、旦那』

「ご苦労」


 トナカイ1号がサーフボードを持ってやってきた。

 夏場にソリは使わない。

 サーフボードで飛んでくぜ。

 トナカイ1号に引っ張ってもらわないと速度が出ないという難点はあるが、空飛ぶサーフボードは小回りも利く自信作である。


「ほんじゃ行くか」


 フワリと空高く舞い上がる。

 オレンジ色の夕映えがだんだんと藍色に変わっていく、美しい夏の夜空。

 そのうちミルキーウェイが頭上に輝き出すだろう。

 降るような星空は前世ではプラネタリウムでしか拝めなかった代物だ。

 これを毎晩のように見られるだけでも転生した甲斐があるってもんだ。

 西のダンジョン目指して天翔るトナカイ1号。

 風に乗って飛ぶのは気持ちいい。

 夏の夜は最高だ。


 そんな快適なフライトを断ち切るように、不穏な気配が前方から迫ってきた。

 別の魔人が猛スピードで飛んでる。

 知ってる顔だ。


「ヘイ、モリー! 俺と遊びに来たのかい?」

「あんたに会いに来たわけじゃないわよ、馬鹿サンダー!」


 ラクダに乗った空飛ぶ美女が怒ってる。

 コイツは勢力圏を接する魔人で、要はご近所さんだ。

 境界線を出たの出ないので時々喧嘩する仲だ。


「どしたの、そんな急いで」


 モリーは柳眉を逆立てた。


「大変なのよ! あんた子どもにしか興味無いから知らないでしょうけど、南に魔王が出現したのよ!」

「魔王が?」


 嫌な予感がした。


「そうよ。その魔王が魔人狩りをしてるのよ。南をナワバリにしてる魔人は軒並み殺られたわ。なんの恨みか知らないけど、無関係なあたし達まで巻き込まないで欲しいわね」


 モリーは吐き捨てるように言う。


「あたし達北部の魔人って小競り合いはするけど、基本的に平和にやってきたじゃない? 魔王はそれをぶち壊してくれたわ。大人しく降伏した魔人も殺されてるのよ。頭おかしいわ。あたしは殺られたくないから、もっと北に逃げるわ。氷の島まで行けば魔王も来ないでしょ。あんなとこ寒いし、財宝も無いし、雪だるましかいないもの」


 じゃあね、とモリーはラクダを飛ばして去っていった。


 どういう事だ?

 魔王と言えばトーリくんのアレだが、彼は妹という家族も増えたし、学校で友達付き合いも覚えたはず。

 12歳過ぎてからは直接会ってはいないが、幼少期にある程度親の愛情にも包まれたし、魔王になる原因は潰せたはずだ。


 では他の誰かが魔王になった?

 降伏した者まで皆殺しというのが本当なら、相当残忍な性格の持ち主だろうか。

 そんなヤバいヤツ、これまで噂になってないのが不思議だが……。

 うーん……。


「考えてもしゃーねえな。裏とりするか」


 モリー情報だけでは材料が足りない。

 判断を下す前に別の方面から探るとしよう。


「予定変更。マルコんとこ行くわ」

『了解しやした、旦那』


 トナカイ1号がクルリと向きを変える。

 もう一人のご近所さん、マルコの勢力圏へ向かいながら、通信端末をピポパと押す。


「もしもし、ヴィネくん? サンダーだけど。さっきモリーちゃんとすれ違ってさ。南で魔王が暴れてるって聞いたんだけど。なんか知らない? あ、うん、へー、ほお〜、そーなんだー、わかったありがとう。うん、こっちもなんかわかったら連絡するわ。ほんじゃねー」


 その他、連絡の付きそうな知り合いに片っ端から聞き込み掛けてるうちに、マルコんちに着いた。


「おーい、マ〜ルコ〜、聞きたいことがあんだけど〜」


 外から声を掛けると、重厚な門が開いた。


「お邪魔しまーす」


 門の中を奥へと進む。

 マルコんちはまあ大体城みたいな感じだ。

 人間住んでないけどな。


 マルコは庭園の東屋にいた。

 見た目は翼の生えたでっかい狼である。


「よく来たな、サンダー・クロスよ」

「南で暴れてるって言う魔王について教えてくんない?」

「情報の対価は?」


 俺は常に携帯しているプレゼントの袋から『あるもの』を取り出した。


「ふむ、一つだけか?」

「これは前払い。聞かせてもらったら追加で渡すよ」

「よかろう。南の魔王についてだったな」


 マルコが語った内容は驚くべきものだった。


「魔王が魔人を食ってる……?」

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