第13話

 自分が実は寝間着のまま、樹海に居たという事実に打ちひしがれる事、数秒。


 自分を助けてくれた冒険者の少女の言葉に気持ちを切り替える。


「はぁ…。もういいわ。それより、今はアレよ」


 アレと言うのは、言わずと知れたクレイジータイガーの事だろう。


 しかし。


「あのトラか!? でも、もう追っかけて来てないみたいだぞ?」


 肝心のトラの気配がないのだ。

 後を追ってきているような足音をはじめとする一切の物音がないし、咆哮の類も聞こえない。

 そうゆう意味で、静かなものである。


「あいつには種族特性として《隠密奇襲》ってスキルがあるの! 要は、誰にも気付かれずに獲物を襲う為のスキルよ。一見撒いたように見えるけど、今も付かず離れず私達を狙ってるわ」


 えっ? 何、そのスキル!?


 まさに狩猟の為にある様なスキルに戦慄する。

 そのスキルの存在を知って、尚、それでも奴の存在を確認する事が出来ない。


 ――――ってか、さっき撒いたと思った矢先に噛み殺されそうになったのも、そのスキルか!


 何気に恐ろしいな!


 気付いた時には既に手遅れ、噛み殺される寸前ってわけだ。


「怖ぇな…なんて化け物だよ!?」

「とりあえず、今は足を止めないで! 立ち止まったら膂力で即行、押し潰されるわ」

「何か手はないのか!? 冒険者なんだろ!?」

「無理よ!? あいつの討伐推奨ランク、いくらだと思ってるの!?」


 彼女曰く、クレイジータイガーという魔物の討伐推奨ランクは『A』。


 そう言われてもピンと来ないが、曰くAランクの魔物というのは単独で討伐するようなレベルではないらしい。

 それこそ、数々の修羅場を潜り抜けた熟練の戦闘技術を持った屈強な冒険者達が一堂に会して集団で討伐に乗り出して、ようやく対等に渡り合える。

 そんな次元のレベルだと言う。


 当然、討伐に参戦する冒険者自身、高ランクでなければ話にならない。

 先ほど述べた『数々の修羅場を潜り抜けた熟練の戦闘技術を持った屈強な冒険者』――即ち、冒険者ギルドからAランク認定を受けた強者つわものである事は当然、最低でもBランクに達していなければただの足手まといにしかならない。


 ちなみに、彼女のランクは『C』だそうだ。

 当然、クレイジータイガーとの戦闘経験などない。

 精々、他の同業者からエピソードとして聞いたことがある程度。


 で、あるから、採れる対策として。


「なんとかあしらって、ひたすら逃げるっていうのが一番現実的ね!」


 ……女神様、俺は――いや俺達は生き残れるでしょうか?


 採れる対策は、実にシンプル。とにかく逃げる! それだけだ。


 だが、言うは易し行うは難し、とはよく言ったもので、それを実行に移して成功するかはまったく別の話である。


 相手はレベル50越えの超大型モンスター。

 ランク的にはAが推奨、最低でもBは必須の上、集団で挑むべきとされる、もはや災害レベルと行ってもあながち言い過ぎではない。

 単独で挑むのは無謀、というかバカの所業とされる相手だ。


 それに対して、こちらの戦力は――。


「一応、確認するけど貴方、戦える?」

「いや~残念ながら殴り合いの喧嘩すらしたことがないんだよねぇ…」

「……でしょうね」


 完全に戦力外、むしろお荷物というか完璧なる足手纏いにしかならない俺。


 そして、Cランクに属するという冒険者の彼女。


 Cランカーの実力がどの程度か俺にはよく分からないけど、少なくともAランクの魔物の相手が務まるレベルではないのは明らか。

 後は、その格上の相手と相対した時にどの程度、粘る(凌ぐ)事が出来るのかという一点に係ってくる。


 まぁ、そもそもがこんな面子で挑んじゃいけないんだけどね! 本来なら!


「!? 危ないッ!」


 そんな事を考えていた俺を、切迫した声を上げた彼女が突き飛ばす。


 次の瞬間には、さっきまで気配すら微塵も感じさせなかった奴が、俺と彼女の間に食い込むように突っ込んで来た。

 丁度、寸前まで俺達が居た場所である。


 きっと、彼女に突き飛ばされてなければ、身体のどこかしらを喰い付かれるか、あの巨体で押し潰されていただろう。


 どこからか再度急襲を仕掛けてきたクレイジータイガーは、その眼光を彼女の方へと向ける。

 俺が戦力外って事を理解しているのか、それとも以前狩りの邪魔をしてきた彼女に対する個人的な恨みなのか定かではないが、少なくともクレイジータイガーの中では俺は眼中にないようだ。


 ――――獲物としての興味はあるっぽいけど。


 「くっ! やっぱり気配がないってスキルは厄介ね!」


 苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべた彼女は、徐おもむろに左手にも短剣を握ると、構える。

 その様はいわゆる二刀流だが、その構え方は武術をよく知らない俺の眼にも独特で、両手の短剣を逆手に持つのはともかくとして刃を腕に密着するくらい水平に寝かせている。

 剣術というよりは拳術、素人目にはボクシングのファイティングポーズに似た構えである。


 一体あれで、どう戦うのだろうか?


「グァァァァ!!!」


 そうこうしてる間にも、クレイジータイガーは身を屈めると再度、彼女目掛けて飛び掛かる。


 噛みつきから圧し掛かりに攻撃を切り替えたクレイジータイガーの、まるでナイフのように鋭く尖った爪が、彼女を襲う。


 対して彼女の方はと言うと、そんなクレイジータイガーの飛び掛かる爪の一撃を逆手の短剣で受け止めつつ、自らも後方へと飛びのいて威力の相殺を試みる。

 果たして、あの腕に限りなく密着させた短剣があたかも篭手のような役目を果たして防御力を高めつつ、後方に飛び退いた事で彼女自身に係った負荷を上手く分散させた。


 だが、それでも相手の膂力は強大であり、彼女は後方へと数メートルは弾き飛ばされる。


 衝撃を逃がそうとしてもなお防ぎきれないクレイジータイガーの膂力に弾き飛ばされ地面を転がされる彼女であったが、致命的なダメージは防いでおり、すぐさま態勢を整えるや反撃を試みる。


「逆巻け炎、風纏いて爆ぜよ《フレイムバースト》!」


 剣を握ったままの拳を突き出すようにクレイジータイガーへと向けた彼女は、詠唱と共に魔法を見舞う。


 彼女が使ったのは、炎の魔法。

 炎がさながら竜巻のように渦を巻き、クレイジータイガーを包み込む。


 凄い! さっきも、チラッとは見たけど、あれがこの世界の魔法か!?


 炎の竜巻に巻き込まれたクレイジータイガーを見た俺は、感嘆としてその光景を眺めていた。


 もしかして、このままイケるんじゃないか!?


 俺が、そんな事を思った直後、それは・・・放たれた。


「グォォォォォォォォォォォォォン!!!!!!」

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