第11話

 トラならトラらしく熱帯のジャングルにでも居ろよ!?


 内心で心底罵りの声を上げる俺だが、それを表面に出す事は出来ずに固まっていた。


 トラはトラで、こちらを見て短い唸りを挙げて警戒するように威嚇行動をしているが、逆に言えばまだそれだけだ。


 僅かな膠着時間が流れ、静けさが辺りを覆う。


 その膠着状態の最中、俺は必死に俺が取るべき最善の行動を模索する。


 どうする!? どうしたら良い!? 

 ただのトラでも手に余るっつうのに、この馬鹿でかいトラと遭遇した今、どうするのが最善だ!?


 死んだふり? ……いやいや! 普通に喰われるだけだから!

 クマと出会って死んだふりは悪手だって、テレビで誰かが言ってたよ!? 

 そりゃ、喰う側からすれば餌がその場に留まってくれてんだから、むしろ追う手間が省けて楽出来るってもんだしね!


 戦う? それこそバカ言っちゃいけない!

 こちとら、トラどころか野犬とだって戦った事ないっつうの!

 しかも、武器もなく素手で?

 そりゃ無謀を通り越した、単なる自殺だよ!

 人が素手で戦って勝てるのは、精々大型犬くらいまでって話をどっかで聞いた事がある。

 少なくとも目の前のトラを相手に素手で挑むのは狂気の沙汰、というのは間違いない。

 仮に仕留めるつもりなら、最低限、トラバサミもしくは頑丈な檻のような罠を仕掛けた上で、それに嵌まったところを散弾銃で複数人による同時射撃、くらいの手順がいると思うわけで……。


 ホントにどうしたら良い!?


 ――――そうだ!


 こうゆう時こそ、とりあえず『鑑定』を!


 相手を知れば、もしかしたら何とか……。


 『鑑定眼』発動!


 頼むから鑑定、よろしくお願いします!


 祈りを込めて、スキルの発動を念じる。



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【クレイジータイガー】魔物

レベル:51

HP:UNKNOWN

MP:UNKNOWN

秘境ナシワーツ樹海に棲息する肉食獣。

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「それだけ!?」


 くそ! 俺のレベルが1だからか!?

 判明した情報が、名前とレベルだけで、それ以外はUNKNOWN(未知数)と来た!


 それと何だ最後の一言コメントみたいな説明は!?

 あの見た目で草食系なはすがないだろ!?


 思った以上に役に立たなかった鑑定結果に思わず、叫ぶ。


 そう。叫んでしまった。


 不用意な叫び声に逆に威嚇されたと勘違いしたトラは、ピクリと身体を振るわせると徐に態勢を低くする。

 その動作は、まるでクラウチングスタートを連想させ――――


「グァァァァァ!」


 あたかもバネ仕掛けにでもなっていたように、そのトラ――鑑定曰くクレイジータイガーが俺に向かって跳躍してくる!

 数メートルの距離など初めから存在していなかったかのように、一瞬にしてゼロにする勢いで迫る。


 俺は身体の痛みを押し殺して慌てて身体を伏せる事で巨躯に似合わぬ俊敏さで迫るそれを躱す事に成功すると、すぐさま立ち上がって走り出す。

 

事故ったような激しい衝突音と、それに続いて樹が圧し折れたと思しきベキベキベキ…という倒木音を背後に聞きながら、決して振り返る事無くその場を逃げる。


 今のは相手の勢いが余って、たまたま躱せたに過ぎない。

 それこそ、運が良かっただけだ。


 膂力であんな大木を圧し折る相手が、今の追突で倒れるわけがない。

 きっと、すぐに俺を追ってくるだろう。


 動物というのは背中を見せて逃げる獲物を追いかけるという本能があるという。

 その理屈で言うと、相手に背を向けて逃げ出すのは悪手で、その場合、相手を見据えたままゆっくり後ずさるのが正解なのだと言う。


 そんなの構ってらんないけどな、この状況で!?


 何度か足を取られて転びそうになりながら、俺は必死に走った。

 腰曲りの爺さんのような変な前傾姿勢で、その様たるや子供から指さして笑われそうな見っとも無い体たらくではあったが、それでも足だけは前へ前へと動かし続けた。

 敢えて、樹と樹の間を縫うように、なるべく奴との間に障害物が発生するようにジクザグに移動する小細工も施した。

 ――――ほとんど、無意識にだけど。


 どのくらい走ったのか、よく分からない。

 体感的には30分走ったようにも1時間逃げ回ったようにも感じられるが、実際には5分も経っていないのかも知れない。


 息が切れ、横っ腹がズキズキ痛みだし、呼吸が苦しい。

 見っとも無いながらも必死の全力疾走に翳りが見え始めた頃、ふと気付く。


 アレ? 後ろから音が、しない?


「まけた…のか…? いつの…間に…か、居な…いな…」


 息も絶え絶えに遂に足を止め、意を決して後ろを振り向く。


 あの化け物クレイジータイガーの姿が、いつの間にか無くなっている。

 樹海も、静寂を取り戻していた。


 助かった?


 完全に標的にされていたはずなのに何でという疑心と警戒が抜け切らない中、一方で俺は少し安堵してしまう。


 そして、それが油断となった。


「伏せて!」

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