第10話

 一瞬、乗用車でも突っ込んできたのかと思った。


 いや、普通に考えておかしいのは分かる。

 ここは獣道すら見当たらない樹海の真っただ中だ。

 車なんて通るわけがない。

 そもそも、ここは異世界だ!(多分)


 まぁ、そんな事を考えている頃には、俺の身体は謎の衝撃に吹き飛ばされてたんだけどね!


「グルル……」


「痛ッ」


 樹に叩きつけられ、地面にひれ伏す。

 勢いそのままに樹に激突した肩が、骨が歪んだかと思う程、痛い。ついでに、ちょっと呼吸が詰まった。


 何だ!? 何が起きたんだ!?


 スキルか!? 『運命天秤(ラックバランサー)』のスキルが暴発したのか!?


 興味半分にスキルを発動した直後のコレだし、原因としては一番可能性が高い。


 でも、俺がやったのは樹の運気を最低にしただけだ。爆破する要員なんて、一切ないはず。


 俺は半ばパニックを起こしながら、身を起こして状況確認。


 そして、見た。


「グルル…」


 腹部は白く、背面は黄褐色、そして黒い縞模様に彩られた化け物が、そこに居るのを。


「ト、トラ!?」


 もう、ぶっちゃけてしまおう。

 そこに居るのは、前世のイメージそのままのトラである。

 だが、俺だって、たかがトラ一匹に対して「化け物」なんて表現はしない。

 それでも敢えて「化け物」と表現したのは、偏にその巨大さ故である。

 ざっと見た感じで、そのトラは体高が既に3~4mはある。体長に至っては5mは確実に越え、6~7mはあるだろう。

 前世で言えば、トラの領分を越え、体格的にはゾウに匹敵する。


 そんな規格外に巨大なトラが、低く唸り声を発しながらこちらに一瞥くれているのが、今の状況である。


 唸り声の合間に尖った犬歯が時折、見え隠れするのが非常に恐ろしい。

 正直、ちびりそう……。


 何で、いきなりトラが出てくんだよ!?


 俺は、心の中でそう絶叫した。


 そして、その答えはそのトラの背後を見て、おぼろげに悟ってしまった。


 目の前、数メートルの距離にはでかいトラ、その背後にはトラが薙ぎ倒したと思しき樹木の成れ果て。

 そう、ついさっき俺が『運命天秤(ラックバランサー)』で運気最低にしたあのヤクスの樹だ!


 自分で身動きのとれない樹にとって、外敵に無慈悲に身体を圧し折られるというのは何よりもの不運と言えるだろう。

 ある意味、天災に襲われるよりも理不尽で、よっぽど運が悪いと言える。


 そう、例えばこのトラのような存在に襲われるとかな!


 そして俺は、更に悟る。


 他人の不幸というのは、それこそ偶々近くに居たというだけの理由で巻き込まれる事がある、と。


「俺、死んだかも……」

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