聖夜の夢

無名無冠


 打算に染まった私では、聖なる夜に混ざれない。


 遠くから聞こえるクリスマスソング。その声に聞き馴染みを覚えると同時に、私は背を向け歩き出した。


 冷たい風が頬を撫で、先程まで熱かったのが嘘のように冷めていく。


 コートを抱きしめるが温かさはまったくない。元々こうなることは予想していたのに、なぜ防寒具を用意しなかったのかと、自分の視野の狭さに思わずため息を吐いてしまった。


 予定通りに辿り着いた、校舎からほどよく離れた噴水。私はその縁に腰を下ろし、なんとなく空を見上げる。


 それからすぐに、前髪を掴んで視界を塞いだ。


 つられて俯く顔。蹲る背中。


 さながらハリネズミのように小さく丸くなり、やがて私は目を伏せた。


 こんなにも暗いクリスマスを、私はこれまで体験したことがあっただろうか。


 私の思いつく限り、暗い空間というのは寝室と現在の二つだけ。それらは温度という点で真っ向から対立しているものの、共通している部分が無いわけでもない。


 例えば、一人きりの寂しさに無駄な不安を覚えてしまうところ。


 校舎からだいぶ離れており、この場では風の音しか聞こえない。


 だというのに、耳には今もベルの音が響いていた。


 校舎では今も生徒達が騒いでいるのだろう。その様子は考えようとするまでもなく思い浮かべられる。


 聖夜にも二つの種類があるはずだ。一つは友人と楽しく過ごす夜。もう一つは恋人と静かに過ごす夜。


 我が校では前者の過ごし方が基本であり、後者の過ごし方ができる者はおそらくたった一人として居ない。なにせ我が校は女子校であり、さらには全生徒が多忙を極めているのだ。これでは恋をしようという考えにすら辿り着けないだろう。


 故に、その理に反した私は皆に交じって楽しめない。


 否。私は理に反し、自ら皆と線を引くことを望んだ。


 友人と過ごすクリスマスというのは、それほど重要な時間ではない。後々大切な思い出になることはあるかもしれないが、楽しんでいる最中に感傷に浸ることはなない。だが、そんなクリスマスパーティの途中で、二人きりにならないかと誘われたらどうだろう。日常は途端に非日常へと変貌する。


 誰も体験していない、自分達だけの特別な時間。私の誘ったあの人だって、多少の高揚感は覚えていたはずだ。


 少なくとも私はこれ以上無いほどに浮足立った。このクリスマスよりも一か月ほど前。計画を立て始めた頃からずっと気分が高揚していた。


 だからだろう。分かっていた結果だというのに、私は予定よりも傷ついてしまった。


 失敗して逃げ出すこと。それも計画の範疇だ。あの人は私のことを心配してくれている。もうしばらくすれば私を見つけ出してくれるだろう。


 そこで縋り付けば、きっと……!


 ……閉じた目が開けられない。身体を丸めたまま戻れない。


 分かっている。あの人は来ない。私は生徒であの人は先生なのだ。これが普通。私がどれだけ想いを伝えても、あの人は受け止めてくれないだろう。 


 本当に、何をやっているんだか。一人で幸せになろうとした結果、手に入れたのは無駄な苦しみただ一つ。


 身体が冷めていくのに心は冷めない。


 先生は突然現れて、私に恋を教えてきた。


 だけど、その終わらせ方までは教えてくれなかった。

 

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聖夜の夢 無名無冠 @mumumu001

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