第3章 変化する世界

第17話 次の襲撃予知

 魔法研究会が事実上発足した翌日の、七月三日水曜日放課後。

 SNSで茜先輩から会食のお誘いが入った。自分の分の弁当を買って、午後五時半に緑先輩の研究室へ来いという内容だ。

 そんな訳で厚生棟売店で買い物をした後、本部棟一階廊下を突っ切って研究棟を目指す。

 ちなみに購入してきたのは唐揚げ弁当。売店で売っている中では、量と値段のパフォーマンスがいい一品。他にパック牛乳500ミリリットルとサラダも購入。もうすぐ来月の奨学金分がチャージされるので、ちょい贅沢に買ってしまった。

 緑先輩の部屋の扉をノックする。

「どうぞ」

 この声は茜先輩、既に到着していたようだ。

 扉を開けるとやはり茜先輩が既にいた。部屋の主である緑先輩は当然在室している。

「遅いぞ孝昭」

「まだ時間前ですよ」

 そう言いながら、適当な場所に陣取る。

「それじゃ食べるとするか」

 茜先輩は海苔鮭弁当、緑先輩は幕の内弁当だ。あとはいつもの紅茶が、俺の分を含め既にはいっている。

 一応いただきますと言ってから、食べ始める。

「ところで今日は、何の会食ですか?」

「孝昭が先頭に立って魔法の研究会を作ったと聞いたからな。そのお祝いだ」

 おい先輩、情報が早すぎる。まだ学校は休校中なのに。 

「どこから聞いたんですか、その事を」

「副担任の静枝ちゃんからだ。今日の昼、厚生棟ですれ違った時、『お前の後輩は我が軍門に降ったぞ』と勝ち誇ったように言ってきた」

 なんなんだ、清水谷教官は。

 でもまあ、性格がそういう感じなのだろう。確かにそんな事を言いそうだ。

「予想外だったな。孝昭はもう少し用心深いかと思っていたのだが」

「でも茜先輩も、魔法の能力を隠しているってバレていますよ」

「それくらいは仕方ない。何せ静枝ちゃんの魔法は嘘発見器だからな」

「よくご存じですね」

「本人がそう言っていた」

 なるほど。

「第一研究室は、魔法が存在した場合の社会的影響を研究する研究室。第二研究室が、魔法の原理や応用を調べる研究室だ。つまり魔法と正面切って付き合うという意味では、静枝ちゃんを選んだことは正しい。ただ孝昭はその辺を睨みつつも、あえて最初は様子をうかがうだけにすると思っていたのだが」

「この部屋をくれたのも清水谷教官。魔法の原理研究の実質的な中心の一人」

 確かに本来なら、そうするだろうと俺も思う。遙香に会う、という目的が無ければだけれども。

 会ってどうするというのは、まだ考えていない。単に会いたいと思っただけだ。実際は会っても、話もあまりしないかもしれない。

 しかも俺の知っていた遙香と、会える可能性がある遙香は別人。

 でもそうわかっていても、会いたいという気持ちが止められない。我ながらどうしようもないなと思うけれども。

「本当は何故そんな、らしくない行動をとったのか、問い詰めるところだけれどな。まあ目的を聞いても、答える気が無ければ答えないだろう。だから今は不問にする」

「ありがとうございます」

「それで研究会では何をやったんだ? 今日も活動をしたんだろう」

「ええ」

 茜先輩の言うとおり、今日も午後から三時間ほど訓練した。そして休校中にも関わらず、更に入会希望者が三人入ってきた。五年生一人、四年が小倉さんと下田さんの二人。

 まだ遙香は入ってきていない。世界がそこまで近づいていないのだろう。でも世界が近づけば、いずれ……

 そう期待している。

「今日は三人、新しく入ってきました。なので全員の魔法を測定して、あとは魔法の発動法について情報交換をした形です」

「何か参考になる事はあったか?」

「今のところ特に」

 俺自身は、魔法そのものについて、そこまで研究しようという意欲は無い。確かに使えれば便利だろうけれど。

 でももう一人の俺の知識や今日の研究会での話を聞く限り、使えるからといって画期的に便利になるような魔法は無かった気がする。

 空を飛べるとか、遠隔移動出来るというなら、話は変わるだろうけれど。

「強いて言えば、魔法を発動すると微弱な重力波が観察されるという、清水谷教官の観測結果ですかね。魔法の発動は、空間を歪ませる可能性があると。もっとも魔法が歪ませるのか、他の世界の力である魔法を使うから歪むのかは、まだわからんと言っていましたが」

「その辺ざっくばらんなのは、静枝ちゃんのいいところだな。でも教官全員が、静枝ちゃんのようだとは思わない方がいい」

「以後気をつけますよ」

「よしよし」

 多分今日の会食は、俺に『充分気をつけろよ』と言いたかっただけなのだろう。口調はともかく、茜先輩も緑先輩もかなり面倒見はいい。この学校へ来るまでの間で充分わかっている。

 さて、他の話題でも振るとするか。

「この部屋は魔法を抑えると聞いたけれど、どんな仕組みになっているんですか?」

「向こうの世界の魔法陣を記憶している人がいたらしい。この研究棟の一階は、その魔法陣を壁や天井の各所に配置して、全体的に魔法が通じにくくしてあるそうだ。魔法陣は壁や床に埋め込まれていて、直接は見えないようになっているらしいけれどな」

 なるほど。

「それじゃ緑先輩は、この部屋で暮らしているんですか?」

「シャワー浴びる時だけ寮に帰る」

「授業中なんかも大分ましになったそうだ。魔法を抑える方法以外に、薬も処方して貰ったそうだ」

 薬もあるわけか。あとついでに聞いてみる。

「あと緑先輩は、レポートを毎回書かされていると聞きましたけれど」

「予知出来た事を箇条書きで書いて、教官に送るだけ。最近はせいぜい数行程度」

「でも昨日の怪獣騒ぎ、あれは前日には予知できていたからな。それを聞いて慌てて孝昭にSNSを入れた訳だ。発現可能性はわからないと緑は言っていたけれど、念の為な」

「あれは助かりました。思い切り窓際の席でしたし」

 逃げられなかったから、机で防護した。でもそのおかげで怪我しないで済んだ訳だ。そう思うと感謝しか無い。

「さて、遅くなったが、本日ここに呼んだ理由だ。明日はカーテンを閉めて、窓際から離れていろ。出来れば何かあるまで、寮の自室を出るな。多分午前中には終わると思う。だから朝食と昼食は帰りに買い込んでいけ」

 なんだって。

「また怪物が襲ってくるんですか?」

「今度はもっと大きい」

「だそうだ」

 茜先輩は肩をすくめる。

「それほど被害は出ないとも予知している。でも万が一があるからな。用心にこしたことはない」

「わかりました。ありがとうございます」

 そう言って、ふと思いついたので聞いてみる。

「今の注意の件、他の人にも流していいですか」

「いいけれど、あまり大々的には広めるなよ」

「了解です」

 確か塩津さん、ベッドを窓際まで移動させたと言っていた。寝るときに外を見るのが好きだとか言って。

 万が一、ベッドに寝ていてガラス片を浴びたら酷い事になる。だから一応注意をしておこう。宛先は確か、名簿に校内SNSの番号を書いてあった筈だ。


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