学園スティメルド
マカロニサラダ
第1話 学園スティメルド
学園スティメルド
「最近――スティメルドに避けられている気がする」
ファーナがそう口にすると、モーバックは首を傾げた。
「………」
だが、彼は何も言わない。
黙って、ファーナを眺めるだけだ。
これには流石のファーナも、怪訝に感じる。
「……あの、モーバック?」
「あ。
悪い。
ただ、今日もファーナは、可愛いなと思って」
「………」
愚にもつかない事を言われ、ファーナ・オーシャは閉口する。
赤らみそうな頬を誤魔化す様に、ファーナは丸めたノートで、モーバックの頭を叩く。
「えっと、モーバックは私の相談を、真面目に聞く気がない?」
威圧する様に、ファーナは問う。
モーバックは、普通に謝った。
「だから、悪かったって。
で、何だっけ?
スティメルドが性転換したいと、言い出したんだっけ?」
「――全く違う!
この男はどこまで、私の言う事を聞いていないの⁉」
「ごめん。
だから、ファーナに見惚れていて、話を聴いていなかったんだ」
「………」
まだ言うかとばかりに、ファーナは更にノートでモーバックの頭に一撃を加える。
モーバックは、キョトンとするだけだ。
「え?
俺、何で叩かれているの?」
「……天然も大概にしなさいよ、モーバック?
それとも貴方は、私に喧嘩を売っている?」
「天然とは、人聞きが悪いな。
俺は何時だって、真剣さ。
俺は真剣に――ファーナを愛しているんだ」
「………」
遂に、ギョッとした顔になる、ファーナ。
この男はどこまで、自分の気持ちに素直なのだと、彼女は仰天するしかない。
「いえ。
一寸落ち着きましょうか」
「いや。
落ち着いている場合じゃあ、ないだろう。
ファーナは、俺に相談があるだろう?」
「――その相談を真面に聴こうとしない、諸悪の根源が何を言っているの⁉
やっぱりモーバックは、私をからかって遊んでいる⁉」
それは本当に違うので、彼は首を横に振った。
現在ファーナ達は、アクバオ学園の生徒会室に居る。
大学並みに広いこのアクバオ学園は、現在四十の派閥に分かれていた。
ファーナ・オーシャは、その派閥の一つであるオーシャ派のトップだ。
彼女が秀でている点は、四十ある派閥のトップとも言える、生徒会長の職にあるところだ。
激戦と言える選挙戦の末、遂にオーシャ派のトップが、生徒会長となった。
これはそれから、一月ほど経った頃の話。
ファーナは現在、書記であるモーバックに妹であるスティメルドについて相談していた。
先述通り、スティメルド・オーシャは、姉であるファーナ・オーシャを避けているらしい。
その原因は何かと頭を悩ませているファーナは、ふとある事に思い至った。
「……んん?
もしかして、スティメルドが怒っている原因は、モーバック?」
「な、に?」
学生らしく、二人はブレザーを着用している。
今どきの女子高生らしく、ミニスカートを履いているファーナは、確かに可憐だ。
いや。
男女問わず人気があるのが――このファーナ・オーシャだった。
普段、彼女は男口調で喋る。
その姿が余りに凛々しい為、ファーナは女子にも熱狂的な支持を受けていた。
また、その凛とした姿は〝姉萌え属性〟の男子を強く惹き付ける。
だが、そんな彼等に悲報が届けられたのは、つい最近の事だ。
何と、あの堅物で知られるファーナが、男子と交際を始めたという。
その相手こそが、モーバック・エギットだった。
最近転校してきたモーバックは、一目でファーナに恋をしたという。
彼はその時点であらゆるプライドを捨て、ファーナに猛アタックを始めた。
ファーナに近づく為、書記の座を賭け、前書記と勝負をした程だ。
勝負の内容は、中間テストの成績。
モーバックと前書記のどちらが、成績が上か?
両者はそう言った勝負内容で競い合ったのだが、結果はモーバックの勝利で終わった。
モーバックのファーナに対する執着は凄まじく、彼は一日十三時間勉強をしたらしい。
睡眠時間は一時間程で、どう考えても正気の沙汰ではない。
ファーナと自然な形で会話が出来る立場に至った彼は、兎に角ファーナを口説いた。
交際を断られた事など、十回を超える。
それでも食い下がったのが、モーバックと言う男だ。
半ばストーカーだが、ファーナは何故かモーバックに嫌悪感を抱かなかった。
それ処か、ファーナの心は徐々に、モーバックに傾いていった程だ。
ここにある種の奇跡は成就して、生徒会長と生徒会書記のお付き合いは開始された。
「だから、それが原因なのよ。
スティメルドはきっと、私とモーバックの交際に反対なんだわ」
モーバックと付き合い始めてから、ファーナは彼といる時だけ女性口調で喋る。
その理由は〝その方が可愛いぜ、ファーナ〟とモーバックが言い始めからという噂があるが、事実か否かは定かではない。
「……って、私の話、聴いている、モーバック?」
「あ、悪い。
またファーナに見惚れていた」
「………」
これが本気だとしたら、完全にモーバックの脳味噌は蟻に食い散らかされているだろう。
脳味噌が空洞になっているのが、モーバックに違いない。
逆にファーナをからかっているとしたら、大した度胸だ。
いや。
それ位の胆力が無ければ、この生徒会長様の恋人など務まるまい。
「けど、話の肝は分かった。
要するに俺はまだ、スティメルドに認められていないという事だろう?」
「………」
モーバックは惚けた事を言いつつ、しっかり人の話を聴いていた。
ファーナとしては、顔をしかめる思いだ。
「まあ、そういう可能性もあるわよね。
妹は多感な時期だし、姉の彼氏を快く思わない事もあるのかも。
でもその反面、そう決めつけるのは、早計よね。
……もっとスティメルドの話を、聴いてあげた方がいいのかしら?」
スティメルドを溺愛しているファーナとしては、実に真剣なお悩みだ。
モーバックとしてもそんな彼女の力になりたいという強い想いがある。
結果、彼はこう提案した。
「分かった。
なら、彼を頼ろう」
「え?
彼とは、まさか――」
「――ああ。
――ベルク長老さ!」
「………」
モーバックが出した結論を聞き――ファーナはやはり絶句した。
◇
ベルク・メガディスアという――三年生が居る。
彼は既に二十歳で、二年ほど三年生を留年している。
その為ベルクはいつの間にか、全ての生徒から長老扱いされていた。
実際、彼は謎の怪人と言っていい。
彼は他の生徒の相談役になっていて、彼に解決できなかった悩みはないと言う。
それが事実だとすれば、確かにベルク長老は頼りになる。
普段は近寄りがたいベルク長老だが、ファーナとしても妹の件は何とかしたい。
彼女は迷う事なく、ベルク長老を頼った。
「成る程。
スティメルドが、そんな事になっていたのか。
それは、知らなんだ」
「………」
その割には、この人はスティメルドを個人的に知っている感じだ。
一体、ベルク長老の情報網とは、如何ばかりの規模なのか?
正に計り知れない物があると、ファーナは素直に慄いた。
「で、何とかなりそうか、ベルク長老?」
ファーナが普段の口調で問うと、ベルク長老は首肯する。
「何とかは、なるかもしれん。
ただ、その為には情報が不足している。
情報を集める為にも、私は奥の手を使わなければならない。
それを黙認してくれるなら、私も喜んで手を貸そう」
「………」
よく考えてみたら、ベルク長老って、何だ?
どう考えても、謎の存在に他ならないだろう。
或いは、学園七不思議に数えられてもおかしくない、人物だ。
今更ながらファーナも、この老けた高校生は何者なのかと思う。
だが、スティメルドの事情を知る為には、彼の協力が不可欠の様に思える。
ファーナは取り敢えず、その奥の手とやらが何なのか聴いてみる事にした。
「え?
普通にスティメルドの教室を、盗聴するだけだけど?」
「――ベルク長老ぉ⁉」
――それは、明らかに犯罪行為ですよぉ⁉
ファーナとしては、そう思うしかない。
「というか、既に準備は整っている。
後は、ファーナが決断を下すか否かだ。
どうする、ファーナ?
きみは妹の為に、手を汚す覚悟があるか――?」
「……あの、それは犯罪に加担する決意はあるかと、私に甘言を用いている?
というか、ベルク長老は、存在そのものがぶっ飛び過ぎなんだよ。
何だよ、ベルク長老って?
本当にあなたは、何者なの?」
「私にも、分からん。
前世できみに殺されたのが私、という事以外は不明だ」
「大分、具体的な設定だなぁ⁉
私の周りは、こんな奴等ばかりか⁉
実にツッコミ甲斐がある連中だと、思わざるを得ないよ!」
「……え?
それって、まさか俺も混ざっている?」
モーバックが心外だとばかりに顔をしかめると、ファーナはキっと、彼を睨んだ。
「――私を一番困らせている、筆頭格が何を言っているの⁉
まさか自覚が無いとは、本当に思わなかった!」
「いや。
痴話喧嘩なら、余所でやって欲しい」
「しみじみした顔でツッコミを入れるなぁ、このお爺ちゃんは!
いえ、お爺ちゃんではないのだけど!
顔が老けた、二十歳の学生なんだけど!」
「いや。
そういう話は、いいんだ。
それよりやるかやらないか、さっさと決めてくれない?」
「……急に態度がチャラくなったな、この老け顔は。
……分かった。
いいよ。
やろう」
「え?
マジで?
この姉キャラ、妹キャラの為ならお縄になる事も辞さない?」
「私が逮捕される事を前提にして、話を進めるな。
その場合、私は全ての罪をきみに着せる気満々だから、そのつもりでいろ」
「ま、いいだろう。
妹を思うファーナの気持ちに免じて、私も赦してやるさ」
「――おまえ、絶対、自分は加害者側の人間だって思っていないだろう⁉」
最後にそうツッコミを入れた所で、漸く事態は動く。
ベルク長老は、本当に盗聴を始めたのだ。
『で、ヴァザンはどう思います?
私にプレゼントを贈るとしたら、何を選びますか?』
「あ。
本当に、スティメルドの声だ」
『そう、だな。
俺なら、スティメルドに花を贈るかな。
スティメルドには、白薔薇とか似合いそうだ』
「……まさ、か⁉」
これは、スティメルドとヴァザンの、密会現場⁉
スティメルドがファーナを避けていた理由は、ヴァザンとの交際を隠したかったから⁉
ファーナがモーバックと交際している様に、スティメルドもヴァザンと交際していた。
その事実を姉に知られたくなかった妹は、姉を遠ざけていたというのか――⁉
自分でも意外だったのは、ファーナが思いの外ダメージを負っていた点だ。
ヴァザン・ティスカナという男子なら、申し分がないとファーナも認めている。
だがその一方で、姉としての本能が、妹の彼氏を受け入れられずにいた。
「えーと。
ドンマイ、ファーナ!」
「五月蠅いわ!
私のスティメルドに対する気持ちが、モーバック達に分かってたまるかって言うの!
……ああ、本当に、ショック。
父さんもきっと、こんな気分を味わう事になるのね」
それで、この違法団体は、解散する事になった。
モーバックの慰めにツッコミを入れながら、ファーナは下校する。
これは、それ以後の話。
◇
「おめでとうございます――お姉さま!」
「ああ。
おめでとう――ファーナ!」
「……え?
え?」
その二日後の放課後、ファーナが生徒会室に足を運ぶと、そこには妹とモーバックが居た。
いや。
他にもヴァザンや、他の生徒会役員の顔もある。
ファーナとしては、唖然とするしかない。
「やっぱり、モーバックさんの言っていた通りですね。
お姉さまはご自分の誕生日さえ、忘れていた」
「……誕生、日?
――ああ!」
そう言えば、そうだったかもしれない。
生徒会の仕事に追われていたファーナは、その事を失念していたのだ。
恐らくそうではないかと感じていたスティメルドは、サプライズをしかけた。
ファーナには内緒で、彼女の誕生日会を開いたのだ。
「――え?
まさか、モーバックも、グル?」
「当たり前だろう。
この俺が――ファーナの誕生日を忘れるものかよ」
「………」
つまり、ベルク長老もグルか。
あの盗聴は、どこまで情報を与えたら、ファーナが自分の誕生日に気づくか試していた。
「じゃあ、スティメルドとヴァザンは、盗聴されていた事に気づいていた?」
「……え?
何です、盗聴って?」
「………」
〝――それは知らないのかよ⁉〟と、ファーナはツッコミそうになる。
いや。
ここは迂闊な事は言わない方がいいと悟り、彼女は話を戻した。
「本当にありがとう、皆。
どうやら私は――」
「――ああ。
この学園の生徒会長様は――この学園一の幸せ者さ」
「……いや。
お前が言うな」
愛しきモーバックに自分の台詞をとられたファーナは――もうそうツッコムしかなかった。
学園スティメルド・了
学園スティメルド マカロニサラダ @78makaroni
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます