第27話 腹パンな
亮くんとお別れしてから何日経っただろう。
お通夜と告別式の間は何とか耐えられたけど、亮くんが小さなお骨になって、それを抱えて家まで帰りついた時から私は動けなくなった。
不思議と涙は出なかった。だけど、喪失感に飲み込まれてしまったようだ。
安心させるために、亮くんには、私には100年以上もの間の思い出があるから、それを順番に思い出して行けば大丈夫って言ったけど、そんなのただの強がりだ。
亮くんを思い出すたびに、もうこの世界には亮くんがいないんだ、二度と会えないんだって実感してしまう。だから不用意に思い出を振り返ることもできない。
100年以上も恋焦がれて・・・恋が叶わなかった時の方が多かったけど、それでも亮くんはそこにいてくれた。
だけど・・・今はもうその姿を見ることすらできない。もう二度と亮くんの存在を感じることもできない・・・。
この世界で亮くんの最期の瞬間まで添い遂げたいと思っていたことは本心だ。今でもあの決断に後悔はない。
だけど・・・それでも、どうしても、もう一度亮くんに会いたいと思ってしまう。
それからもう二度と会えないことに気づいて、身を引き裂かれるような苦しみに苛まれ、打ちのめされてしまう。
優しかった亮くん、誠実だった亮くん、一途だった亮くん、ちょっと強引だった亮くん、優柔不断でいつも自信がなかった亮くん、いつも私を笑わせてくれた亮くん、ちょっと嘘つきだった亮くん、私のことを心から愛してくれて、いつもさりげなく私らしく生きられるように気を遣ってくれていた亮くん・・・・。
ちょっとずつ、どの性格が目立って見えるのか違ってたけど、亮くんの中にはたくさんの亮くんがいた。みんな同じ亮くん。
100年以上も、いつもその亮くんが私の目の前にいてくれた。ずっと大好きだった亮くん・・・。
今ではもう、その存在も感じられなくなっちゃった亮くん・・・。
100年以上の時をかけて、いつのまにか亮くんは、生きるために必要な私の一部になっていた。
もはや私は翼が欠けた比翼の鳥。引き裂かれた連理の枝。
もう生きてはいけない。
だから・・・私は亮くんの後を追おうと決めた・・・。
だけど最後に一つだけ、心残りがある。あの人から会いたいと連絡があったのだ。
両親からも、友達からも、心配してひっきりなしに連絡が来る。でも誰にも会う気はない。他に何の未練もない。
でも、あの人だけはどうしても無視することができなかった。
だから、最後にあの人に会って、話を聞いて、それから亮くんの後を追おうと思う。
◇
「この度はご愁傷さまでした・・・。」
玄関先で神妙な表情をしながら頭を下げる黒いスーツの女性。彼女に会うのは10年ぶりだろうか。
本山莉子。彼女から会いたいと連絡があったのは、亮くんの告別式が終わり、初七日も過ぎ、ひとり家で亮くんのお骨を抱えながら途方に暮れて、それから亮くんの後を追おうと決意をしたちょうどその時だった。
彼女から届いたメールには、通夜にも告別式にも出られなかったのでお線香をあげさせてほしい、それから亮くんから言付けられている大事な話があると書かれていた・・・。
◇
亮くんの遺影の前で正座し、目を閉じながら手を合わせる彼女を見ながら思った。
なんだ、今回の亮くんもやっぱり同じだったか・・・。
麗華しか見えないとか、麗華だけ愛しているとか調子のいいこと言って、結局は本山莉子とできてるんじゃん・・・。
手を合わせている彼女は、今日は控えめのメイクに地味なスーツだけど高校時代とは見違えるくらい美しくなっている。
彼女と会っていたことで軽く幻滅したけど、そんなことで亮くんへの想いが消えたりはしない。あの世で再会したらすぐに腹パンな・・・と、遺影を見ながら少しニヤリとしただけだ。
「改めて・・・この度は本当にご愁傷さまでした・・・。あの、これ・・・それから旦那さんから預かっているものがあって・・・。」
私の方に向き直った本山莉子は『御霊前』と書かれた香典袋と、それから小さな紙袋を差し出してきた。
「これは・・・?」
「実は、3年くらい前に。突然、彼から連絡をもらったんです。高校卒業以来、一度も連絡を取っていなかったのに急に・・・。」
彼女は目を伏せながら、無表情で、小さく控えめな声でつぶやいている。
「呼び出されて、彼にいきなり頭を下げられて・・・何でも彼は病気であと数年も生きられなくて、それで亡くなったらこれを私の手から麗華さんに渡してあげて欲しいって・・・。」
思わず紙袋に目を向ける。中には手紙とそれから小さな箱が入っているようだ。
「最初はお断りしたんです。彼とは・・・高校の時に少し話したことはあるけどそのくらいの薄い関係しかないし、麗華さんとはほとんど接点がないから、とてもそんな大役は無理だって・・・。でも、私じゃなきゃどうしてもダメだって押し切られてしまって・・・。」
唐突に、彼女の目から涙がこぼれ落ちた。それを境に、彼女のポーカーフェイスが崩れ、その顔が一気に悲しみに覆われた。
「ごめんなさい・・・奥様の前で・・・。誤解されちゃうかもしれないけど、本当に彼とは高校の同級生以上の関係はなくて・・・。だけど、彼が亡くなったって連絡を受けた時から、なぜか・・・自分の大事な一部が失われた感じがして・・・。本当は彼が亡くなって、すぐに麗華さんに連絡するように言われていたんです。だけど、ずっと喪失感で体が動かなくて・・・ごめんなさい・・・。」
目にハンカチをあて、ついには嗚咽を漏らし始めた様子を見て気づいた。
彼女は知らないはずだ。実は、亮くんが彼女の運命の人だったってことを・・・。
だけど彼女は本能的に感じ取っているのかもしれない。
彼女は私と同じだ・・・。
100年以上も亮くんを奪い合ったライバル。
いや、ライバルなんかじゃない。いつも私が一方的に負けていた憎い相手・・・。
だけど目の前の彼女は違う、同じ大事な一部を失ってしまった同志だ・・・。
いつの間にか私の頬にも涙が伝っていた。
亮くんが亡くなってからずっと泣けてなかったのに・・・。
その後は何も話さず、同じ悲しみを共有しながら、ただただ二人で涙を流した。
◇◇
泣き尽くして目を腫らした本山莉子を見送った後、私は亮くんが彼女に預けたという紙袋を開けた。
まずは手紙の方から・・・。薄い青色の封筒には『麗華へ』と書かれている。
ちょっと角ばった左利き特有の懐かしい亮くんの字だ・・・。
封筒を開くと、青色の便箋が2枚入っており、そこにも懐かしい亮くんの字がつづられている。
『麗華へ。この手紙を読んでいるということは、ループに失敗したということだね。ごめんなさい。死ぬ直前に麗華を過去に戻してあげようと思っていたけど、どうやら僕はヘマをしたらしい。』
「フフッ、やっぱりそのつもりだったんだ。残念だったね!亮くんのことは何でもお見通しだよ!」
思わず独り言を言いながら口元が緩んでしまう。
『それから、黙って本山莉子さんに会っていたこと。ごめんなさい。でも、きっと麗華の性格だと僕がいなくなった後に思いつめてしまって、他の誰に託しても、遺品として残しても読んでもらえないかもしれないと思ったんだ。その点、本山莉子さんから渡されたら、気になって無視できなかったでしょ?』
「えっ?亮くんも私のことお見通しだったの・・・?あなどれないな~。」
『僕は麗華のことを愛してる。麗華に幸せになって欲しいと心から思っている。僕がいなくなった世界でも新しい幸せを見つけて欲しい。だから、もし僕が死んだ後でも、この世界で少しでも新しい幸せを見つけられそうって思えるんだったら、ここから先は読まないで、この手紙を破り捨てて、同封した箱も捨てて欲しい。』
「残念だったね。亮くんのいない世界で幸せになるなんてありえない・・・。」
だから、私はためらいなく手紙を読み進める。
『でも、もしも、万が一、もう一度僕がいる世界で生きたいと思っているなら、同封した箱を開けてください。僕の仮説が正しいかわからないけど、そこにはそのために必要なものが入っています。』
ドクンッ!!
その文字を見つけた瞬間、心臓が跳ね上がった。
もしかして・・・?もしかして!!
震える手で箱を開けると、そこにはボイスレコーダーが入っていた。
『再生ボタンを押して30秒数えたらあの言葉が流れるはずです。 追伸 久々に本山さんに会って、美人になってびっくりしたけど、それでも僕は麗華だけを愛しているよ。もし、ループした世界で別の亮くんが本山さんを選ぼうとしたら、腹パンして『お前の目は節穴か?』って言ってあげてね。これが僕の最後のお願いです。』
もはや何も悩むことはない。迷わずボイスレコーダーの再生ボタンを押して、そのまま目を閉じ、カウントダウンを始めた。
「30、29、28、27・・・・」
頭の中では亮くんとの思い出がフラッシュバックする。そのすべては悲劇的な結末だった。
戻っても、今度もまた、本山莉子に取られて、私は負けヒロインになるかもしれない。
「15、14、13、12・・・・。」
でも、それでもいい。亮くんがいてくれるだけで、それでいい・・・。
「5、4、3、2、1・・・」
だから、お願い・・・。
「別れる」
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