第4話 いつかの夢
眠れない夜だった。窓の外には、秋の月が静かに浮かんでいる。彼女の寝息だけが、部屋の時間をゆっくりと進めていた。ふと、窓の外の月をに目を向け、ため息をつく。髪飾りが、月光を受けて淡く光っていた。まるで、彼女の中にまだ小さな希望が灯っているように。と、『やだ...やだよぉ...』静寂に、彼女の微かな声が響いた。彼女は大粒の涙を流していた。『誰か...ママを助けてよぉ。ママが死んじゃう...やだ...やだ...』不意に涙が頬を伝う。体が鉛のように重くなり、感情を抑えられない。私はうなされる彼女を見ながら涙を流し続けた。指先が震え、涙を拭けなかった。結衣の泣き声は止まず、幼い身体には到底背負えないものが押し寄せていた。
あの日見た最期が頭をよぎる。彼女は、5日後に自ら命を断つのだ。例え何があっても。彼女の死は避けられない。彼女は最後の瞬間も涙を流すのだろうか。.......いやだ。いやだ。私は、涙を流して死ぬ彼女を見たくない。こんな終わり方は...許さない。彼女がこの世を去る前に、彼女の...結衣の本当の笑顔を見る。全身に力が入った。私は彼女の手を握った。
****
朝の光が、薄いカーテン越しに部屋を染めていた。結衣はまだ布団の中で丸くなっている。私は一睡もできず、彼女の隣で夜を明かした。指先には、あのとき握った彼女の小さな手の温もりが、まだ残っているような気がする。朝日を睨んで、ゆっくりと体を起こした。台所で慣れない手つきで卵を焼き、ご飯をよそう。味噌汁を温めながら、何度も彼女の寝顔を見つめる。夜の涙の痕は、朝になっても消えないままだった。彼女を見つめながら朝ごはんを食べていると、彼女は静かに身を起こした。ゆっくりと歩いてくる。
「……おはよう」
小さな声がして、彼女が眠たげに起きてきた。寝癖の髪を指で整えながら、食卓に置かれた湯気の立つ味噌汁を見て、また目を見開いた。
「た、食べてもいいの?」
「もちろん。結衣の分だよ」
『.....ゆい...』彼女はきょとんとしながら自分の名前を呟いた。
彼女は恐る恐る箸を取り、ひと口すすると、急に表情が崩れて、夢中で食べはじめた。私は何も言わず、ただその姿を見守る。昨夜の寝言が耳の奥で反響するたびに、胸が締め付けられた。
「……ごちそうさま」
器を置いた結衣が、ちらりと私を見た。その瞳の奥に、不安と罪悪感の影がある気がした。私は問いただしたい衝動を飲み込み、ただ「足りた?」とだけ聞いた。結衣はうなずき、小さく微笑んだ。結衣は小さく微笑んだ。その笑顔の奥に、言葉にならない寂しさがあった。
私は箸を置き、息を呑んだ。最後は、せめて最後は、笑顔にさせてやりたい。なんとしてでも。『結衣、結衣は好きなものってあるの?好きなこととか...』『...好きなこと...?』結衣は目を見開いて驚いていた。『...夜景が好き...』耳をすませないと聞こえないような声で結衣は呟いた。「……夜景、見に行こうか。今夜」
たったそれだけのことなのに、胸の奥が少し温かくなった。心が躍った。夜が待ちきれない。『そうだ。散歩にでも行かない?』私は戸惑う結衣の手を掴み、外に出た。いつもの景色が輝いて見える。『ここから少し先の駄菓子屋さんにでも行こっか!』『うん!』彼女は嬉しそうに言った。空を舞うような思いをした。線路沿いの道を歩きながら、私は尋ねた。『どうして夜景が好きなの?綺麗だから?』彼女は首を横に振った。しばらく考え込んで、口をゆっくりと開いた。『なんだか...周りのいろんなことが小さく見えるからかな...嫌なこと全部...』忘れていた重圧が再びのしかかった。『そっか...それはいいね...』私は笑顔を作ることしかできず、話題を逸らした。『将来の夢はあるの?』彼女はまた考え込んだ。私は強く後悔した。この子にはもう未来が来ない。なのに、未来の希望を聞いてしまったのだ。私は彼女が一週間後にはこの世にいないことを知っているというのに。結衣にもたれ、声が詰まった。 「ごめん…ごめん...結衣...』涙がこぼれる。 同じ時間を生きているはずなのに、私は彼女の終わりを知っている。その理不尽さが、胸を裂いた。
結衣は目を丸くして私を見た。『だ、大丈夫...?』結衣は私の背中をさすりながら言った。『夢かぁ...うーんとね...いつか幸せになりたい...かな。』また涙が出た。彼女に、“いつか"はない。私は感情のままに彼女を抱きしめた。『幸せにする...絶対するから...』彼女の腕を掴み、来た道を引き返した。『帰ろう...夜景...見に行こっか...日が短いから、もうしばらくしたら暗くなるよ...』『お、お菓子は買わないの...?』涙を拭いながら彼女に言った。『私も、嫌なこと全部忘れて、夜景見たくなっちゃったんだ...』彼女は頷いて、私の手を握り返した。
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