独自通貨

イロイロアッテナ

独自通貨

結婚してすぐの頃、妻はとても忙しい部署にいて、早朝に出かけ、夜遅くまで残業していた。

そんなわけで、僕が妻のお弁当作りを含め、一切の家事を担当していたけれど、そんな時期もあると僕自身は全く気にしていなかった。

けれど、妻はそれにひけ目を感じていたようで、ある日、妻から家事をすべてやってもらっているから、お金を支払うと申し出があった。

確かに家事に偏りはあるものの、夫婦の間でお金のやり取りをするのは少し違うのではないかと思い、僕は、その申し出を断った。

すると、妻は困った顔をして、しばらく考え込んだ後、はっと顔を見上げ、

「それだったら、我が家にだけ通用する独自通貨を発行します。」

そう言った。

僕は、妻が言っている意味がよくわからず、尋ねると、妻は自慢気に

「これから、あなたが家事をしてくれるたびに、私があなたに対し、我が家にだけに通用する独自通貨「ケンG」(僕の名前が「けんじ」だから?)を発行します。もはや基軸通貨はドルでもユーロでもなく、時代はケンGだよ。 」

と高らかに宣言した。

その独自通貨は何に使えるか聞くと、貯まったケンG分だけ後で妻が働くし、日本円への換金も可能、そういう説明だった。

とりあえず、妻の強い意向で、ケンG制度が我が家に導入され、僕が家事をする度に、妻がケンGを口頭で発行し、ノートにケンG残高を記載していくことになった。

しかし、次第に妻の仕事がさらに忙しくなり、やがて妻は、ケンGを乱発するようになった。

「食事の後、せめて自分の食器を流しに下げるのは、やって欲しいかな。」

「え?・・・疲れてるから。うーん、じゃあ500ケンGね。」

「食器を下げるだけで500ケンGも!?」

こんな感じで、加速度的にケンG残高は貯まっていき、僕は、一応、妻が言い出したことなので聞いてみた。

「長期ケンG残高が、かなりの額になり、ケンGが不換紙幣ではないかと市場が動揺しています。」

「市場ってどこ?」

「主に僕。 」

「・・・じゃあ、償還を始めます。今、いくらぐらい?」

「大体約100万ケンG。」

「じゃあ、肩揉みなら10分、円換算なら100円になります。」

「そんなに安いの!?」

驚く僕に、妻は

「円高ケンG安と人件費高騰の折、やむを得ないかと。」

と、でへへと、いたずらっぽく笑った。

僕も一緒に笑い、ケンG制度は幕を閉じた。

やがて時が流れて子供が生まれ、5歳になった息子が、嬉しそうに報告来た。

「お手伝いしたら、お母さんから10コータもらったぁ!」

「それは、不換・・・よかったね。」

僕は黙って息子の頭を撫でた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

独自通貨 イロイロアッテナ @IROIROATTENA

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ