誤りのアプリオリ②

 おれかんがえている。


「あぁっ、本当ほんとうかいっ、ぼうやはぁ、やさしいねぇ、いまっ、くよおっ」

 ちかくてとおくにいる老婆ろうばが、のろりとこたえた。

「うん! ゆっくりでいいよっ!」

 うれしそうな観太かんた


   おれは、さとった。


   同時どうじに、老婆ろうばのために一歩いっぽがった。


   とびらは、いつのにかまっていた。


   電車でんしゃは、等速とうそく直線ちょくせん運動うんどうしていた。


     れがつよい。


     線路せんろはばせまいせいだろう。


 さきせきをとっておいて……ゆずるのか、確実かくじつに。

 盲点もうてんだった。

 かしこい、かしこいぞ、どもは。

 えらいんだ、息子むすこは、観太かんたは!

 おれ自分じぶんおろかさに、傲慢ごうまんに、づいた。

 優先座席ゆうせんざせきに、元気げんきなのは、わかいのは、すわってはいけない? それはたんなる固定観念こていかんねん。それはおもいやりでもなんでもなく、味気あじけない、教科書きょうかしょてき、マニュアルてき知識ちしきぎず、おれ観太かんたはなった言葉ことば脊髄せきずい反射はんしゃだ。実際じっさい経験けいけんに、状況把握じょうきょうはあくもとづいていない。ただの机上きじょう空論くうろんを、思考停止しこうていしてはめただけ。もはやおれは、大人おとなぶって、どもを説教せっきょうしたいだけの、勘違かんちが野郎やろうになってしまっていたのだ。


 まえに、観太かんたではなく老婆ろうばすわっている。


ぼうやっ、ありがとぉ」

「いいんだよ! おばあちゃん!」

「そうだぼうやっ、いいことおしえてあげようっ」

「いいことぉ? なになに!」

「おくにつくった電車でんしゃはねぇ、できるならぁ、らんほうがっ、ええよぉ?」

「え、どうして?」

せまいッ!」

「ふーん…………そうかなぁ」


 おれは、大人おとなもまたどもからまなばねばならないとおもった。

 きゅうずかさがこみげ、フッフッと、左右さゆうに、車内しゃない見渡みわたした。

 だれおれなぞをめていなかった。

 みな手元てもと四角しかくくてちいさな世界せかいに、夢中むちゅうのようだった。


「おとうさん、そんなにおどおどして、どうしたの?」

 まえすわっている観太かんたが、そうった。

「いやあ、ちょっとおとうさん、勘違かんちがいしちゃって、ずかしいなー、なんておもってさ、あはは……」

「なにがはずかしいの?」

「そりゃあ、あれだよ、観太かんたがせっかくおばあさんのことをおもって、せきさきっておいてあげたのに、おとうさんてっきり、観太かんた自分じぶんすわってらくしたいものだとめつけちゃって……ごめんな? 観太かんた。おとうさん、わるかった」

「おばあさん? なにいってるの、おとうさん、おばあさんって、だれのこと?」

「え、おばあさん、さっき観太かんたせきゆずってあげたおばあさんがそこに——」



 まえ優先座席ゆうせんざせきすわっているのは、観太かんただ。



 おれ周囲しゅうい念入ねんいりに見渡みわたす。



 しかし老婆ろうばなど、どこにもいなかった。



   〈つづく〉

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