誤りのアプリオリ①

 えきのホーム。

 おれ観太かんた眼前がんぜんじゅう数名すうめいしに、電車でんしゃまった。

 乗降じょうこうとびら縦線たてせん二本にほんは、縦列じゅうれつ待機たいきうなが二本にほん白線はくせんと、それなりにズレている。


「にしても、んでるなあ。一番いちばんまえ車両しゃりょうだし、仕方しかたないか」

 おれつぶいた。

「え、おとうさん、どうしていちばんまえは、ひとがいっぱい?」

 観太かんたは、おれひとごとのつもりだった一言ひとこと二言ふたことを、いかにもどもらしく、ひろった。


 ひらいたとびらからあふ虹七にじ粒子りゅうしたちは、ダムの決壊けっかいいきおいでりゆく。高彩度こうさいど子連こづ家族かぞくあわ小洒落こじゃれ若年じゃくねん奇抜きばつJKジェイケイきをかも老夫婦ろうふうふ灰黒はいぐろ濁流だくりゅうでないだけ、まだ観察かんさつのしがいがある。

 ながれがわった。

 おれ観太かんたをしっかりとげると、ひかえめの歩幅ほはばとびらせられる。


「それはだな、みーんな、終点しゅうてん早見はやみえきりるだろう? お店屋みせやさんがたくさんあるからな。で、一番前いちばんまえ車両しゃりょうが、えき改札口かいさつぐち出入でいぐちちかいんだよ。

「へぇ、でもどうして? どうしてみーんな、そんなにいそぐの?」

大人気だいにんき団子屋だんごやさんがあるからだよ、きっと。観太かんた大好だいすきな、早見はやみ団子屋だんごやさん」


 車窓しゃそう枠内わくないは、証明写真しょうめいしゃしんみたく、ひと胸像きょうぞう輪郭シルエットでほとんどめられてしまっている。まどガラスの反射はんしゃで、背後はいごに、つえつくこしがった老婆ろうば姿すがたえたが、老婆ろうばすわれるかどうかは、あやしい。

 ようやっととびらをくぐる。

 そこでおれはフッとかるくなった。

 さき観太かんた

 こら、こら。

 おれう。

 が、いつくよりもさきに、観太かんた容赦ようしゃなく、のこりひとわく優先座席ゆうせんざせきにストンと陣取じんどってしまった。

 こらこら。

 お説教せっきょう必要ひつよう、かな。

 おれ仁王立におうだちで、観太かんたに、うえから目線めせんびせる。


「おい、そこは、おまえみたいなのが、すわっちゃダメだぞ。な?」

「どうしてぇ?」 

 観太かんたは、両目りょうめをまんまるに、くち小鳥ことりみたくとがらせてそうった。


「ど、どうしてって、そこは"優先座席ゆうせんざせき"だろう? よくけ、おとうさんがおしえてやる。優先座席ゆうせんざせきっていうのは、たとえばだな、そこにいるおばあさんみたいに、からだのよわいお年寄としより、ほかにも、怪我けがをしちゃって、っているのが大変たいへんひと、そんなひとが、すわるためにあるんだ」おれ横目よこめ首振くびふりで、さっきガラスの反射はんしゃ老婆ろうば存在そんざいを、観太かんたにもおしえてやり、両眉りょうまゆから一往復いちおうふくさせるうちに「な?」と強調きょうちょうした。


「しってるよ。それにカンちゃん、バカじゃないよ?」

「なぁにってんだ、おまえは!」

「カンちゃんえらいよ? えらいことする!」

「なんだよ観太かんた、わけわかんねぇことわないでくれ——」

「あ! おばあちゃん! おばあちゃん! そこのおばあちゃん! こっちこっちぃー! ぼくがせきをとっておいてあるから、もうちょぉっと、がんばって!」


 せきっておいてある?

 どういうことだ!?


 おれかんがえた。



   〈つづく〉

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