第33話、新しい娯楽

 王都に来て思った事は、街の中が賑やかな事。人が多い事もあるのだけれど、意外と音楽にも溢れて、吟遊詩人が有名なロマンス物語を歌ったり、子供向けの話も多く聴く。


 けれども、個人個人を見ると特に娯楽と思える物は無くて……と言うか、何で僕も個人の娯楽なんて事を考えているんだろう?


 ここまで旅して来る間は、やっぱり外だと言うのもあって夜に緊張を解くなんて事は無かった。子爵様の別邸に住まわせて貰っていた時は、初めての経験だったからそんな事思いもしなかったし。ここに来て、寮と言う安心して眠れる環境になって、もちろん勉強もしているんだけど、何だかフッと手が空く時間があるんだよね。そんな時に、何か「あー◯◯がしたいー!」って気分が湧き上がる事があって、その◯◯が何かは分からないんだけど、とにかく娯楽が無いのかなーと考えているのだけれど。


(アベルは娯楽が欲しいのかにゃ?)


(あっ、イヅミ。そうなんだけど、それが何なのかよく分かんないんだよね)


(この間アベルの記憶の中に入った時、色んなものを見たにゃ。その中で、ココでも作れて楽しめそうなのがあったから、それを教えるにゃ?)


(えっ? 何それ? 記憶の中っていつの事? まあいいや、楽しそうなら何でも良いよ)


(じゃあ説明するにゃ)



 イヅミからの説明を聞いて、早速試したいと思った僕は、寮の夕飯の時間にアンネにあるお願いをした。


「ねえアンネ、今度の休みにマッターホルン材木商にお願いしたい事があるんだけど、取り次いで貰えるかな?」


「えっ!? ウチに? アベル家でも建てるの?」


「まさか! ちょっと作って欲しい物があって」


「欲しいもの? まあいいけれど……」


 次の学園の休みの日。外出許可を貰って、僕はアンネと一緒にマッターホルン材木商へ向かう。


「別に僕一人でも良かったのに」


「私が一緒の方が話が早いでしょ、それに何を頼むのか興味あったし」


 何故かウキウキした感じで僕の隣を歩くアンナ。

 

 学園の門を出て、西門街にあるマッターホルン材木商へ到着すると、アンネが先にお店に入って店の人に声を掛ける。


「お嬢様お帰りなさい。アベル様ですね? どうぞ中へ。本日、主人は留守にしておりますので、ご用件は私が伺う事になりますが宜しいですか?」


 マッターホルン材木商の番頭さんのヨハンさんが代わりに話しを聞いてくれるみたい。


「はい、大丈夫です。ちょっと作って欲しい物があるのですけれど大丈夫ですか?」


 テーブルへと案内してくれて席に座ると、作って欲しい物と聞いて不思議な顔をする。


「ごめんなさい、本当なら別の場所に聞かなければならないのでしょうが、木で作れる物だったのでコチラしか思い付かなくて」


 ヨハンさんは、木で作る物と聞いて少しだけ理解した顔になった。


「ああ、それでウチを思い出して頂けたのですね。ありがとうございます。それで、何を作るのですか?」


「えっと、この位の大きさの板を一枚と、この位の大きさので丸くてこの位の厚さで、表と裏で白と黒に塗り分けたコマを六十四個作って欲しいのですけど、出来ますか?」


 僕は身振り手振りで何とかソレを説明する。

 

「板は、直ぐにでも用意出来ますが。このコマは丸くないと良くないのでしょうか? 例えば四角とかは?」


「小さな子も触れるように、角が尖って無ければ大丈夫です。あと、板の方には縦横に九本の線で区切って欲しいのですけど」


 そこまで話すとヨハンさんがスッと紙を差し出してきて「宜しけれココに図を描いて頂けますか」と言われた。


 僕はペンを借りると、紙に板とコマの絵を描いてヨハンさんに渡した。


 ヨハンさんは描いてある絵をジッと見ると。「少しお待ち頂けますか」と言って奥へと消えてしまった。


 少しするとアンネとお店の人がお茶を持ってきてくれた。


「木の板と、コマで何するの?」


「一応、娯楽の物になるんだけれど……」


 娯楽と聞いて、アンネの顔がパッと明るくなる。


「娯楽!? それ楽しい遊び? 私でも楽しめる?」


 アンネの反応をみるに、やっぱり娯楽には飢えているのかな。


「板とコマを使って、陣取りのようなゲームを作ろうと思っているんだよ」


「へー、それはアベルが考えたの?」


 アンネと話していると「お待たせ致しました」とヨハンさんが板を持ち、後ろに数人の職人さん? がゾロゾロと付いて現れた。


「すみません、コレを作るのを手伝って貰ったら何に使うのか興味があると言って付いてきてしまいました。一緒に見ても構いませんか?」


 コマを作るのに、細い角材を切っていたら。六十四個も作るのかと言って皆んなが手伝ってくれたらしい。


 板には、材木に線を引く道具で格子状に線が引かれて。コマは白っぽい木に墨で片面だけ黒く塗られていた。スゴイ! これでも用途は果たせるから十分です!


 ヨハンさんも職人さん達も、何をするのかと興味深々で見ている。


 僕は板を置いて、コマを半分に分けると。


「これは、黒コマと白コマで陣地を取り合う遊びです。最初に、真ん中の四箇所に交互に白コマと黒コマを置いて、それぞれが白か黒かを決めます。順番を決めたら、交代で一コマずつコマを置いていくのですが……」


 ここで、僕が中央に置いていた白コマの横に黒コマを置いて、間になった白コマをひっくり返す、黒コマが三つ並んだ。次に端の黒コマの横に白コマを置いて、間の黒コマをひっくり返して白コマにする。


「こうやって、縦横か斜めで向き合うコマを挟むとひっくり返せます。交互にひっくり返して行って最後に上を向いた色のコマが多い方が勝ちになります」


 皆んなが興味深そうに見ている。


「取り敢えずアンネ、僕とやってみる?」


 そう言うと「出来るかしら?」と言いながら興味津々の顔で向かいの席に座ったので、僕はひっくり返したコマを元に戻して準備をする。


「初めてなので、アンネが先にどうぞ」


 アンネさっきの手順を覚えていて、同じ様に黒コマを置いて白コマをひっくり返す。


「そうそう、そんな感じで相手のコマがひっくり返る場所に自分のコマを置いて行くんだ」


 時々、間違えそうになるのを説明して修正しながらゲームを進める。



「これは、私の負け?」


 盤面はほぼ真っ白な状態で、明らかにアンネの負けだ。


「途中までは同じ様な感じか、黒の方が多くなっていたのに、半分を過ぎた辺りから置く場所が無くなって、どんどん白に変えられて……」


 アンネが考え込んでしまった。


「お嬢様、次は私が宜しいですか?」


 アンネがスッと席を譲り、ヨハンさんが僕の前に座る。


「お手柔らかにお願いします」



「成る程……これは」


 呆然とするヨハンさんの後ろで「次は俺だ」「俺だ」と騒ぎ始めたので。僕も席を立って他の人に譲る。


「今のを見て、大体のルールは分かったと思います。あとは皆さんだけでも出来ると思いますよ」


 そういって席を立つと、ワッと職人さんが入れ替わりゲームを始めた。


 その横で、職人さん達がゲームをしている状況を見ながら、何か考え事をしているヨハンさん。


「ヨハンさん、どうしたんですか?」


 ヨハンさんはハッと顔を上げて僕を見ると。


「アベルさん、これは売れますよ」


「売れる?」


「ええ! 職人達の様子を見れば分かる通り、皆一回見ればやり方を覚える程ルールは簡単で、それでいてゲーム自体は中々に奥深く面白い。作るのも板とコマになる材木だけと簡単なのも良い」


 ヨハンさんが見ているテーブルでは、職人さんが面白そうにコマをひっくり返していた。


「もう一つ作ったぞ!」


 そうこうしていると、ゲームに参加出来ない職人さんがもう一つ作って持ってきた。材料さえ揃っていれば、こんなに簡単に作れるものだけど。


「きっと庶民の間で大流行しますよ」


 流石に番頭さん、お金の匂いには敏感ですね。


「貴族の方は、こんな板のものは欲しがらないでしょうから。高級な木材を使って彫刻を施したり、石のコマにしたり、特別な物を作れば売れるかも知れませんね」


 僕のこのアドバイスはイヅミから教えられていた事だった。こんな板切れで作っても安過ぎて商売人には相手にされないだろうから、貴族にも売れる高級路線も作りましょうと言う事。ヨハンさんはそのまま黙ってしまい、何か考え込んでしまった。


 ヨハンさんが顔を固まらせて話せなくなったので、僕は職人の人に声を掛けて、板とコマを分けてもらう。代金は、端切れの材料だし、面白い物を作らせて貰ったからとタダで譲ってくれた。


 学園に帰った後は、食堂で何度も何度もアンネに繰り返しゲームをさせられた。

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