第4話 コンカー

モンスターは、俺達を見上げて数歩あとずさった。

が、次の瞬間にはグッとしゃがみ込む。


跳ぶ気か!


俺は右手の指先に配置したボタンを操作した。

今動かせるのは胸から上と右手首から先だけだ。

ロボットの右腕が上がる。

ガンッと音を立てて、ロボの腕にモンスターが激突する。

衝撃でロボが後ろに傾く。

普段は体を傾ければ済む重心操作も、こんなに全身固められていては難しい。

俺はロボの両腕を前に突き出して、なんとか姿勢を立て直す。

「っ、くそ、足じゃなくて車輪にしときゃよかったか」

モンスターとぶつかったロボの右腕はちょっと凹んだくらいで、まだまだ使えそうだ。これは柊木さんの能力がすごいのか……?


「す……、すごいです薙乃さん! 天才なんですか!?」

「それは今俺も、君に対して思ったよ」


最初に追っかけ回されてたパワー系モンスターだとこうはいかなかったかもしれないが、それも含めて彼女の運が良かったんだろう。

まあ、ランダムゲートに出くわした時点で不運ではあるが……。


モンスターは体勢を立て直すと瓦礫の山を跳ねるようにして登る。

俺はモンスターを見失わないよう、モンスターの位置に合わせて機体をあやつる。

上から来られるとまずいな。

材料の量的に、コックピット部分から上はほとんど剥き出しだ。

モンスターは崩れかけた6階から7階……最上階のてっぺんに飛び乗る。

これで俺達よりもあいつの方が高い位置を取ってしまった。

身軽で素早い動き。

数で上回っていたパワー系モンスター達も、結局はこいつのスピードについていけずやられたんだったな。


目を離すな。一瞬でも隙を見せたらやられる。


ヒュッと風を切る音がした。


居ない。

見失った!!


俺はロボの両腕を上げて屈ませる。

上からか下からかわからない以上、両方防ぐしかない。


ガゴンッッとすぐそばに強烈な衝撃。

下からだったか。


次の攻撃がいつ来るかわからない以上、コックピットを守る両腕を動かすことはできない。

が、これではこちらも外の様子がわからないままだ。


俺はエレベーター内部に付いていたモニター……今は俺の肘あたりにあるそれを見つめる。

エレベーターについていた監視カメラは今ロボの左腕につけている。

画角は90度以上はありそうだが、180度まではない。

腕と足を動かせない今、見回すためには腰部がわりの接続部を回すしかない。


俺は慎重に接続部を回して……。


ドンッ!!

と腹に響く衝撃は真上から来た。


見上げればロボの腕の間からモンスターの鎌が差し込まれている。

鋭い鎌の先が、俺のすぐ真上で腕の隙間からの西陽を反射してギラリと光った。


俺の頭まではあと5センチほど届かない。


「っ……」

柊木さんは怖すぎたのか、悲鳴を上げきれず息を呑んだようだ。


ロボの上に乗っていたモンスターが跳び離れる。

反動で体勢を崩すロボを右手のみで制御して、姿勢を戻す。

くそっなんとか敵の姿を……っっ。

俺は必死でカメラを動かす。


「捉えた!」


モニターの中央に映った細身のモンスター。

そのシルエットがぐらりと傾いで、静かに倒れた。


モニターを見つめたまま、俺と柊木さんが息を呑む。


今、誰に倒された? まるで確認できなかった。

あのモンスターよりも、さらに強いモンスターが現れるのだとしたら……。


「やあやあ、遅くなってすまなかったね」

すぐ近くから、明るい女性の声がした。

「今日は北区域の確率が高かったからねぇ。南側は手薄だったんだよ」

なんだ?

「コンカーさんですね!」

ああ……そうか、やっときてくれたのか……。

待ち望んでいたはずの救助を一瞬忘れるほどに、俺は集中していたらしい。

ほっとした途端、体のあちこちが軋んだ。

「いてて……」

「あっ、ごめんなさいっ、私ずっと薙乃さんに乗っかりっぱなしで……」

柊木さんはそう謝るが、捕捉液は徐々に固まり続けていて、重さこそ少し軽くなってきているが二人とも身動きが取れないのは変わらない。

ロボのモニターに、長い黒髪を一つに纏めたスラリと背の高い女性が映る。

女性はロボのカメラを見上げて言った。


「さて、それはどういう状況なのかな? 中には生存者が二人で間違いないね? 負傷はない? どんな手助けが必要かな?」


腰に手を当ててゆったり尋ねる女性の姿。緊張感を感じないその様子に、周囲にモンスターがいるとは考えにくいが、俺は尋ねる。

「モンスターはもう全て退治されたんですか?」


彼女は足元へ視線を落とすとキョロキョロと見回した。

「全部……ではないね。まだ下の階にもいくらか残ってる。けどまあ、それもあと十分もあれば片付くかな」

まるで下の階の様子を目視しているような仕草。この人にはモンスターの位置がわかるんだろうか。

「ああ、あれもまだ生きてるね。怖いかな? 潰しておこうか」

彼女は呟きのようなものを残して画面から消える。

そっとロボの腕を避ければ、日差しはいくぶんか夕焼け色に近付いていた。


パシャっと聞こえた小さな水音の方を見ると、さっきの女性が細長い剣を振って、鞘に納めるところだった。

あそこは、モンスター達が争っていた場所か。確かに、まだ息のありそうなのもいたな……。

俺は、ロボの両腕を下ろすと、両腕を支えにコックピットをなるべく地面に近づける。

女性は俺達のそばまで戻ると「ほわぁ」と息を漏らしてロボを見上げた。

「すごいなぁ。これって、ロボットだよな? これでモンスターと戦ってたのかい? いやぁ、戦えるもんなんだねぇ。ここはロボットを作る学校なのかい?」

話しながら俺達の方を振り返った女性が、ギョッとした顔になる。

「あーっ! くっついてるのか!! なんか二人ともやたらくっついてるなとは思ったんだが、そうだったか!!」

女性は「勘違いしてすまない」と俺達に謝って、ワイヤレスヘッドホンのような通信機で慌てて仲間を呼んでいる。


いや待て、勘違いってどんな……。


「ひぇぇ……」と俺の膝の上で柊木さんが小さく悲鳴をあげた。

動けないなりに、彼女は顔を俺から精一杯背けている。

そうだよな、こんな緊急時に男とベタベタしてたなんて思われるのは不本意だよな。

いたたまれないその気持ちは、俺も同じだ。


俺は空を見上げる。

日差しはやはり、少しだけオレンジ色がかっていた。

モンスターが現れたのは、下校時刻の少し前だった。

せめてもう少し後なら、校内に残ってた人数も違っただろうにな。


脳裏に一階のエレベーターホール前の惨状が蘇る。


「コンカーさん」と呼びかけた俺に、女性は「斎賀(さいが)と呼んでくれたまえ」と名乗った。

「斎賀さん、今回の被害状況は……、死傷者はどのくらいだったんですか?」

斎賀さんは視線をスッと足元に落とした。

「8人……、亡くなったと聞いている。まだ増える可能性はある」


「8人、ですか……」

あの一瞬で見た、床に倒れていた生徒の数。

それを思えば、8人以外が生きているというのは、むしろ奇跡のようにも思えた。


「来るのが遅くなって、すまない……」

斎賀さんは、俺達にもう一度謝る。

俺が答えるよりも早く、柊木さんが慌てて返事をした。

「いっ、いいえっ。きてくださって、ありがとうございますっ」

斎賀さんは、少し影を残した笑みを返した。

「あのっ、斎賀さんって、斎賀弥生さんですよね? 私、あの、ご存知ないとは思うんですが、同じ森江支局の……」

「柊木さんだよね? 今回僕は君の救出のために呼ばれたんだ」

斎賀さんは、俺のロボをまじまじと見つめながら、周りを一周する。


「私の……?」

柊木さんは不思議そうに呟いた。


「ああ、詳しくは聞かされてないけど、協会は君が大事なようだよ」

「……私が……?」

「このロボは君が作ったのかい?」

「ぁ……えっと……その……」

柊木さんが返答に詰まる。

このロボはある意味俺が作ったとも言えるし、咄嗟に自分だと答えていいのか迷っただけだろう。

しかし斎賀さんはそうは思わなかったのか、一瞬表情を険しくすると、ロボにポンと手を触れた。

途端、電源が切れたかのように、ロボはコントロールを失った。

次いで、柊木さんまでもが意識を失う。


これはマズイ。


こんなことなら、もう少し後ろに重心を持ってきていればよかった。

斎賀さんと会話しやすいようにとコックピットを前に出しすぎていた。


ギ、ギ、ギギギギギィ……。

金属の軋む音を立てながら、ロボはゆっくりと傾いてゆく。


「前に倒れます! 避けてください!」

「なんだって!?」

なんだってじゃない、お前がやったんだろう。

このままじゃ最初に潰れるのは柊木さんだ。

俺は、彼女の頭だけでも守れないかと精一杯彼女に覆い被さる。


くそっ、どうすることもできないのか!!

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