♿君と一緒にロボットを作って🔧
弓屋 晶都
第1話 車椅子
小学校、掃除の時間、三階の四年生の教室、窓際まで一列に並べられた机。
俺は並んだ机の上に立たされていて、一歩先は、窓の外だった。
「あと一歩! あと一歩!」
手を叩きながらはやし立てる奴らはニヤニヤと薄ら笑いを浮かべている。
俺が飛び降りるわけないと思っているんだろうが、もしこれで俺が飛び降りたら、まずいことになんのはお前らだぞ?
小学生ってのは、なんでこう考えなしなんだろうな。
バカなことをする俺達を、クラスのやつらは遠巻きに眺めている。
廊下にも、足を止めてこちらを見ている子達が増えてきた。
こんなに沢山の人が、俺の置かれた状況に気づいてるのに。
誰一人、動こうとするやつはいない。
皆、俺とは関わり合いになりたくないらしい。
一昨年の夏休み、俺の父さんと母さんはダンジョンの中で消息を絶った。
俺を預かってくれてたおばあちゃんも、その年の冬には死んだ。
こんな幼稚ないじめが始まったのは、俺が児童養護施設に入ってしばらくしてからだった。
先生達に気遣われる俺が気に食わないのか、それとも親のいない奴ならいじめても誰にも何も言われないと思ってるのか。
胸に広がる喪失感に、俺は苛立つ。
せめて、誰か一人でも。
こいつらを止めようとしてくれなくていい。
担任を呼びに行くとか、隣のクラスの先生を呼ぶとか、してくれたっていいのにな。
俺は誰にも、何もしてないのに。
……いや、何もしてないからか?
何も悪いことはしてなかったけど、たいして良いこともしてなかったから。
だから俺は、助けるに値しない人間だってことなのか。
俺と同じクラスの人間だからって、友達ってわけでもない……って?
俺は、ゆっくり振り返って、クラスメイト達の顔をもう一度眺める。
その中には、こども園の頃によく遊んだ子や、1~2年生の頃よく話してたやつもいる。
けど、誰も彼もが俺と目が合いそうになると逃げるように顔を背けた。
……そうか。よくわかったよ……。
繰り返される「あと一歩!」の声が、じわりと現実感を失って遠くなる。
掃除の時間が終われば、先生が教室に戻ってくる。
あと少しの辛抱だと思っていたが、その『辛抱』をする理由が、俺にはもう見つからなかった。
「もういいか」
俺は、自嘲と共に、一歩を踏み出した。
俺の後ろで一斉に悲鳴や叫びが上がる。
ほんとバカだな。今更慌てたって遅いんだよ。
せいぜい先生と……親にしっかり叱られればいい。
俺には、そんな事すら羨ましいのにな。
じわりと、涙が滲む。
走馬灯なんてものは見られるだろうか。
あっちには両親がいるんだろうか。
そう思った時には、俺は地面にぶち当たっていた。
――そんな五年前の出来事を思い出したのは、廊下の端で囲まれる彼女の姿が、あの時の俺と重なったからだ。
俺は頭を振って、苦い記憶を追い払う。
今は、過去を振り返ってる場合じゃない。
目の前の現実に向き合う時だ。
廊下の隅で囲まれているのは、明るめの髪を左右の肩下で三つ編みにしている、おとなしそうな雰囲気の眼鏡の女子生徒だった。
俺は、手に触れていたハンドリムを確かめるように握る。
車椅子のタイヤを操作するハンドリムは、あれから五年ですっかり俺の手に馴染んでいた。
生徒達は、廊下の端にじわじわと追い詰められてゆく彼女を遠巻きに見ている。
逃げ出す奴は時々いるが、彼女を助けようとする者は一人もいない。
俺の時と違うのは、ここが小学校ではなく中学校で、二年生の教室が並ぶ三階の廊下であること。
彼女を遠くから見ている人の中には先生の姿もあること。
そして、彼女を取り囲んでいるのはクラスメイトではなく、大人より一回り以上大きな全身を硬い甲羅で包んだ生き物だということだ。
あれはモンスターだと、誰もが一目で分かった。
一般人の敵う相手じゃない。
教室の中はモンスターが彼女を追い回す際に潰された机や椅子で酷い有様だし、扉なんて紙屑のようにへしゃげている。
人だって簡単にひねり潰されてしまうだろう事は、誰にでも分かった。
だから、皆……先生でさえも、その光景をただ見ていた。
目は離せないが、関わりたくはない。
関われば、自分まで死ぬかも知れないから。
待っていれば、コンカーと呼ばれるダンジョン攻略者達が助けに来てくれるはずだから。
モンスターが彼女を取り込み始めれば、自分達が安全に逃げる時間が稼げるかも知れないから。
もしモンスターが無差別に人を襲うなら、こうはならなかったんだろう。
けれど、モンスターは基本的に巡力の高い人間だけを襲う。
巡力というのは、人なら誰もが持っている体中を巡り流れる力の事だが、その量にはかなりの個人差がある。
モンスターは巡力の高い人間を探し、その人間を取り込むことによって力を増してゆくのだと、さっきの授業でも触れたばかりだ。
突如現れた四体のモンスターは、俺達のクラスを素通りして、迷う事なく一番奥のクラスに入った。
きっとここにいる人の中で、あの子が一番巡力が高かったんだろう。
見覚えのある顔ではないが、彼女の首元のリボンは俺と同じ二年生であることを示す赤色をしている。
追い詰められた彼女の背が、とうとう廊下の端の壁に触れる。
恐怖と涙を滲ませる彼女の視線が縋るように俺達をなぞって、それから、諦めの色に染まった。
その瞬間、俺は力一杯車椅子を漕いでいた。
俺の背にいくつもの声がかかる。
「無駄だ」とか「やめろ」とか「死にたいのか」とか。
分かってる。
俺に勝ち目がない事も、すぐに殺されるだろう事も分かってる。
それでも、動いてみせたかった。
君を助けたいと思ってる人は、いる、と。
一斉に振り返って、こちらを見るモンスター達。
数は四体。
俺に向かってくる一体目、一発でも掠ればアウトだろうそれの動きをよく見て、振り下ろされた腕のような攻撃をかわす。
皆の中でひとりきりにされるのは、たまらないよな。
誰かひとりでも助けてくれないかって、動いてくれたらって、思うよな。
あの日、俺にひとりでも味方がいてくれたら、俺はきっと飛び降りなかったし、車椅子に乗る事もなかった。
あれから俺はずっと後悔してる。
バカな事をしたって。一番バカだったのは俺だったって。
だから、動かずにはいられなかった。
彼女が諦めた顔をしたから。
俺みたいに諦めないでくれ!
君は俺とは状況が違う!
まだ諦めるには早すぎるだろ!?
二体のモンスターも、よく見て引き付けて、かわす。
……なんだ? 思ったより避けられるな。
このモンスター達、身体は大きくパワーもあるし装甲も硬そうだが……もしかして、移動スピードは遅いんじゃないか?
それで彼女をやたらじわじわと包囲してたのか。
逃げられると、追いきれないから……?
そうと分かれば、俺は四体のモンスター達をなるべく彼女から引き離す。
俺の車椅子はスポーツ用じゃないが、色々と趣味で改造を繰り返した結果スピードもそこそこ出る。
周りからはワーキャー悲鳴が上がってるが、俺に周りを見ているほどの余裕はない。悪いが皆うまいこと逃げてくれよ。
十分引き付けたモンスター達の攻撃をかいくぐり、俺は廊下の端でまだ立ちすくんでいた彼女に叫んだ。
「走れ!」
彼女はびくりと肩を揺らす。が、その足は動かない。
俺の声に、先に動いたのはモンスター達だった。
ようやく彼女から引き離したモンスター達が、また彼女に向き直ってしまう。
俺はモンスター達を追い抜くようにして、全力で彼女の元に走った。
「走るんだ! あいつら足は遅いから!」
五年乗り続けた車椅子は、もう片手でだって操作できる。
片手で改造ブレーキレバーを引いてピボットターンしながら、もう片方の手で強引に彼女の手を引っ張れば、彼女も一瞬遅れて走り出す。
「な、薙乃(なぎの)さん!?」
俺の名前を知ってるのか?
まあ、この学校で車椅子に乗ってるのは俺だけだし、目立つんだろう。
「このまま真っ直ぐ、廊下の角まで行ったら、あいつらを引き付けてからまた走るぞ」
「はっ、はいっ」
前を向いて走りはじめた彼女の手を離し、俺も両腕を使って肩からしっかり漕ぐ。
築年数が浅くバリアフリーが自慢のうちの校舎は、廊下も幅広く建物全体がロの字型になっている。
肩越しに振り返れば、モンスター達とはそれなりの距離が開いていた。
このままぐるぐる逃げ続ければ、コンカーが来るまで十分時間が稼げるんじゃないか?
廊下の角まで走って、俺達は振り返る。
あいつらは長い廊下をようやく半分進んだあたりだ。
隣の彼女は肩で息をしているが、その瞳から諦めの色は消えている、まだ走れるだろう。
「よし、これならいける」
「そ、そうですねっ」
なんで俺に敬語なんだ?
同じ学年だろ?
突然、先頭をもたもた走っていたモンスターが足を止めた。
なんだ?
モンスターは体を起こすと、腕のようなものをこちらに向けて開く。
後ろから来ていたモンスター達も、同じように起き上がると両腕を広げるかのような姿勢になって……。
「避けろ!」
俺は叫ぶと同時に彼女の腕を掴んで、姿勢を低く、強く漕ぐ。
俺達が角を曲がると同時に、ベシャベシャっと派手な音がする。
振り返ると俺たちがさっきまで立っていた場所は、どろっとした青緑色に透ける液体におおわれていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます