第37話 仕掛けられた罠②

「あなたは?」

 

「あたし、花井凛といいます……お姉さんこそ大丈夫ですか?」

 

 いたのは、小さな女の子だった。十二前後だろうか。全身がボロボロで、見たところ武器らしいものも持っていない。

 

「リン……あなた、ここで大学生くらいの男性に会わなかった?びっくりするぐらいのカッコイイ人たち」

 

「それは……ここのダンジョンでみたことないです」

 

 ジュリエッタは、思わず座り込んだ。

 エリスは近寄ったが、あまりに悲痛な空気になにも言えなかった。

 

『殿下たちは時々セーフティゾーンを離れてるけど、戦ってるモンスターが違う。この下か、もしくが月影山なのかも……』

 

「……」

 

『ジュリエッタ?』

 

 どうして……という言葉が、ジュリエッタから漏れる。

 

 顔を覆っているのは、涙をこらえているのだ。

 凛は、そんなジュリエッタにどう声をかけていいのか戸惑っていた。

 

「リンさんは、なぜここで一人で?」

 

「あの……グループの人に途中でおいて行かれたんです。ケガをしたらそのままおとりで……。それで、どうしても出口に辿り着けなくて、前に進みしかなくて、進んでたらここに」

 

 エリスは顔をしかめた。こんな少女を置いて去るとはどういう人物なのだろう。

 

「ケガして、ポーションをくださいって言ったんです。そうしたらまだ戦えるからって。でも、ポーションもくれなくて、人間を殺しても5ポイント入るから殺しておくかって言われて……あたし思わず下の階に」

 

 エリスはポーションを知らなかったが、文脈で何かの回復アイテムだと分かった。

 ストアを苦労して探すと、ポーションは薬品の関連においてあった。一つ4ポイント。それを購入すると、遠慮する凛に飲ませる。

 

 ジュリエッタの回復魔法にはだいぶ劣るが、大きな怪我は目に見えて治っていた。

 それにしても、人間を殺すと5ポイントとは本当なのだろうか。

 

「どうしよう……! もうすぐ十一時です!あたし、ポイントがないんです」

 

 D端末を見た凛は、悲鳴ににた叫びを漏らす。

 

「ここに潜ったときの討伐ポイントは?」

 

「カガリさんは階層ごとにポイントを回収するんです……! だから上の階で倒したポイントも取り上げられてて」

 

 カガリ。やはりあの男なのか。

 ジュリエッタがふいにその名前で正気に戻った。

 

「私たち騙されてたんだわ……! あの男」

 

「そうとも、いやこんなに強いとはな。おかげでリュックがパンパンだぜ。貴重なドロップ品もおしげもなく置いてってくれて助かったわ」

 

 突然背後から声がして、カガリとその連れのナオヤという人物がセーフティゾーンに入り込んできた。

 

「カガリ……!」

 

「おいおい呼び捨てかよ。あんたらのおかげで取りこぼした5ポイントも回収できるし、こっちは感謝してるんだがな」

 

「よくもぬけぬけと顔を出したわね。男二人組がいたのも嘘なんでしょう!?」

 

 カガリとナオヤは笑い出した。

 その声はジュリエッタとエリスの怒りを買うのに十分だった。

 

「小さな女の子をおとりにしたり、ポイントとして換算したり、やることがとことんクズですね」

 

「死なない程度にくるしめてあげるわ」

 

 ジュリエッタは少し時間を気にした。万が一手間取ることもある。

 

「リン、D端末を出して。とりあえず30ポイントを送るから」

 

「でも、お姉さんのポイントが……」

 

「まだまだ余裕よ、こちらのポイントは気にしないで」

 

 カガリは大盾を持ったまま、にやにやとそれを眺めている。

 ナオヤもへつらうように笑った。

 

「おねえちゃん、そいつはいつまでやるつもりだ」

 

「は? あなたに何か言われる筋合いはないわ」

 

「クロダのガキにもポイントを振りまいたそうじゃねぇか。そんな死にかけのガキにまで30ポイントだと? 俺たちにもぜひ分けてくれよ」

 

 凛はじりじりと後退する。不穏な空気は緊張感が漂っていた。      

 エリスはそんな凛をかばうように、戦斧を構える。

 

「振りまいた……?  そんなつもりはないわ。最初のはお礼だし、今この子は弱って十二時前なのにポイントがない。分ける理由なんてそれだけよ」

 

「偽善ってやつさ、そりゃあ。この世界は生き残れるだけのやつの住処で弱いやつは淘汰される。しかも外で殺しても意味はないのに、ダンジョンの中では一人5ポイントになってくれるときた。使って当然だろ? そう思わないか?」

 

「思わないわ……!」

 

 きり、とジュリエッタは口を噛む。

 カガリのいうことは一言も理解できなかった。人をモノとみなし、ポイントとして消化する。しかもダンジョンの内外でも人を殺しているということになる。到底、受け入れられなかった。

 

「じゃあ、あんたは今後もこういう役立たずを見つけたら、そのたんびに自分のポイントをやって、助けんのか? それに偽善以外の何の意味がある?」

 

「――幾度でも、数十回でも、助けるわ! そうしなかればいけないのよ、私はそうやって生きてきたの。あらゆる意味での弱者は存在しない! ある時は心を支えてくれ、ある時は助け合う。そういう人間としての交流が一方的ではないから、人は生きられるのよ。利用するためでもない、自分勝手に扱うためでもない。あらゆる人間には大事な尊厳があって、あなたにそれを推し量るような身勝手な価値はない! ましてや私の助けたいという気持ちを、勝手に否定する理由にもならないわ。私はいくらでもこの先も助けて見せる!」

 

 カガリは哄笑した。

 面白そうに身をよじり、手をたたく。

 

 ジュリエッタはマジックバッグから、素材でとれた骨かなにかを取り出した。

 ジュリエッタには、殺人の趣味はない。もとは聖女だ。どれだけカガリの人間性が腐っていても、殺したくはなかった。

 

 なにがしか、回復手段があるなら死なないぎりぎり。頑張れば体を動かせる程度に弱らせたい。

 それには、素手では勢い余って殺しかねない。怒りのあまりカガリによって罪人になるのは、自分が許せない。

 

 カガリが大盾を構える。ナオヤが安っぽい剣を振りかざした。

 そんな動きはジュリエッタにとっては、スローモーションでしかない。

 

 制限して投げた骨は、カガリの大盾を大きくへこませて、割った。

 

「なぁッ……!?」


「ちゃちいのよ、装備も意見もステータスも」

 

 第二、第三の骨を投げると、それは大盾を取り落としたカガリの腹をえぐり、ナオヤの左手を吹っ飛ばした。

 白い空間に男二人の絶叫がこだました。

 

「ギャアアアア!!」

 

 のたうち回る二人の額を割る。ジュリエッタとしては不快でしかなく、ただただギリギリを見定めるためだけだった。

 

『ジュリエッタ、それ以上は殺してしまうよ』

 

 耳元のセリオンに言われて、ジュリエッタは汚物を見るような目で攻撃するのを止めた。

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