第2話 待機中の無駄話

 気が付いたら、神殿っぽい建物の広場の上に浮いていた。

 巨大な魔方陣っぽい光る紋様の周りに何十人もの人が呪文を唱えている。


「もうちょっと待ってね。折角召喚者の方が術で言語能力を付加しているところなのでコレが終わってから現れた方がお得なのよ」

 横に、守護霊のバリーナがいた。


「あれ? さよならじゃなかったのね」

「最後のチェックっていうところ。トーコちゃんの基礎条件のアップはアブダがきちんとご希望とおりやったし、愛猫君もここに。

 最後の最後で何か問題が起きないことを確認するために一応来ておいたの」

 バリーナが指したところを見ると、そこに愛猫のダールがいた。

「ダールちゃん!良かった、これからもずっと一緒ね!」

 愛猫を抱き上げて頬擦りする。

『これからも一緒にゃ!』

 愛猫の声が心に聞こえた。


 おお~~!!

 素晴らしい。

「猫の声帯って言葉を話すのには向いていないんで、そちらを直すよりもトーコちゃんとダールの間に心話の絆を繋いでおいたから。

 あと、基本的にこの世界で開発された全ての魔術を使えるようにしてあるわ。どの術を使えばいいかは、ネットで検索するような感じで頭の中で条件を足して絞り込んで検索出来るように設定してあるわ。

 慣れてきたら自分で術を改善していくのも可能だから、チャレンジしてみてね。ちなみに魔力の方は、この世界の誰よりも大きくしておいたから。例え魔王を退治に行く羽目になっても大丈夫! ただ、魔王もやるべき役割を果たしているだけなんで、むやみやたらと殺さないであげてね」

 バリーナが簡単に説明してくれた。


 頭の中で『魔術を使いたい』と思い浮かべてみる。

 ネット検索の様な感じのイメージが頭に浮かぶ。見出しと、検索ボックス。

 とりあえず、検索ボックスに『鏡』と入れたつもりになって検索。

 いくつかの術の見出しが頭に浮かんでくる。

 術の名前だけだから一番上のにクリックする感じで集中すると、簡単な内容が頭の中に流れてきた。

『鏡を使って他の場所に居る術師と通話する術』

『鏡を使って他の場所を覗き見る術』

『鏡を媒介して他の場所へ移動する術』

 いや、単に自分の姿を見たいだけなんだけど。


 しょうがないのでもう一度検索場面に戻り、『物を取り出す』で検索してみた。

 どっかから、自分の姿を見るための鏡を拝借して来るんでいいや。

『物を創り出す術』

『物をどこかから召喚する術』

『一時的に物を取り出して利用する術』

 う〜ん、一時的に取り出すのでいいかな? どこから取り出したのかを把握しなくても時間経過で勝手に戻る術なようだし。

 一体誰がどう言う目的で作ったのか、不明な術だね。

 取り敢えず、術を選んで実行。

 体の奥の方から熱が流れ出して術に注がれるような感じがした。

 変な感じ。慣れるのかなぁ、これも。

 術に熱(魔力なんだろうね、きっと)が流れ込み、何かが押し出された感じがした瞬間、目の前に鏡が現れた。

 「うわっとぉ!」

 そのまま落ちていきそうになったのを、慌ててバリーナが掴んで止めた。

 「てへへ?

 ありがと」

 位置固定の術を探し出し、鏡に掛けて、覗き込んだ。


 身長......は分からないけど、スタイルは前より細くなった。

 肥満だった訳ではないけど、子供の頃からどれだけ頑張っても『ぽっちゃり系』から卒業できなかったスタイルが、とうとう『ほっそり系』になった!

 嬉しい。

 これでちゃんと思い通りに身長も平均よりちょっと上ぐらいになっていたら、私を殺したアブダをあっさり許せちゃいそうだ。

 これだけ嬉しく思うんだったら生前にお金を出して美容整形の手術で脂肪吸引(だっけ?)でもしておけば良かったかなぁ。どうせ貯金していても死んで無駄になったんだし。

 でも、あれって一緒に神経を吸い出されたとか言うような都市伝説とかもあるから、怖くてやってみる勇気が湧かなかったんだよねぇ。


 顔の造りはあまり変わっていなかった。

 ちょっと鼻が高くなり、微妙に彫りが深くなり、片目だけ一重だった左目も二重になり(これは単に痩せたからだけかも)、そばかすとか小さなシミが消えた程度。

『自分の顔』と思える範囲内だ。でも、少し美人かも...?というレベル。

 ......そう思うと、『平均よりちょっと美人』と『普通』の違いって実はごく僅かなものだったのね。まあ、だからこそ女は化粧で化けるんだろう。

「『美人』の基準っていうのは色々あるから、とりあえず今までの顔を少しバージョンアップしただけにしたわ。あんまり何もかも変わると精神衛生上よくないし。一応この世界の人種としては多少エキゾチックだけどありえなくはないタイプの顔よ」

 バリーナが鏡を見つめる私に説明した。

「ありがと。ダールもいる事だし、念願のほっそり長身体型になれたし、頑張れそう」


 バリーナが笑った。

「守護霊を蹴り飛ばす精神力のあるあなたなら、絶対に頑張れるわよ。

 この世界では私の出来ることは本当に限られちゃうんだけど、時々見に来るわね」

「ちなみに、この魔術で一時的に取り出した鏡ってどこから来たのかな?」

 創り出すというのとは別の術だったからどこかから取ってきたんだと思うけど。

「取ってくる元を指定しておけば、自分の部屋にある物を取り寄せることが出来る便利な術らしいわよ、それ。指定しないと条件に合った物を適当に最寄りの場所から取って来ていると思うわ」

 おっと。

 じゃあ、どこかの家で突然鏡が消えて驚いているんかもしれない。

 それともそう言う術による一時的拝借ってよく起きるんかしらね?

 自分の家が決まったら、物を取り出す時はもう少し条件付けをしてみよう。

 と言うか、家が決まったらまずは自分の家の中の物を勝手に取り出されない様にする方法を調べておかなきゃだね。

 「もしかして、この世界って所有権のコンセプトがかなり緩いの?」

 私はかなり自分の所有物に拘る方だから、勝手に他人がそれを使える様な社会は嫌なんだけど。


「いや、単にその術を作った魔術師がちょっと倫理観が緩いタイプだっただけね。ちゃんと自分が所有権がある物しか取れない術が広まって、無作為に取ってくるバージョンは禁じられて廃れたから。

 そう言うのも検索できちゃうから、人前で術を使う際は禁忌では無いって条件も付けて検索したほうが良いかもね」

 バリーナが苦笑しながら助言した。

 なるほど。ヤバいから禁じられて廃れた術も、全部アクセス出来ちゃうのか。確かに要注意だね。


 眼下ではまだ集団が呪文を唱えていた。

「待っている間についでに聞いておきたいんだけど......結局本当のところ、世界の構造ってどんな感じになっているの?」

 バリーナがちょっと首を傾けて考え込んだ。

「本当は秘密なんだけど......まあ、ここまで例外づくめならもう一つ例外を設けたってどうってことないわよね。特別教えちゃいましょう!

 世の中はいくつもの並行世界が存在するの。同じように銀河があって何兆個もの惑星がある世界もあるし、昔の人間が信じていたように、世界が平らで太陽がその周りを動いている世界だってあるわ。数は少ないけどね。

 世界によって自然法則も違うし、神や魔物、精霊といった存在のあり方も違う。

 魂が存在する世界では基本的にその魂はその世界の中で循環するわ。

 たまに違う世界に間違って生まれてしまう魂もあるし、今回のあなたのように違う世界へ召還されるケースもあるけどね。

 それぞれの世界には『神』と呼ばれる上位存在がいて、その下に『天使』とか『守護霊』と呼ばれる中位霊的存在が居ることが多いわ。

 この神と守護霊たちは基本的に物理的生命を導いたり指導したりする。

 とはいっても知性を持たない生き物の場合はそれほど導くことが無いから、基本的に大部分の時間をかけるのは人間みたいな知的生命体だけどね。

 生命を駒として弄んだり、態と壊そうとするような存在は悪魔とか魔神とか呼ばれるわ。

 あと、霊ではなく自然のエネルギーが自我をもった存在は精霊。これは基本的に人間とは関わらないことが多いわね」


「天使と守護霊って同じ存在なんだ?」

 何か、天使って金髪碧眼というイメージがある。

 アブダとかバリーナみたいに基本的に東洋人ルックでも天使だとすると微妙に意外・・・。

「まあ、ね。どの宗教でも人間を守ったり導いたりしてくれる霊的な存在っているでしょ?天使だったり守護霊だったり。言語や宗教によって違うけど、基本的に物理的に生きている知的生命体を見守る存在よ」


「なんか、見守られているにしては世界ってかなり問題ありまくりじゃない?古来から人が人を殺しまくっているし」

 バリーナが苦笑いした。

「『見守る』という言葉に語弊があるかもね。

 我々は担当している地域の生命体が死に絶えないように導いているだけ。別に文明が進むか否かとか、大衆が幸せか否かは極端には重要じゃあないの。そりゃあ、担当している生命に対して贔屓を感じるから出来る限りのことをしようと思うけど、かなりスケールの大きな危機を引き起こすとでもいうんじゃないかぎり、我々が生きている自我のある存在に対して干渉出来ることって限られているのよ」

 なるほど。

 しっかし.....文明が進化することが善か悪かって判断って難しいかもと思っていたけど、神様が投げちゃうぐらい難しい問題なんだ。

 大衆が幸せかどうかも気にしていないというのはちょっとショックだ。


「人間が死んだら守護霊になるの?それとも守護霊は神様が作る訳?」

 何か、死んでも働かされると言われたセリフを考えると死んだら守護霊になるようだが、何とはなしに今受けた説明と違う感じがする。

「最初は神が創った霊的存在だけだったんだけど、時の流れとともに最初に作られた存在が消滅したり、変質したり、人間になることを希望したりして数が減ってきたから最近は死んだ人間の魂のカルマの向上も兼ねて、死後の職業として定着してきているわね。人間の数が増えすぎて神にとっても作っていたらきりが無いし。神は増えた人間分の魂を作るので忙しいみたい」

 ははは。

 新興国とかの死亡率が下がって人口が爆発的に増えてきたことで、神様も過労状態なのか。

 少子化で、日本地域の神様は暇かもしれないが。

「そういえば、神様って結局何柱いる訳? 神道で言っているみたいに八百万いるのか、キリスト教みたいに1柱しかいないのか、かなり違いがあるけど。」


 バリーナが小さく笑った。

「一柱ではないけど、八百万は精霊とか上位の守護霊もかなり数に入っているわね。

 ギリシャ神話辺りに近い数かな。担当は地域で決まっているの」

「地域!? つまり、キリスト教の神様が欧州近辺の担当だとしたら、アフリカとかアジアに住んでいるキリスト教徒は実は自分の神様に担当して貰えていないっていうこと?

 と言うか、そもそも人間の宗教と実際の神様って少しは似ているの?」

 バリーナが首を横に振る。

「コンセプトとして、人にやられて嫌なことは自分がするな的な考え方はどの神様もあるわよ。

『やられたらやり返す』的に公平感を重視するタイプとか、『後悔しているなら許すべき』という寛容タイプとか、『全ては死後のカルマの判断で決まるから』と基本的にノータッチのタイプとか傾向には多少違いはあるけどね。一応どの地域でも人間が信仰する宗教と極端にずれが生じないようにそれなりにタイプが違う神様が複数いるようになっているわ。

 だけど基本的に宗教戦争の元になっているような『教え』の殆どは宗教関係の権力者がでっちあげた思い込みよ」

 やっぱり?

「じゃあ、何で宗教戦争とかで人が殺されるのを止めてくれなかったの?

 それとも人間が神の名前でお互いを殺しあっても神様には関係ないことなの?」


「ぶっちゃけて言っちゃうと......長い歴史の中での何百万人の人間が戦争で死んでもあまり大きな問題じゃあないのよね。

 生物兵器とか核弾頭で人類が滅亡するのは問題だから、最近はそれなりに影から干渉しているんだけど、人類が滅亡するレベルでなければ戦争を引き起こしても死んで転生する際の査定で考慮されるだけ」

 まあ、個人の幸せなんてある意味他の人の幸せと相互排他的関係にあるから、あまり幸せとか戦争とかって気にしてもしょうがないんだろうねぇ......。

 バリーナが一息ついた。

「基本的にどの存在もその発生した世界のみで存在するべきであり、そこでのみ力を行使できる。

 だけど違う世界の存在と協力することで世界の理の抜け道を見つけられることがあるから、時々他の世界と協力したりするの。

 今回みたいなケースがそうね。

 アブダが死んだあなたにリクエスト通りの変化を与え、その後にこちらの世界へ召還させることで命を紡ぎ直す。

 死んでいたからかなり無茶苦茶な条件付けも可能だったし、世界が違うから『死』という条件を上書きできた。

 だけど違う世界だから私はあなたの守護霊として力を振るうことは出来ないし、あなたはこちらの世界では守護霊のいない存在になる。

 まあ、だからこそ人間の標準を超えた条件付けされた存在を管理者も許しているんだけどね」


「管理者って? 神様のこと?」

 バリーナが悪戯っぽく笑った。

「当番制なの。

 世界によって神々のみが当番になる世界と、神様はさぼっちゃって上位の守護霊が当番になるところがあるんだけど、ここは現在私と仲のいい守護霊が当番なの」

 ......なんか、守護霊や神様にも遊びとか友人(友霊?)関係があるのって違和感ありまくりだ。


 眼下を覗き込んでバリーナが頷いた。

「もうそろそろね。じゃあ、頑張ってね」


「第2の人生、適当に楽しませてもらうわ。もう話すことは出来ないだろうけど、今までありがとね」

 下の陣から光が溢れ出し、引き込まれる......。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2025年12月25日 12:00
2025年12月25日 18:00
2025年12月26日 12:00

異世界で自助努力に徹してます。 極楽とんぼ @yhishika

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画