第8話「他人の人生、1日1,000円」




## プロローグ:憑依サービス


2025年、革命的なサービスが誕生した。


「ボディレント」


他人の体に、憑依できる。


正確には——


提供者の意識を一時停止し、利用者の意識を転送する。


24時間限定。


価格——


人気の体:1日10,000円

普通の体:1日3,000円

不人気の体:1日1,000円


仕組みは、シンプル。


専用デバイスを頭に装着。


提供者と利用者、両方が装着。


ボタンを押すと——意識が入れ替わる。


24時間後——自動的に、元に戻る。


提供者のメリット——


意識がない24時間。完全な休息。


そして——報酬。


利用者のメリット——


他人の体で、生きられる。


美男美女の体。

スポーツ選手の体。

セレブの体。


何にでも、なれる。


サービス開始から——半年。


登録者数——500万人。


社会現象になった。


---


## 第一章:醜い自分


タケシは、鏡を見る。


三十二歳。独身。会社員。


身長165cm。体重78kg。


薄毛。丸顔。小さい目。


「ブサイクだ」


タケシは——自分が嫌いだった。


子供の頃から——いじめられた。


「デブ」「ブサイク」「キモい」


学生時代——恋人できたことない。


社会人になっても——モテない。


合コン——誘われない。


街コン——相手にされない。


マッチングアプリ——マッチしない。


「俺の人生、終わってる」


タケシは——ベッドに倒れ込む。


スマホを見る。


広告が表示される。


【ボディレント】

24時間、他人の体で生きてみませんか?


1日1,000円〜


タケシは——クリックする。


---


## 第二章:初めての憑依


アプリをダウンロード。


画面に——体のリストが表示される。


【人気ランキング】

1位:佐藤ケンタ(28歳・男性・モデル)1日10,000円

2位:山田アイ(24歳・女性・インフルエンサー)1日10,000円

3位:田中リョウ(30歳・男性・会社経営者)1日8,000円


タケシは——スクロールする。


高い。どれも、高い。


一番下まで見る。


【不人気】

鈴木ユウキ(26歳・男性・フリーター)1日1,000円


写真を見る——


普通。特別イケメンじゃないけど、ブサイクでもない。


身長178cm。体重65kg。


タケシより——遥かにマシ。


「これ、借りよう」


決済——1,000円。


予約完了。


翌日、デバイスが届く。


小さな箱。中には——ヘッドセットのような機器。


説明書——


1. 予約時間の5分前にデバイス装着

2. 横になる

3. 予約時間になると自動的に憑依開始

4. 24時間後、自動的に元に戻る


注意事項——

・提供者の体を傷つけないこと

・犯罪行為禁止

・性行為は提供者の同意が必要


タケシは——デバイスを装着する。


横になる。


時刻——20:00


予約時間——20:00


画面が——暗転する。


---


## 第三章:他人の体


目を開ける。


見慣れない天井。


タケシは——起き上がる。


鏡を見る。


そこには——別人がいた。


鈴木ユウキ。


178cm。痩せ型。普通の顔。


でも——タケシより、遥かにマシ。


「すげえ……」


タケシは——自分の顔を触る。


いや——ユウキの顔を。


滑らか。若い。


タケシは——服を着る。


ユウキのクローゼットから。


鏡を見る。


「似合う……」


タケシは——外に出る。


街を歩く。


誰も——タケシを見ない。


いや——誰も、避けない。


いつもなら——人々はタケシを見て、避ける。


でも——今日は、違う。


普通に、すれ違う。


タケシは——嬉しくなる。


「普通って、こんなに楽なんだ」


コンビニに入る。


店員が——普通に接客する。


いつもなら——少し、嫌な顔をされる。


でも——今日は、笑顔。


「ありがとうございました」


タケシは——泣きそうになる。


「普通に、扱われた……」


---


## 第四章:エスカレート


翌日。タケシは——元の体に戻っていた。


鏡を見る。


醜い自分。


「嫌だ……」


タケシは——すぐに、次の予約をする。


今度は——少し高い体。


3,000円の体。


もう少し、イケメン。


夜——憑依。


鏡を見る——


「おお……」


前より、イケメン。


タケシは——バーに行く。


カウンターに座る。


隣に——女性が座る。


「こんばんは」


女性が——タケシに話しかける。


タケシは——驚く。


女性から——話しかけられた?


「こ、こんばんは」


タケシが答える。


女性が笑う。


「一人ですか?」


「はい」


「私も。よかったら、お話しませんか?」


タケシは——心臓が高鳴る。


「はい!」


二人は——話す。


女性は——笑う。タケシのことを、見る。


「楽しいですね」


タケシは——幸せだった。


こんな経験——初めて。


---


一週間後。


タケシは——毎日、憑依している。


月曜:3,000円の体

火曜:3,000円の体

水曜:5,000円の体

木曜:3,000円の体

金曜:5,000円の体

土曜:8,000円の体

日曜:10,000円の体(初めて)


日曜の体——佐藤ケンタ。モデル。


鏡を見る——


「これが……俺?」


完璧な顔。筋肉質な体。


タケシは——クラブに行く。


入口で——すぐに、中に入れる。


いつもなら——入場拒否される。


クラブの中——


女性たちが——タケシを見る。


何人も。


「ねえ、一緒に踊らない?」


女性が——タケシに話しかける。


タケシは——頷く。


二人は——踊る。


女性が——タケシに寄りかかる。


「かっこいいね」


タケシは——笑う。


「ありがとう」


その夜——タケシは、女性とホテルに行った。


---


## 第五章:元の体


月曜の朝。


タケシは——元の体に戻っていた。


鏡を見る。


醜い。


「嫌だ……」


タケシは——会社に行く。


電車の中——


人々が——タケシを避ける。


いつも通り。


会社に着く——


同僚が——タケシを無視する。


いつも通り。


昼休み——


一人で食べる。


いつも通り。


タケシは——スマホを見る。


ボディレントのアプリ。


「また、借りたい……」


でも——お金がない。


今月——すでに5万円使った。


給料——月25万円。


家賃——7万円。


生活費——8万円。


残り——10万円。


全部——ボディレントに使った。


「やばい……」


---


## 第六章:借金


タケシは——消費者金融に行く。


10万円、借りる。


その金で——また、憑依する。


毎日。毎日。


イケメンの体。


美女の体。


セレブの体。


タケシは——自分の体に、戻りたくない。


仕事——サボる。


自分の体で会社に行くのが——嫌だから。


憑依中に——仕事する。


でも——バレる。


「タケシさん、最近休みすぎです」


上司が言う。


「すみません……」


「次休んだら、クビですよ」


タケシは——頷く。


でも——次の日も、休む。


憑依しているから。


結果——クビ。


---


二ヶ月後。


タケシは——無職。


貯金——ゼロ。


借金——50万円。


でも——まだ、憑依している。


毎日。


お金は——さらに借りる。


消費者金融。クレジットカード。


限界まで。


タケシは——もう、元の体に戻りたくない。


「この体なら……生きていける」


---


## 第七章:戻れない日


ある日。


タケシは——いつも通り、憑依する。


今日の体——7,000円のイケメン。


24時間後——


タケシは——目を覚ます。


鏡を見る。


イケメンの顔。


「あれ……?」


まだ、憑依している?


時計を見る。


24時間、過ぎている。


「なんで……?」


タケシは——スマホを見る。


アプリを開く。


エラーメッセージ——


【警告】

元の体が見つかりません。


タケシは——震える。


「どういうこと……?」


サポートに電話する。


「もしもし、元の体に戻れないんですけど」


オペレーター——


『元の体の位置を確認します。少々お待ちください』


数分後——


『お客様の元の体ですが……現在、発見できません』


「は?」


『デバイスの信号が——途絶えています』


「それって……」


『元の体が——破壊されたか、紛失された可能性があります』


タケシは——電話を落とす。


---


## 第八章:元の体の行方


タケシは——自分のアパートに行く。


ドアを開ける——


部屋は——空っぽ。


家具も。荷物も。全部、ない。


「何が……」


大家に聞く。


「あの、私の部屋——」


大家が言う。


「ああ、あなた。家賃滞納してたから、荷物全部処分したよ」


「処分!?」


「当たり前でしょ。三ヶ月も滞納して」


タケシは——青ざめる。


「荷物の中に……変な機械、ありませんでした?」


「ああ、あったよ。全部、捨てた」


「どこに!?」


「粗大ゴミ。もう、回収されたよ」


タケシは——崩れ落ちる。


元の体——


デバイスと一緒に、捨てられた。


もう——戻れない。


---


## エピローグ:他人のまま


三ヶ月後。


タケシは——他人の体で、生きている。


憑依していた体の提供者——鈴木ユウキ。


タケシが憑依中、ユウキの意識は停止していた。


でも——タケシが戻れなくなったため、ユウキの意識は——永遠に戻らない。


タケシは——ユウキとして、生きる。


ユウキの仕事。


ユウキの友人。


ユキの人生。


最初は——罪悪感があった。


でも——今は、慣れた。


「これが、俺の人生」


タケシは——鏡を見る。


ユウキの顔。


もう——自分の顔だ。


元の顔——思い出せない。


どんな顔だったか——忘れた。


「まあ、いいか」


タケシは——笑う。


---


別の場所。


美女の体に憑依していた男——


彼も、元の体に戻れなくなった。


彼は——美女として、生きている。


最初は——戸惑った。


でも——今は、楽しんでいる。


「女って、楽だな」


---


別の場所。


セレブの体に憑依していた女性——


彼女も、元の体に戻れなくなった。


彼女は——セレブとして、生きている。


高級車。高級マンション。


「最高」


---


別の場所。


元の体を失った人々——


何百人も。


彼らは——他人の体で、生きている。


提供者の意識は——永遠に戻らない。


彼らは——消えた。


いや——


乗っ取られた。


---


ボディレント社——


問題が、多発している。


元の体に戻れない利用者——急増。


原因——


利用者が元の体を、放置する。


デバイスを、紛失する。


結果——戻れない。


政府が——規制を検討中。


でも——間に合わない。


もう——何千人も、戻れなくなっている。


---


タケシは——今日も、ユウキとして生きる。


街を歩く。


カフェに入る。


コーヒーを飲む。


「普通の人生、悪くないな」


タケシは——微笑む。


元の人生——もう、思い出さない。


醜い自分——もう、いない。


今——タケシは、ユウキ。


それで、いい。


---


別の場所。


本物のユウキの意識——


どこかに、ある。


デバイスの中?


クラウドの中?


誰も、知らない。


彼は——夢を見ている。


永遠に続く、夢を。


目覚めることは——もう、ない。


---


タケシの元の体——


ゴミ処理場で、焼却された。


デバイスも、一緒に。


誰も、気づかない。


誰も、探さない。


タケシは——もう、いない。


ユウキが——いる。


でも——


そのユウキは、偽物。


本物のユウキは——消えた。


それでも——


世界は、回る。


誰も、気にしない。


【終】

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