第2話 推理編➀

「じゃあ、まず。香菜以外に怪しい人間は見つからなかったのか」

 あり得ないとは思うが、一応外部犯説を潰しにかかる。

「ああ。香菜は外出中、うっかり玄関の鍵をかけ忘れたみたいだが、捜査をした限り外部から何者かが侵入した形跡はなかった。この問題においては、香菜の単独犯という前提で推理してもらって構わない」

「そ、そうか」

 まさか出題者側がいきなりフーダニットを否定してくるとは。ホワイダニットとも思えないし、犯行に至った経緯だけを考えればよさそうだ。


「外出中、香菜に不審な様子はなかったのか」

「そうだな。一緒にいた友人いはく、かなり体調が悪そうだったらしい。だから自宅に帰るようすすめたが、16時まで結局帰らなかったらしい」

 アリバイ確保のためとみて間違いないだろうな。体調が悪そうだったのは、犯行を遂げているうえでのプレッシャーからだろうか。

「香菜は外出中、一度も家に帰ってないんだな」

「ああ。徒歩5分の家にいたとはいえ、家に戻れるくらいの時間1人になったことはないそうだ」

「そうだよな。で、香菜は16時に友人の家に出たんだよな」

「そうだ」

「ということは16時5分には家に着いたわけで、20分に通報したというのは明らかに遅すぎるな」

「そのとおり。放心してしまい、それから救命措置をしていて110番通報を忘れてしまったと香菜は話しているが警察は誰ひとり信用していなかった」

 ということは、警察が自宅に駆けつけるまで、およそ25分彼女にはフリーな時間があったということだ。


「香菜は不可能犯罪を企てつつ、あわよくば外部犯に見せかけたかったんだな。開けっぱの玄関の鍵もそうだが、室内にあった畳の跡がそれを示している」

「ほう。その根拠は?」

「被害者の達志は重度の麻痺を患っている。ということは、移動用の車椅子が自宅にあるわけで、浴槽への移動は車椅子を使えば済むはずだ。それでもあえて畳を引きずったのは、車椅子に目がいかない外部犯の仕業に見せかけたかったからに違いない」

「チョレイ!そのとおりだ」

 土橋は卓球部内(というか土橋だけ)で流行している声をあげ、拍手して賞賛してみせる。


「次にだが、16時過ぎ自宅に戻った香菜は一度も自宅を出ていないのか?」

「そうだ。それは近くで井戸端会議していた主婦が証言している。さらに言えば叫び声も聞こえず、パトカーのサイレンではじめて何かが遭ったのだと気がついたそうだ」

「ますます怪しいな」

 普通、自宅で遺体を見つけたら叫び声をあげるなり助けを呼ぶなりするだろうに。おそらく、その時間誰も自宅に入れたくなかったのだ。


「次に被害者の達志について聞かせてくれ。脊椎損傷ということで、何か薬は服用していたのか」

「しびれの症状治療でメチコバール等内服していたが、今回の推理には関係ないな」

 しれっと土橋が答える。どうして関係ないところまでディテールに凝っているんだよ、とは思ったが触れないでおく。

「既往は何かあったのか」

「脊損のほかは60歳の時に一度交通事故で骨盤骨折を患ったくらいだ。出血性ショックにも一時陥ったようで、入院したのは香菜がいた病院だ」

「なるほど。四肢麻痺ということだったが、自分で全く動かせなかったんだよな」

「そうだ。温痛覚さえ消失しており、さらには意識障害もみられていた。食事は介助にて食べていたが、まともに意志疎通さえ図れていなかったと考えてくれ」

「わかった。右上肢が切断されていたわけだが、他に外傷はなかったのか」

 思考を巡らせながら質問をする。

「チョレイ!左上肢の肘関節に注射をした跡がいくつも残っていた。まぁ、訪問看護師が採血をしているのも事実なのだが。ちなみに、右上肢が切断されたのは被害者が亡くなってからだそうだ」

「はっ?それを早く言えよ」

「ははっ。ネタは小出しにしないと面白くないだろ?」

 にやにやしながら土橋がチー鱈を頬張る。

 つまり、右上肢を切断したことによる失血死というわけではないということだ。つまり、出血した別の原因があるということじゃないか。


「なぁ。死亡推定時刻は14時頃なんだよな」

「ああ。先ほどはざっと言ったが、13時半〜14時半という体で考えてくれ」

「わかった。じゃあ聞くが、看護師なら思いつきそうな、血液を徐々に体外に出す手段があるんじゃないか」

「チョレイ!そのとおりだ」

 嬉しそうに土橋が反応する。

「手段はいくつかあるが、留置針やトンボ針を用いる手段が1番手軽だ。詳細は割愛するが、それらを静脈に留置し続けることで、血液を少しづつ体外に排出することができる。留置針内が血液で凝固しないよう、ヘパフラッシュ製剤(血液凝固防止剤)を注射すればより確実だ。これは俺が計算した参考値だが、これでおよそ1時間もあれば失血死させることができる」

「そんなものがあるのか」

「ああ。医療現場では、接続するルートを間違ったばかりに、点滴を終えて固定したルートから血液が逆流し、気がつくとベッドが血塗れ、なんて事例が度々あると聞く。もちろん、正しい技術のもとで留置すれば逆血なんてあり得ないから安心していい」

 推理の傍ら、恐い話を聞かされたものだ。明日も点滴するからと、針を血管に入れたままにしたところ、そこから血液がじゅわじゅわ出てくるということだろ。

「つまり、それを香菜が用いたとみていいわけだ」

「ああ。だが、それだと外出する12時に留置針を入れたとしても死亡推定時刻が13時頃になる。まだ考えなければならない余地があるわけだ」

 俺は再び考えを巡らせる。意外とこの事件、めんどくさいなと思う。

「ちなみに香菜が医療器具を入手した経路は?」

「それは事件の2ヶ月前、香菜が前の職場に寄った時に窃盗したものと考えられている。香菜が盗んだと思われるのが複数の留置針、ルート(点滴用チューブ)、ヘパフラッシュそれにシリンジ(注射筒)、それと生理食塩液(点滴)1000mlだ」

「ほう、なるほど」

 一部わからないことがある。先ほどの話を参考にすれば、血液を体外に出すだけなら留置針、ヘパフラッシュだけあれば十分なはずだ。ルート、シリンジ、それに生理食塩水(点滴)なんて何に使ったんだ。というか、それだけの物を盗まれて気づかないのか、この病院は。


「ちなみに、これらの医療器具は自宅から見つかったのか?」

「ああ。自宅にあるプラスチック粉砕機で細かくされたものが排水溝から発見された。わずかながら血液も検出され、被害者達志、そして娘の香菜のものだと断定された」

「香菜の血液?」

 達志の血液は当たり前として、どうして香菜の血液まで付着しているんだ。

「そういえば、血液は浴室にしかなかったのか」

「そうだ。ほとんどが浴槽の水と混ざり、タイルにもそこそこ血液が確認されている。この血液もまた、達志と香菜のものが確認された」

「なるほど」

 犯行現場は浴槽で間違いない。12時に被害者を浴室に連れこみ、留置針をさして血液をゆっくり排出させる。血液は浴槽にでも流したのだろう。だが、まだいくつか謎が残る。

・このままでは死亡推定時刻が13時頃になる

・右腕はどこに消えたのか


「すまん、もうちょっと考えされてくれ」

「いいだろう。夜は長いんだ」

 土橋は次の缶チューハイに手を伸ばした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る