切られ浸され燃やされた死体と消失した右腕
ゆいゆい
第1話 問題編
「医学系ミステリー考えたから解いてみないか?」
俺、下山は東陵大学医学部3年生。医学部卓球部に所属している。名前のとおり、医学部の学生しかいない卓球部である。
同じ部の同級生
俺が考えた医学系ミステリーを解いてほしい。土橋は俺にミステリーの探偵役をお願いしてきたのだ。人が死んだら大抵それは医学系になるのではないか、とも思ったがそこにはあえて触れず、俺は土橋の話に食いついた。大学に入ってミステリーから遠ざかっており、その懐かしさにモチベーションが上がったのだと思う。
飲み会を終え、我が東陵大学から徒歩2分のところにある土橋家にお邪魔した。同級生なのに何気家に入るのは初めてであった。土橋家は男の1人暮らしとは思えぬほどに片づいており、今話題のミニマムハウスを体現したかのようなそれだった。
「よしゃ、じゃあ乾杯」
買ってきた缶チューハイを開け、男2人で飲み始める。土橋はチー鱈やピーナッツの袋を開け、食べやすいように皿に盛りつけてた。
「さっそく本題に入らさせてくれ」
とくに前触れもなく、土橋はミステリーの話をし始めた。部内屈指のイケメンである土橋は、缶チューハイを飲む姿さえ様になっている。
「まずは俺がミステリーとなる事件のあらましを最低限語る。下山は俺の話を聞いて、気になったことがあったら何でも質問してほしい。俺は答えられる限りそれに答えよう。そして、この事件の真相を明らかにするってのが名探偵下山の役目だ」
「なんか、ウミガメのスープみたいだな」
「違いない」
「わかった。じゃあ話してくれ」
「合点」
土橋はクールに答えると、ひと呼吸置いてその経緯を静かに語り始めた。
「まず、このミステリーとは殺人事件だ。被害者は福井
「いや、大丈夫。続けて」
土橋が淀み無く、それでいて丁寧に語ってくれているので泥酔下でも内容が頭にすーっと入ってくる。おそらく、俺に語るべき内容を脳内でリハーサルしていたに違いない。
「了解。じゃあ被害者である達志について語ろう。達志は65歳の時に交通事故に遭い、脊椎損傷を患っていた。頸椎へのダメージが大きく、重度の四肢麻痺や排泄障害といった症状が残り、日常生活すべてに介助が必要な状態だった。キーパーソンは娘の香菜で、サービスを活用しながら2人で暮らしてたってわけだ」
「なるほどな」
つまりはまともに動くことのできない達志を殺害することは極めて容易だったってわけだ。
「次に娘の香菜についてだ。香菜は介護のために前職の看護師を辞めており無職。毎日父親の介護に明け暮れていたってわけだ。ただ、この日は12時から16時まで徒歩5分の距離にある友人宅にお邪魔していたらしい。もちろん、父親に昼食の食事介助をした後でな」
「つまり、16時20分遺体を発見するまで、父親を1人放っておいたわけだな」
「まぁそういうことだ。頼れる家族も他にいなかったし、その辺は大目に見てやってくれ」
まるでリアルな話をしているかの如く、土橋は香菜のことをフォローする。
「そして最後に事件についてだ。遺体の死亡推定時刻は午後14時頃。つまり、遺体発見のおよそ2時間前だ。死因は出血死。香菜が自宅を出るまでは寝室にて寝ていたらしいが、先ほど言ったとおり遺体は浴室にあった。なお、自宅は一部和室になっていて、畳には何か引きずったような跡が残っていたらしい」
「なるほど。殺害場所はともかく、畳の傷は被害者を引きずった時にできた傷のようだな」
小学生でも閃きそうな考えをいかにも探偵っぽく口にする。
「さぁ、それはどうだか。で、ここからが事件の肝なんだが、まず被害者達志の右腕、肘から先にかけてが切断されていた。なお、その右腕は捜索したものの発見されていない」
「ほう。ミステリーっぽくなってきたな」
「だろ。さらに被害者は水の貯まった浴槽に上半身をつけて死んでいたという。もっとも、心肺蘇生のために香菜が浴槽から引きずり出したようで、警官が来た時には浴室のタイルにて
「香菜は看護師だったもんな。父親の救命措置をしようとしたわけか」
「そういうことだな。そして極めつけだが、被害者の切断された右上腕。つまりは肘から上だが、火で炙られた形跡が発見された。ちなみに、犯行に用いたとされるノコギリやガスバーナーは香菜のもので、いずれも浴室で発見されている。ここまでで以上だ。ここからは下山の質問に合わせて、俺が徐々に情報を開示するとしよう。どうかな」
「へえ。思ったより本格的じゃん。ちゃんとミステリーとして成立しているんだろうな」
「素人が作ったそれだから実際に可能なのかは怪しいが……俺なりに合理性を持たせたことは保証しよう」
「わかった。じゃあ、質問タイムといかせてもらいますか」
缶チューハイを空にして、俺は攻めに転じることとした。
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