第14話 突破への決意
「やはり……。難しいですよね……」
事務所に重苦しい空気が漂った。受話器を手にする水貴の額には汗が滲んでいる。心配そうに水貴を見る井上の表情にも、いつもの穏やかな笑顔はなかった。
倉柳はパソコンの前で腕を組み、視線を落とした。
「……はい。私の方からも本人に連絡します。この件は包括支援センターにも報告しますので。……ええ、気になさらないでください」
塩原宅への面談から、水貴は訪問介護を引き受ける事業所を探し回り、ようやく見つけたのだ。統合失調症による被害妄想が激しいという事情から、どこの事業所も二の足を踏んだ。せっかく引き受けた事業所からの報告が、今まさに水貴の元へと届いている。
良くない報告であるのは明らかだ。ヘルパーへの被害妄想が出ているに違いない。水貴の表情が全てを物語っている。聞くまでもない話だ。
「いったん提供を中止しましょう。今後のことは、改めて」
そう言って水貴は静かに受話器を置く。ふぅ……。深いため息が、漏れた。沈黙が事務所を包む。
「やっぱりダメでしたか」
スミレが尋ねた。
「聞いた通りだよ。2回目の提供までは何事もなかったみたいだけど……。やっぱり上手くはいかないよね」
「受けてもらえただけでも奇跡みたいなもんよ」
そう言った倉柳の口調に、批判のいろは一切なかった。ただ静かに、肩をすくめてみせた。
「訪問介護の事務所の方に塩原さんが電話を入れてるとのことです。『ヘルパーさんが物を盗んでいく』と。今まで通りですね」
苦笑いを浮かべながら、水貴は内容を明らかにする。
「ある意味、予想通りと言ったとこね。どうする?包括支援センターに指示を仰ぐ?」
「包括支援センターには連絡しますけど……。こちらから、提案をしようかと。娘の藤浪さんにも」
そう答えた水貴の瞳に決意の色が浮かんでいることに、倉柳は気づいた。
倉柳の脳裏に、これまでに水貴が解決したいくつもの対応困難事例が浮かぶ。この事例もここが引き時か、そう考えていた倉柳だったが、水貴を見て思い直した。
「あんた、何か思いついたわけ?」
「まだ、はっきりとは……」
言葉を濁した水貴だったが、その言葉と裏腹に水貴の表情には確信めいたものが浮かんでいることに倉柳は気づいた。
「面白そうね」
口角を上げ、ただそう言った。
「主任さん?」
「水貴さん……」
井上とスミレは、事情について行けず困惑を浮かべた。ただ、先程まで事務所に漂っていた重苦しい空気が変わり始めていることは、二人にも感じ取れた。
「電話をかけます。藤浪さんと城山センター長に時間を取ってもらわないと」
「どうぞ。後でちゃんと説明するのよ?」
「勿論です」
水貴は答えた。
――この流れを必ず変えてみせる。
水貴はそう、自分に言い聞かせた。
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