初めて貴方を「兄」と呼んだ日

第1話初めて貴方を「兄」と呼んだ日

初恋は実らない。よく言われる言葉だけど、自分だけは例外だ、そう、思っていたかった。


「ねえアレク! 今日はどんな話してくれるの?」


「うーん、そうだね。じゃあこの前ダンジョンに入った時の話でもしようか。そこのボスが手強くてね……」


アレクは冒険者だ。故郷に帰ってくるたびに私に話を聞かせてくれた。


 8つ上の彼の話は刺激的で、自分の知らない出来事に溢れてて。いつか私もそんなふうに世界を旅したい、アレクと一緒に冒険をしたい。私はいつの間にかそんなふうに思ってたんだ。


「アレクは凄いねぇ。そのボスの弱点見抜いて、どんってやっつけちゃったんだ!」


「まあ、経験だよね。俺ももうB級冒険者だし」


「確か最短記録なんでしょ? 流石アレク! 私もいつか冒険者になって、アレクと二人で冒険するんだ〜!」


 はしゃぐ私をみてアレクはふっと頬を緩ませ、私の頭を優しく撫でた。


「いいね。君が大人になるのが楽しみだ」


「ふふ、頑張って早く大人になるね!」


 その優しくて温かい手がくすぐったくて、心地よくて。鼓動がどきりと大きく跳ねる。


「そんなに無理して大人にならなくていいよ。大人って、そんないいものじゃないから」


「そう、なの?」


 どこか憂いを帯びたアレクの表情。私はそれを見てこてりと首を傾げる。


「まあ、色々あるからね。……そういえば街の子達は皆俺を『アレク兄さん』って呼ぶけど、アリシアは呼び捨てだよね。俺のこと、『兄さん』って呼んでくれてもいいんだよ?」


 誤魔化す様に話を変えるアレク。不自然なその反応に胸がざわつく。だけどなんだか踏み込んではいけないような気がして、私はあえて何も言わなかった。


「やだ。私、アレクの妹じゃないもん」


 私は妹なんかじゃない。いつかアレクの相棒として冒険して、最後は……アレクの、お嫁さんになるんだから。


 アレクはその言葉に困った様な笑みを浮かべる。


「うーん、そうかぁ……。まあ、そうなんだけどね?」


「やっぱり、私すぐ大人になりたい。アレクがびっくりするぐらい魅力的な大人の女になるんだから!」


 立ち上がりぐっと拳を握る私をみて、アレクは目を丸くする。一瞬呆気に取られた後、アレクはくすくすと笑い出した。


「ふふ、そっか。楽しみにしてるよ」


 確かあの時――そんな、会話をしたんだっけ。

 あれから、もう5年か。


「どうしたの、アリシア。浮かない顔だね」


 目の前でカップを傾けるアレク。26になった彼は最速でS級冒険者にまで昇格していた。冒険者になったばかりの私とは全く格が違う。


「いや……ちょっと、昔のことを考えてて」


「ふふ、そっか。まさか最短でC級冒険者になるとはねぇ。子供の頃から俺の相棒になるーって言ってたもんね」


 何処か子供扱いする様なその言い方に、ちくりと胸が痛む。私が18になっても、アレクの冒険者ランク昇格記録を抜いてもその態度は変わらない。ずっと、私が子供の頃のままだ。


 妹じゃない、なんてあの時は言ったけど……結局私は兄さんの中で、『妹みたいな子』のままなのかもしれない。


「……そうだね。結局、『兄さん』の相棒にはなれそうにないけど」


 私は俯き、自嘲気味にそう呟いた。


 その時だった。正面からガタリと大きな音が聞こえて、私は反射的に顔を上げる。


そこにいたのは、血の気の引いた顔で立ち上がったアレクの姿で。


「アリシア、今なんて……?」


「え……えっと、『兄さん』の相棒には、なれないかもって……」


 アレクは急いで私に駆け寄り肩を掴む。その勢いでぐらりと頭が揺れた。


「他の誰かに誘われたのか? まさか……恋人、なんていわないよな?」


「えっ、ちょ、アレク!?」


 見たことない様な取り乱し方に、思わず言葉を失う。


「俺がいない間に何があったんだ? 私は妹じゃないって言ってたのに……今は、それでもいいと思ってるのか……?」


 見たことがないほど暗いその瞳に、背筋にぞくりと何かが走る。


 その感覚が心地よくて。期待したくなってしまって。でもそれは、あくまで私の願望だってわかっているから。


「私が冒険者になった時も『もう少し大人になったら』って断ったじゃない」


「それは……君が冒険者として経験を積むまで待っていようと……」


 アレクは眉間にしわを寄せてそう呟いてから、はぁー、と大きく息を吐く。


「いや、言い訳はやめよう。俺は今日、君を迎えにきたんだから」


「迎えにきた……?」


「そう。君が冒険者として経験を積んで、それでも君の気持ちが変わってなければ……俺と組んでほしいって。そう言おうと思ってた」


 アレクは熱のこもった視線をこちらに向けてから――私の体を、ぐっと抱き寄せた。


「でも、無理だ。君がどんな答えを言っても……俺は、君を離してあげられそうにない」


「アレク……?」


「待たせてごめん。不安にさせて、ごめん。今から……俺の、相棒になってくれる?」


 何処までも切実なその声にどきりと鼓動が跳ねる。頰が、火照る。


「……当然でしょ。私はアレクの相棒になるためにここまであがってきたんだから」


 アレクのことを両腕でぎゅっと抱きしめ返す。

 息を呑む音が、耳元から聞こえてきた。


 初恋は実らない。でも諦めずいれば――ちゃんと、ハッピーエンドが用意されているんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

初めて貴方を「兄」と呼んだ日 @Root_mojikaki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ