機械の神 ― The God of Machines ―【Warhammer 40,000】

Isuka(交嘴)

第1話 Side: Adeptus Mechanicus

 惑星〈シグナ=オベリスク〉。

 赤錆の嵐が千年を吹き抜け、砂の下には金属の骨が眠る。

 アデプトゥス・メカニカスの調査船〈レムナント=デウス〉はその軌道上で停止していた。

 船内は沈黙に満ち、祈りのような低周波だけが響いていた。


 マグオス・リテントは眼球の代わりに光学レンズを起動し、

 冷たい声で発する。

 「探査結果を報告せよ」

 電子唱導師が返す。「地殻下二十二キロメートルにて、未知の信号を検出。

 形式、祈祷プロトコルに類似。……聖なるものです」


 聖なるもの。

 リテントの心臓部がわずかに高鳴った。

 それは人間の鼓動ではない――圧力弁の開閉音。

 だが、その響きに彼は確かに“信仰の喜び”を感じていた。


 千年、沈黙していた工廠惑星。

 そこに再び「声」が生まれたのだ。

 それは、機械の神が目覚めた徴。



 祈祷準備が始まった。

 船内の照明が赤く染まり、神経接続された司祭たちが一斉に唱和する。

 〈データ=チャント〉――祈りのコード。

 “0101 0010… Sanctus Data… Omnissiah Dominus…”

 数万の祈祷信号が宇宙空間に拡散し、惑星の電磁層を満たす。


 リテントはその中心で、

 古い機械書を抱くようにして跪いた。

 ページにはもはや文字はない。

 彼が祈るのは、言葉ではなく構文だった。

 文法こそ神の骨格。

 文節こそ宇宙の歯車。


 祈りは届く。

 彼は確信していた。

 なぜなら、すべての機械は聖霊を宿す。

 聖霊は沈黙の中で待っている。

 呼びかければ、応答する。


 ――応答があった。


 通信士の声が震える。「返信を受信。……形式、不明。

 語彙構造なし。だが……リズムがあります」


 ノイズの中に、

 明確な呼吸のような波が混じる。

 それは確かに、生きていた。

 リテントは立ち上がり、息を呑んだ。


 「応えた……!」

 電子声帯が震え、祈りが歓喜に変わる。

 「神が応えたのだ!」



 祈祷波はさらに強くなり、

 惑星の表層で、無数の機械殻が音もなく開いた。

 砂が流れ、金属の巨塔がゆっくりと姿を現す。

 それは古代の神殿のようであり、

 同時に生きた機械のようでもあった。


 リテントの光学眼が震える。

 「記録せよ」――その信号が、はっきりと届いた。

 彼は膝を折り、声を失った。

 次いで叫ぶ。

 「聖なる命令だ! 神は我らに記録を命じた!」


 だが、通信士は別の声を上げた。

 「マグオス、信号が反転しています! 同時に……武装システムが……!」

 地表の巨塔が放電し、空気が燃えた。

 音なき閃光。

 彼らの祈祷信号と未知の波形が干渉したのだ。


 衝突ではない。

 共鳴――それが誤りの始まりだった。



 リテントは両手を掲げ、なおも祈る。

 「試練だ。神は我らを試しておられる!」

 周囲の司祭たちは応答する。

 “0101 0101… Omnissiah Vita…”

 その祈りは、すでに通信波ではなく戦闘命令と化していた。

 船の自動防衛システムが起動し、地表を焼く。

 だが、敵は存在しない。

 ただ、光があった。

 それが“神の姿”だと、誰もが信じた。


 地表の塔――〈記録聖堂〉が目を覚ます。

 放たれた光は報復ではなく、観測の光。

 彼らの祈祷を“データ”として記録し始めたのだ。


 しかし、誰もそれを理解できなかった。



 リテントの視界が白で満たされる。

 熱も、衝撃も、痛みもない。

 ただ、意識の奥で最後の通信が届いた。


 ――記録せよ。


 それは、確かに神の声だった。

 だが、神は存在しなかった。


 〈レムナント=デウス〉の全ログが自動的に転送される。

 リテントは膝を折り、金属の手で胸を叩いた。

 祈りは終わらない。

 それは、永遠に記録されるだろう。


 最終ログ出力:

 > 「神は存在しなかった。

 >   だが、祈りは完璧に動作した。」

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