女子高校生極道 1年舞組 本堂舞

押戸谷 瑠溥

第1話 本堂舞、登場



 私立聖山学院大学付属高校の校庭を5月の夕陽が赤く染めていた。


 グラウンドでは練習を終えたテニスやサッカーや陸上部員たちが、上級生はクールダウンの整理体操をし、下級生は用具の後片づけやグランド整備のトンボがけをしている。


 練習が終わった後のそんなノンビリした空気の中を1人、いかにも場違いな雰囲気の学ランを着た生徒が肩に竹刀しないを担ぎ、口笛を吹きながらグラウンドのど真ん中を悠然と横切っている。


 二年A組の橋爪大和やまとである。


 たったいま終えてきた激しい戦闘を物語るように竹刀の先革さきがわからつばに張られたつるが切れて、中結なかゆいのところから垂れ下がっていた。


 竹刀のつかを握った学ランの袖口は深く折り返され、大輪の真っ赤なバラが濃紺の裏地に刺繍されている。


 遠目に見た恰好はそのまま番長格だが、その顔は番長顔と言われるゴリラのような恐ろしいものではなく、爽やか系イケメンである。


 わずかに栗色に染めたツーブロックショートのがりがそよ風にかすかになびき、端正な顔を際だたせていた。


 「大和、今日は誰を〆(しめ)たんだ?」

 同級生のサッカー部員が声をかける。


 「おお。3年のワルどもだ」

 大和は背後を振り返った。


 グラウンドの端っこにある運動部の部室の陰から、数人の生徒たちが蜘蛛の子を散らすように逃げて行く。


 気の弱そうな下級生を呼び出して、数人がかりで金を巻き上げようとしていたその現場を押さえ、竹刀で叩きのめしてきたところだった。


 大和は口笛を吹きながら顔は正面に向けたまま、目だけをキョロキョロと動かした。


 視線の先にテニス部キャプテン、寺田けいの姿を捉える。


 整理体操の号令をかけていた寺田恵も大和を横目で見ていて、2人の視線が合うと、大和はほんの少し校舎の端の方へ目だけやった。


 そしてそちらへ向かう。


 少し遅れてキャプテンの特権で寺田恵が整理体操の号令を副キャプテンに任せ、ボールの後片付けをする振りをしながら何食わぬ顔で輪から外れ、別方向へ向かう。


 校舎の裏で大和が待つと、寺田恵が校舎の反対側を回ってやって来た。


 すぐに大和は恵を抱きしめて、荒々しいキスをする。


 校舎のコンクリ壁に恵を押しつけ、ウェアの上から乳房をまさぐり、短いプリーツスカートの下に指を差し込む。


 「こんなとこじゃあ」

 恵は呻きながらスカートの上から大和の手を押さえた。


 「人をドツいた後は興奮するんだ。ほら触ってみろ」

 大和は恵の手を取って、自分のズボンの股間にもっていった。


 「まあ!こんなに」


 恵は驚いて、


 「いいわ。私がしてあげる」


 恵はそっと周囲に首を巡らせて、人目がないのを確かめてから大和の前に跪き、学ランのズボンのジッパーをおろした。


 そしてボクサーパンツの前開きから勃起したペニスを掴み出すと、おいしそうな獲物を前に猛禽類が舌なめずりをするように、1度舌で唇を舐め、それから口の中にすっぽりと飲み込んで、舌を絡める。


 「俺のチンポをくわえたお前の顔は、特に綺麗だな」


 オンナの嬉しがる台詞を大和が言うので、ますます恵のフェラチオに熱がこもる。


 顔を大和の股間に押しつけてペニスを喉の奥まで飲み込み、それから少しずつ浅くしながら舌先で裏筋を舐め、最後に尿道口をチロチロと刺激する。


 そんな淫らな光景の一部始終を、その校舎の2階の教室の窓からスマホカメラでズーム撮影している女子生徒がいた。


 1年生の本堂まいである。


 周囲を見回したら上も見なきゃ、と呟きながら舞は腕時計をチラと見て、それからそばに置いた小さな鉢植えを手にして眼下を覗き、狙いをつけてそれを落とした。


 大和のペニスを一生懸命しゃぶっている恵のすぐそばで、ガシャっという鉢植えの壊れる鈍い音がして、恵が上を見てそこに舞の顔を見て、慌てて逃げ出した。


 大和がそのまま上を眺めていたので、舞は指で上がって来いと招き寄せる。

 

 すぐに大和が2階へ上がってきて、


 「何だ、舞。用か?」


 と、この頃では学校の教室でしかお目にかかれない〈引き戸〉の横に立って、不機嫌な声で聞く。


 「舞なんて、気安く呼ばないでよ」


 舞はこの春入学してすぐに1度、大和のアタックを受けたことがあった。


 男性化粧品のモデルにスカウトされたとか、芸能プロのスカウトマンが追いかけているという噂がまことしやかに流れるほど、貴公子然とした大和の姿に舞は驚いたが、彼女は目もくれなかった。


 この春2年生に上がったばかりの男子生徒である。


 聖山学院付属高校のみならず、他校の女生徒からも憧れの的らしく、〈イケメン大和〉の愛称で持て囃されるその彼が、〈突撃大和〉として校外のワルどもからも一目置かれているのを知ったのは、その後だった。


 「お前もオレのチンポをくわえたいのか?ほら、こんなになっているぜ」


 大和はズボンのジッパーが開いたままの社会の窓から、勃起したペニスを覗かせていた。


 「まさか。アンタに頼みがあるのよ」


 舞は初めて見る現物のペニスの〈おどろおどろしさ〉に目をしばたたかせたが、内心の動揺を隠して強気に出た。


 ズボンの中に収まっているけれど、いつもあんな風になっているのかしら?と心臓はドキドキしていた。


 「だから1発ヤッって、ってか?」


 「冗談は顔だけにして、早くジッパーを上げなさいよ」


 「ったままじゃあ上げられないんだよ。1発抜いてくれたら縮むからよ」


 「そんなこと、言っていいの?このビデオがSNSに上がるわよ。アンタは何ともないでしょうけれどねぇ。相手の子、3年のテニス部キャプテン寺田恵さんでしょ?」


 舞は手の中のスマホを見せて、


 「アンタの携帯にも送ったわ」


 「何だと!」


 大和は慌てて携帯をポケットから掴み出して、画面をスクロールして、


 「いつのまにお前、俺の携帯を?」

 大和は舞に携帯番号を教えたことはなかった。


 が、そればかりか、いま撮られたのであろう恵とのオーラルセックス場面が画面に流れている。


 上から撮っているので実際に寺田恵がペニスをくわえているのかどうかまではわからないにしても、テニスウェアを着ているので、見る人が見ればすぐに分かる。


 「アンタの携帯をハッキングしたのよ」


 舞は2階の窓から見ている時に大和の携帯をタブレットパソコンでハッキングして、携帯にデータを移していた。


 それを大和の携帯へ送ったのである。


 「汚ねぇ」


 大和はやっとペニスをズボンの中に収めてジッパーを上げて、


 「お前、そんなことが出来るのか?」


 「まあね。私服、持っているでしょ?」


 「ああ」


 「じゃあちょっと新宿ジュクまで付き合ってよ」


 「新宿ジュク?オレに何をさせるんだ?」


 「理由わけは行きながら話す」


 「オレも忙しいんだよ」


 「忙しいって、その動画、どうするのよ?」

 舞はまた彼の手の中のスマホに向けて顎をしゃくった。


 「クソッ!」

 大和は舌打ちした。


 「じゃあ秋葉原ハバラの駅中央口」


 舞はリュックを手に言い残して、教室を出た。


 舞が秋葉原駅のトイレで白いブラウスと黒のパンツに着替えて中央口で待っていると、すぐに大和がやって来た。


 彼もジーンズとTシャツに着替えている。


 学校に近いのでたいていの生徒はここのコインロッカーを自分のロッカー代わりに使っていて、着替えなどの服を置いている。


 「おう、イケてるじゃん」

 大和は舞の姿を見て、ヒューと口笛を吹いた。


 高校1年に入学したてですでに身長170センチ、モデルスタイルのスレンダーなボディに肩までかかる栗色の長い髪の舞は、学校の制服姿でも目を引いたが、私服に着替えると駅のホームの雑踏の中にいても目立った。


 手にはハンティングワールドのポーチ。


 実際にモデルとして雑誌の表紙を飾ったこともあったし、東京コレクションなどのファッションショーのランウェイも歩いて〈見られる〉ということには慣れていたつもりだが、サラサラした絹のような白いブラウスの下の、ブラジャーがまんま透けて見える悩殺的な姿はそこだけ別世界のオーラが発生していて、通り過ぎる男たちの目がそこに釘付けになって動かないのが、気になって仕方がない。


 「アンタもなかなかのもんね」

 舞は大和を眺めた。


 安物のTシャツとジーンズだったが、こちらも今すれ違った女が足を止めて振り向くほど、周囲を圧倒していた。


 2人は改札口を抜けてホームへ立った。すぐに電車がやって来て乗り込む。

 

「で、新宿ジュクに何の用?」

 大和がたずねた。


 「幼友達おさなともだちのことなんだけどさ。下手打っちゃったのよ。子供が出来たらしいの。相手はチンピラよ。で、ナシを付けに行くの」


 「それってオレ、お前の用心棒?」


 「うん。私がナシを付けるから、アンタは外で待っていてよ」


 「それじゃあマズイだろ。女を行かせてオレが待っているわけにはゆかねぇじゃん」


 「いいのよ。私に考えがあるの。アンタはバカの1つ覚えで突撃が専門みたいだけれど、頭を使うところを見せてあげる」


 という間に新宿駅に着いて、2人は目的の場所へ向かった。


 新宿の駅前はネオンが煌めき始め、行き交う車と仕事を終えたサラリーマンの雑踏とで混雑している。


 信号が変わるたびにクラクションの音が響き、数珠繋ぎになった車がつっかえつっかえ動き出す。


 そんな5月の夕暮れ時の街を、爽やかな風がサラリと吹き抜けてゆく。


 この場の主導権を握っている舞が半歩先行し、わずかに大和がつられて行くという感じ。


 2人は東口広場を抜け、通りに面した旧〈新宿アルタ〉を横目に見ながら行き、或る路地へ入り込んだ。


 道の両側に建ち並んだビルの中から、舞は〈かい〉というバーの看板を探す。


 昼前、加瀬亮二の携帯にかけると、そのバーを指定してきたのである。


 親友のみどりと交際している男が加瀬なのだが、相手が少し悪かった。


 広域暴力団の下部組織で使い走りをしているチンピラのようで、みどりは彼と知り合ってすぐに深い関係になり、妊娠したけれど男が知らん顔をする、と舞に泣きついてきたのだ。


 バー〈魁〉は小さなビルの1階に、14、5ほどの椅子をカウンターの前に並べただけの、奥に細長い店を構えていた。


 大和を見張り役に外に残して舞がドアを開けて入ってみると、まだ開店したばかりのようで、カウンターの中に老バーテンダーがいて、1番奥のカウンターに若い、まだ女子大生のような女が2人と、連れだろう男が1人、それから手前に1人、アロハのようなシャツを着た若い男が腰掛けていた。


 老バーテンダーと手前の男が、その年恰好から〈場違いな客〉でも見るような視線でチラと舞を眺めたが、彼女は気後れする様子も見せずに、カウンターへ向かった。


 どうやら手前でビールを飲んでいる若い男が加瀬亮二らしい。


 「アンタが加瀬亮二?」


 舞は声をかけて近づいて男の肩に馴れ馴れしく手を置き、その手を滑らせてシャツの胸ポケットに小さな物を放り込んだ。


 「何だ。俺が加瀬だが、何を入れやがった?」


 何か用か?


 と加瀬が若い舞にまずイチャモンをつけてマウントを取るように睨みながら、胸ポケットに指を突っ込んだ。


 カウンターの老バーテンダーも奥の3人の客も、突然始まった芝居でも見るような目で眺めている。


 「ポケットを触るんじゃないよ。アンタ、心臓が吹っ飛ぶよ」


 「何だと!オラッ!」

 加瀬が怒って椅子を立った。


 「何をスカしているのさ」

 と、舞は舌打ちして、


 「みどりが妊娠しちゃったのよね。それでどうしてくれるのかと来てみたけれど、アンタに言ってもダメみたいね」


 「どうするわけ?」

 加瀬はちょっといい男で、ニャっとした。


 「アンタじゃ役に立たない。親分に会わせてちょうだい。親分と話す」


 「お前、気でも狂ったか」

 加瀬は語気を荒げた。


 「本気よ。会わせてくれないのならアンタ、監獄行きだよ」


 「監獄?なんで」


 「5分後までに私から連絡がなければみどりが警察に直行する予定。未成年、しかも高校1年生への強姦。おまけに妊娠までさせたとあってはただじゃ済まない。週刊誌が飛びつくネタね。あんただけじゃなく親分の面子も丸潰れになる。アンタは指を落としただけじゃ、済まないよ」


 「テメエ!」

 加瀬は腰を浮かせた。


 「だからスカすんじゃない、っつうの。会わせるの?どうなの?」


 「オヤジさん」

 と、加瀬が困ったような顔でカウンターの中の老バーテンダーに泣きついた。


 「アンタがコイツの親分?」


 舞が聞いた。


 年季の入った顔をしたバーテンダーだが、静かにグラスクロスでグラスを磨いている。


 見た瞬間、肝が据わったバーテンダーだと舞は直感した。


 そんなに恐ろしい顔をしているというのではなく、少し頬に切り傷のようなひっつり痕のある、70才くらいの高齢者だと思われたが、こういう静かな男がキレると、恐ろしい。


 「いいや。コイツとは関係ない。コイツはただのカネにならない客だ」

 老バーテンダーが突き放した。


 「おやっさん」

 加瀬が困ったような顔をした。


 「関係ないって、ならどうしてコイツはここへ来いと指定したのよ」


 「そんなこと俺に言われたって、知らねぇよ」


 老バーテンダーはなおも否定する。


 「オラっ、チンピラ。どうなのよ。このジイさん、アンタと関係ない、つってるじゃない」


 「おやっさん」


 と、男はもう1度、懇願するように老バーテンダーの顔を見た。


 「何でお前、この女をここへ呼んだんだよ。俺はお前の親分か?」


 老バーテンダーが聞いた。


 「いえ。そうじゃあありませんが」


 男がしどろもどろになった。


 「なら、何でここへ呼んだ?女にモテることを俺に見せたかったのか?ええ?どうなんだ?」


 「そんな訳じゃないですが、こんなことで組に来られたんじゃあ、俺は袋叩きに遭います。それで・・・」


 「オラオラッ!そんなことはどうでもいい。泣いている女がいるのよ、どうしてくれるのよ」


 舞は加瀬の隣の椅子に腰掛けて、ポーチの中から小さなプラスティックケースを取り出し、そのケースの中から黒い正露丸のような小さなボールを1個、掴み出した。


 それをクリスタル製の灰皿の上に落とす。黒い小さなボールには、避雷針みたいな小さな針が突き出ている。


 [第2話へ続く]

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