鶯谷駅③
「あんたは何も変わってない、勝手に相手の気持ちを想像して理解した気になって、自分の欲のままに行動する」
「俺は謝罪のために」
「あくまで私のためって言うんだね、あの日私に浮気を伝えたのも私のためだったって言うくらいだもんね、心底気持ちが悪くて腹が立つ」
なんだよ騙されたってことかよ、俺は紗枝が喜ぶならと思ってしたことなのに、俺の気持ちを利用しただけってことか。
「私だけを見てって言ったら本当に頭の中から彼女さんのことは消えてたね、そんなに私としたくなっちゃったのかな」
表情一つ変えずに淡々と言葉を並べる紗枝に恐怖さえも感じた。
「俺はただ」
「ただなに?私が誘ったのが悪い?罪が償えるならそれでいい?彼女が知ったらどう思うとか、同じ罪を犯さないようにしようとは思わなかったの?」
「思ったに決まってるだろ」
「だからクソなんだよ、それを思った上でお前は私とすることを選んだ、だから余計にあんたはクソで最低な人間なの」
何でこんな知ったようなこと言われなきゃいけないんだ、俺が今までどれだけ申し訳ないと思ってたか、どれだけ今の彼女を大切に思ってるかなんて紗枝にわかるはずない。
全部ひっくるめて俺はそれでも紗枝がそれで納得するならと思って行為に及んだのに。
「じゃあ俺はどうしたら良かったんだよ」
「よくそれを聞けるね、本当に何もわかってない」
「何をしてもダメだったってことか」
俺の知る紗枝はこんなに性格の悪いやつじゃなかったのに。
「これだけはハッキリと言っておくね、殺されるべくしてあんたは殺されたの、武部くんからは謝罪って聞いてるんだろうけど、私たちの中のほとんどはあんたを許す気なんてない」
「そんなことない」
紗枝までも武部のことを知っているのはこの際どうでも良かった。
それよりも上野駅での廉たちとのことを思い出す。
俺は確かに謝罪をして許してもらった、明日の結婚式で感謝を伝えるって約束をしたんだ。
「他の人たちのことはよく知らないし一つ前の駅でのことも知らない、だけどあんたは今まで人を騙し続けてきたってことは肝に銘じたほうがいいよ」
「あいつらが俺に嘘つくわけねえだろ」
「みんなも最初はあんたのことそんな風に思ってたかもね、私もそうだった」
返す言葉が見当たらない。
確かに俺が今この世界にいるのは俺が招いたことが原因なのは間違いないのかもしれない。
それにあまりにも俺には罪の自覚が薄いことも何となく気付き始めてはいる。
「なあ、俺はもうこの先には進めないのか」
「進めるよ」
「許してもらえないのにか?」
「最初にも言ったでしょ私は賢二に生きてもらいたい、一生罪を抱えて恨まれながら生きてほしいって」
「お前もしかして、、、」
俺はやっと、ことの重大さに気付いた。
「もう遅いよ、あんたはまた一つ罪を重ねたの、私は本気であなたが生きてくれることをただ願うだけ」
「美咲に言うのか?」
「どうだろうね?私が彼女さんに言わなくても、また前回みたいにあんたの口から伝えるんじゃない」
「頼む、言わないでくれ」
「えーわかったじゃあ言わないであげるよー」
この世界で1番の理不尽は間違いなく俺の心が読まれることだ。そのくせにこっちから相手の考えてることは当然わからない。
俺を恨んで俺に死んでほしいと思っていた奴らの言うことなんて本当に信じていいのか。
廉の言葉に嘘は全く感じなかった。俺はあいつを信じたいと心から思ってる。
だけどこいつの言葉は違う、鶯谷に降りてからのこの短時間で俺はもう紗枝のことがわからなくなっている。
どうする、もし生きて現実に戻れたとしてここでの出来事を美咲に言うべきか、いや大丈夫だこんな世界のことなんて信じるはずがない。
きっと俺が刺されたことが心配で、仮に紗枝からここでのことを言われたとしても、信じるどころか紗枝への怒りが向くだけだ。
「別に彼女がどう思うかは私の中では問題じゃないよ、私はあんたが日々の中で罪悪感を抱えてくれればそれで良いの、まあそのまま結婚をしてそれ以上の幸せを掴もうとするなら邪魔しちゃうかもしれないけどね」
文字通り心を見透かされているこの状況では何を考えて何を言っても無駄だ。
「ごめんな」
「それでいいよ、そうやって一生をかけて誰かに謝り続けていってくれればね、私からあんたに言いたいことはもうないからさっさと目の前から消えて次に行って」
背中に激痛が走る。
「またこれかよ、、」
薄れ行く視界の先にいた紗枝は冷たい視線のまま口元だけが笑っているように見えた。
ーーーーーーーー
「お、戻ってきたな」
体を起こして武部と目を合わせる。
「どうなってんだよ、何でみんなお前のこと知ってんだ」
「友達の友達は友達みたいな?そんなことより紗枝ちゃんは許してくれたか?」
「ふざけんな、許してもらえるわけねえだろ」
「まじかーまあでも犯人が紗枝って決まったわけじゃないんだし切り替えて次行こうぜ」
「お前も本当はあいつら側なんじゃねえのかよ」
「だからそれは先に進まないとわかんねえって」
この訳のわからない世界の中で俺は一体何を信じればいいんだ。
ふと地獄行きの文字が視界に入る。
俺は本当にこのまま地獄に行くのか。
「次は日暮里、日暮里お出口は左側です」
少し休みたいのにその暇すらくれない。
次は誰が来るんだ、俺は何をしたんだ。
「この駅ではうまくいくようにアドバイスやるよ、次の相手は対してお前を恨んじゃいないから、謝る前に少し休ませてくれって言ったら休ませてくれるかもな」
そんな訳ねえだろと思いながら俺は返事も返さずに次の駅を降りた。
各駅停車地獄行き 櫻井賢志郎 @kenshirooo
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