各駅停車地獄行き

櫻井賢志郎

上野駅①

「まもなく2番線に池袋新宿方面行きの電車が参ります」


 俺は明日結婚する。

 2年半付き合った彼女と籍を入れて、彼女の夢だったウェディングドレスが明日いよいよ披露される。


 思えばここに来るまでに色々なことがあった、何度も喧嘩をしたし、別れそうになったことだってある。

 その度に2人で話し合って、出会った頃のことを思い出しながら今日まで2人で歩幅を合わせて歩いてきた。


 沢山の友達が明日は来てくれる。

 迷惑をたくさんかけたみんなに最高の晴れ舞台を見せることが楽しみで、俺にできる一番の恩返しだと思う。


 これから一生を共にする早希、いつもふざけて笑い合った廉や幸助、それにここまで育ててくれた母さん、大勢の人に恩返しができる最高の一日を明日迎えるんだ。


 明日の結婚式を前に、この数年1番相談に乗ってくれて結婚を喜んでくれた武部と式場がある渋谷で少しだけ飲む約束をしていた。


「二番線に到着の電車は池袋新宿方面電車です」


「うぅっ!?」


 電車に乗り込もうとした瞬間、感じたことのない衝撃が背中に走る。


「きゃー!」


 突然周りにいた女性が叫び声を上げた。

 それと同時に再び何度も衝撃が背中を襲う。


 急に視界が狭くなり地面が俺に近付いてくる。

 

「また後で」


 薄れゆく意識の中で誰かが耳元で囁く。

 誰かの声にも、複数の声にも聞こえるのは俺の意識が遠のいているからだろうか。


ーーーーーーーーーーーー


「ここは」


 目を覚ますと俺は電車の中にいる、背中に痛みはなくて、さっき起きた出来事が何だったのか理解出来ずにいる。


「よっ」


 声の方を見ると、渋谷で会うはずだった武部がいた。

 いつも通りボサボサのパーマに似合わないジャケットを着て笑顔で俺を見る。


「お前、なんで、、」


「結論から伝える。お前はもうすぐ死ぬ。覚えてるだろ?ホームで背中を刺された事」


「やっぱり俺は死んだのか、、じゃあここは天国か、、?」


「正確には死んでない、それにお前が向かおうとしてるのは天国でもない」


「どういうことだよ、意味わかんねえよ、、」


「今からお前は犯した罪への謝罪をしなくちゃいけない、誰への罪かはすぐに浮かぶよな?」


「浮かばないわけではないけど、別に罪ってほどのことはしてねえだろ」


「それがお前の一番の罪かもしれないな、、まあとにかく頑張れ、お前を殺したのは今からお前が謝るべき15人の人の中にいる。その人が誰かは言えないが、その人がお前をもし許したなら、この電車の行き先は変わるかもしれない」


 そう言って武部が指差した方を見る。


「そんなバカな」


 あまりにもわかりやすく地獄行きと書いてあるから何の冗談かと思い笑ってやった。


「そうだな、そのままのお前ならきちんとこの電車は地獄へ向かうさ、制限時間は当初の予定通り渋谷だ、じゃあまた後でな」


「待てよ、お前も俺のことを恨んでるのか?」


「それはどうだろうな、俺にもわからない。その時がくれば俺にもお前にもわかるかもな」

 

 そういうと武部の姿が一瞬で消えて、頭が混乱する。


 ふと隣の号車に目を向ける、何かが乗っている気配はあるけれど、影だけが見えてそれが人なのかも分からないほどの不気味さを感じる。


「次は上野、上野。お出口は左側です」


 電車が止まって扉が開く。

 どちらにしても俺が向かいたいのは渋谷だ、降りる必要はない。


 ーーーーーーーーーーー


 3分くらいは経っただろうか、ドアが閉まらない。


「降りなきゃ次には進めない」


 姿はないのに武部の声が頭へと流れ込む。

 若干の恐怖を感じながらホームへと足を一歩踏み出す。


 「!!」


 何かに押し出されるようにもう片方の足が勝手に前に出てあまりの勢いに倒れ込んだ。


 「待ってたよ」


 声のする方へ顔を向けるとそこには将太や幸助の姿があった。


 「え、なんでお前らが」


 「まあ説明は歩きながらするよ、行こうぜ」

 

 体の大きなかずが俺のことを起こしてくれる。 


 「待てよ、なんで行かなきゃいけないんだよ」


 「良いから来いって、どっちみち行かなきゃ次に進めないんだよ」


 少し強めに幸助に言われる。

 訳がわからない、今はそれだけが全てだったけれど、この不気味な状況を知る必要がある、そう思って俺は4人について行った。


 上野の街は現実と何も変わらない、それなのに人は1人もいなくて、この世界ではおそらく俺たち5人しか今は動いていない。


「武部くんから説明は聞いてるだろ?」


 将太の言葉に耳を疑う。


「どうしてお前が武部を知ってるんだよ」


「あーそっかその辺はまだ聞いてないんだな、それならそれでいいや、とにかくお前は罪を認めて謝らなきゃいけない」

 

「謝るってお前らにか?」


「俺らは別に謝られる必要ない、でも謝らなきゃいけない相手がいるだろ」


 ただ黙って幸助たちと一緒に歩くデブの廉と目が合う。

 かずも幸助も体がでかいけれど、この廉だけはデカいんじゃない規格外のデブだ。


「は?なにお前に謝んなきゃいけないの俺」


「謝りたくないなら良いよ」


「あ?調子乗んなデブ」


 何でこいつが俺に偉そうな口聞くんだよ、デブで何もできないやつのくせに。


「俺たちは別にお前を恨んじゃいないし死んだ方がいいとも思わないけど、廉も含めて他の人たちの話を聞いて殺されても仕方ないのかなって思うよ」


 いつもの冷静な口調でかずが淡々と俺に言う。


「まじで訳わかんねえよ、なんなんだよまじで」


「忘れたなら思い出させてあげる」


 いつもは俺に意見もしないで付いてくるだけの廉がこの世界ではやけに強気なことがいちいち癪に触る。


「さあ、ついた」


 先頭を歩いていた幸助が足を止める。

 目的地は映画館だった。


 4人が何も言わずに映画館へと入っていく、こうなったらついていく以外に道はないと覚悟を決めて後に続いた。


 誰もいない映画館で当たり前のようにチケットを買わずにスクリーンへと歩みを進める。


「まあ座れよ」


 将太に促されて、席につく。

 4人も同じように席についた。さっきまで強気だった廉は俺から1番遠い反対の端に座って、見たことないくらい力強い眼差しでスクリーンを見つめていた。


 俺が席についた途端、明かりが消えてスクリーンが淡く光出す。

 

 何が始まるか何となくの検討はついていたから、別に上映が開始されても驚かなかった。


「みんなー!今からデブが腹踊りしまーす!」


 


 


 


 

 


 

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