第2話 居酒屋にて
息を荒くしながらやっと駅までたどり着く。はぁはぁと肩で大きな息をしている私に対して、彼はほとんど息を乱していなかった。
「三十路に猛ダッシュは辛い……」そう泣き言を言う私を、彼は手を引いて改札に向かう。
「切符買わなくていいですか?」
「ああ、カードで乗れるよ」
そのまま、急いで電車に乗って席を見つけ座り込んでやっと息を整える。
「君、強いんだね、あれ合気道か何か?」
「
「年上なのにかばわれちゃったね、ありがとう」
「いいえ、あの時前に出ようとしてくださいましたよね?それに昼間も助けてくれたし、お兄さんも心が強い男だと思いますよ」
そう言ってニコリと微笑んでくれる。
とても心地よい気分に浸りながら電車が目的地につくのを待った。
駅から繁華街へ入り、均一料金で有名な焼き鳥チェーン店に入って、乾杯をする。
私は、ハイボールを選ぶと、彼も同じものを選んだ。
「「乾杯」」
ジョッキがコツンと当たって、グラスの鳴る音がする。
「昼間、あの女の人がトラブルを起こしたとき、助けてくれて本当にありがとうございました。僕、女性に近づかれると、本当にどうしていいかわからなくなって、苦手なんです、女の人。あ、いつまでもお兄さんじゃなんなので、聡介さんって呼んでいいですか?僕の事も、珠樹って呼んでもらっていいので」
「年下だからって呼び捨ては性に合わないんだよ、珠樹くんでいいかな?」
「はい、じゃあそれで」
最初の焼き鳥が届き、一息ついたところで、うちの実家の猫の写真をスマホで見せたり、珠樹くんの会社の新人研修の話を聞いたり、話は尽きず和気藹々と打ち上げは続く。
「聡介さんとこ、もう少し品数増やせばいいのに、絵上手だし」
「そうはいってもねぇ、絵を描くしか能がないもので、小さいサイズの絵とあの扇子が絵を描いて出せるものってやっと考えたんだよ。これ以上思いつかなくてね」
「そうだ、缶バッジなんてどうですか?僕、丸い用紙に描いたイラストを缶バッジにする機械持ってるんですよ、よかったらつかってみますか?」
「いや、そんな高価そうなもの借りれないよ」
「もしよかったらなんですけど、次に出店する時、共同ブースにしませんか? 二人ともスペースは今の半分でも充分だし、参加費も半分ですむし、トイレや食事も交代でとれるし。今日も二人で助け合いながらやれましたよね?」
「それは、まぁ、願ったり叶ったりだけど、そんなにいきなり信用していいのかい? 世の中には悪い大人がいっぱいいるからねぇ?」
「あはは、悪い人なら自分からそんな事いいませんよ。それに、あの時前に立ってかばってくれようとしたじゃないですか? 昼間も助けてくれたし、僕はもう聡介さんの事、信用してますよ」
そう言って微笑む彼の笑顔が眩しく感じて、ドキッとした。おかしい、男の子の笑顔でこんな気持ちになるなんて……心の中の動揺を隠すかのように、ぐいっとジョッキを飲み干すと私は、この気持ちが相手にわからないように、こう言った。
「共同サークルに、乾杯だ」
「乾杯ってもう全部飲み干しちゃったじゃないですか?」そう言ってコロコロと笑う。
「よし、お代わり頼むぞ」そう言うと私は、タッチパネルを見て、彼から視線をそらした。
「そうだ、今日の昼間書いてた、あのノート見せてくださいよ」突然彼がそう言って来た。
「え?気付いてたのかい?」
「ええ、僕を描いてくれてましたよね? 多分。遠目だったからはっきりしなかったですけれど」
「これだよ、勝手に描いちゃってごめん。君が真剣に作業している所を見て、つい描きたくなってしまったんだ」
私は照れくさそうにクロッキー帳を出すと、今日描いたページを広げた。
「うわぁ……上手、でも僕こんな可愛いですか?」
「いやいや、それは凜々しいって言うんだ、かっこよかったよ、夢中になって作業に没頭する顔」
「あ、ありがとうございます」そう言って彼が顔を赤らめると、なぜかこちらの頬も熱くなってくる。そこで「お待たせしやした〜」変な空気をかき消すように、店員がお代わりを運んできた。
「で、その缶バッジってのはどうしたらいいんだ?」
そして、話題は缶バッジの製造法の話になり……次回のイベントの選定をし、その前に一度集まって缶バッジの作製をしようという話になった。
「場所はどうしようか?」そう私は珠樹くんに尋ねる。
「うち、実家なんで知らない人連れてきたら、色々面倒になりそうで、ごめんなさい」
頭を下げる珠樹くん。本当にすまなそうで、シュンとしている、猫よりは犬っぽい、そんな取り留めもない事を考えながら、私は返事を返す。
「うちは、一人暮らしだから、よかったら遠慮なく来てよ。あ、でも再来週以降に来てね、今度の週末は大掃除するから」
散らかった部屋を思い出して、冷や汗が出そうになる。普段から、人が来る事を想定してないのだ。
「片付けてくれる恋人とかいないんですか?」となかなかグサっとくる一言をくれる。
「いやぁ、仕事も忙しいしなかなか、学生時代には彼女がいたけど、卒業して自然消滅しちゃったな。社会人になってからは、とんと縁が無いね。職場に女性がいないわけではないけど、仕事以上のお付き合いには全然ならないね」
「ふーん、そうなんですね」と、なんだか機嫌が良さそうになってきた。あまりいじめないでほしい。
「そういう珠樹くんこそ、モテるんじゃないの?そんなにかわ、……カッコいいし、彼女の一人や二人いそうだけどね」と慌てて言い換える。本人も気にしてるし成人した男性に可愛いもないよなと思う。
「僕はその、さっきも言いましたけど、女性は苦手で……そばによるとどうして良いのかわからなくなるんです。だから彼女はいません」と、何だろう、物凄く悲しそうに彼はそう言った。
なぜ彼が悲しそうなのか、その時の私は何もわからないまま、さらに問い返した。
「怖いって、何か経験上あったとか?」
「そうですね、女性の身体が、嫌いなんです。だから、女性が怖いんです。母とか姉妹とか、どうしようもない親族とかだと大丈夫なんですけど、他人、しらない人になればなるほど怖いです。」
これ以上深く詮索するのは、今の私が踏み込んでいいものではないのだろうと思い、それ以上の追求は避けた。
「図々しく聞いちゃってごめんね」
「いえ、いいんです。これから一緒に活動する人には、知っていてもらった方が僕も安心なので……」
「そういえば、どうして女性嫌いなのに、女性向けのアクセサリを出しているの?」
「別に女性向けって限っているわけじゃなくて、ほらこれ見てください」
彼が自分の手を見せる。そこには猫の爪をかたどったようなシルバーの指輪が輝いていた。
「これも君が?」
「はい、一応、こういう男性向けのものも作ってるんですけれど、狼とか虎と違って猫ですからねぇ、どうしても女性受けするものばかり売れちゃって。こちらもやっぱりつくったものを使ってもらうのは嬉しいですので、つい、そっち向けの商品展開が増えちゃったんです。」
そんな話をして、打ち上げはお開きの時間となった。
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