第23話 帝国大将軍の出陣

 補給拠点を炎が呑み込む中、蓮たちは息を整えていた。

 物資は壊滅させた。帝国軍の進軍は確実に滞るだろう。

 だが、安堵の息は最後まで吐ききれなかった。


 ――それは、夜空を覆う黒炎と共に現れた。


「ほう……小賢しい真似をする」


 炎を裂いて姿を現したのは、漆黒の外套をまとった巨漢の男だった。

 その背には獣の角のような装飾を持つ黒鎧。

 片手に握る巨大戦斧は、まるで大地そのものを砕くような重厚さを放っている。


「……っ、あれは……!」

 リーナが目を見開く。


「間違いない。帝国の四大将軍のひとり、“黒炎のバルザーク”だ」

 カイエンが顔をしかめる。


 伝承で語られる帝国の猛将。戦場に出れば千の兵を駆逐するという怪物。

 その姿が今、黎明国の精鋭たちの前に立ち塞がっていた。


「補給線を狙うとは見事だ。だが、それだけで戦の趨勢が変わると思うなよ」

 バルザークの声は雷鳴のように重く響いた。

「小国の反逆者ども、ここで我が斧の錆となれ!」


◆ ◆ ◆


 巨斧が振り下ろされる。

 大地が裂け、爆風が走る。

 咄嗟に飛び退いた蓮たちの周囲に、土煙と炎が巻き起こった。


「速い……! あの巨体で、この速度か!」

 イリスが目を細める。


「まるで災害そのものだな……」

 カイエンが低く唸った。


「でも、やるしかない!」

 リーナが剣を抜き、蓮の隣に並ぶ。


 蓮は頷き、アイテムボックスを展開した。

 取り出したのは、星詠の神殿から得た加護を宿す“聖銀の障壁具”。


「みんな! 一撃目は受けきれるはずだ!」

 聖具を掲げ、仲間たちを守る結界を張った。


 次の瞬間、再び巨斧が振り下ろされる。

 轟音と共に結界が悲鳴を上げた。

 衝撃は耐えきったが、蓮の腕は痺れ、全身がきしむ。


「くっ……とんでもない威力だ……!」


◆ ◆ ◆


「ネフェリス、援護を!」

 蓮の声に、歌姫は頷く。

 彼女の歌声が夜空に響き、仲間たちの心を鼓舞する。


 その旋律を受けて、リーナが一気に踏み込んだ。

「おらぁっ!」

 剣が閃き、バルザークの黒鎧に斬りつける。


 しかし――。


 火花が散り、刃は弾かれた。

「なんだ、この硬さ……!」


「フハハハッ! 帝国秘鋼を舐めるな、小娘!」

 バルザークは笑い、逆に巨斧を振り抜いた。


「危ない!」

 カイエンが割って入り、盾で受け止めたが、そのまま吹き飛ばされる。


「カイエン!」

 イリスが駆け寄り、治癒魔法を施す。


◆ ◆ ◆


「ならば……こちらも奥の手を!」

 ノアが叫び、魔導端末を操作する。

 解析済みの補給拠点の結界残滓を利用し、バルザークの動きを束縛する拘束魔法陣を展開した。


「今だ、動きが止まった!」

 イリスが詠唱を終え、光の槍を放つ。


 光が巨躯を穿ち、バルザークが呻いた。

「ぐっ……なかなかやる!」


「今度こそ!」

 蓮は無限アイテムボックスから、かつて帝国の遺跡で手に入れた“雷霆の刃”を取り出す。

「食らえ――!」


 稲光が奔り、刃が黒鎧に叩きつけられた。

 バルザークの体が大きくのけぞり、鎧の一部が砕け散る。


◆ ◆ ◆


 だが、それでもなお猛将は倒れなかった。

 膝をつきながらも、ぎらりと光る眼光を失わずに立ち上がる。


「……見事だ。だが、我はまだ終わらぬ」

 バルザークの周囲に黒炎が渦巻き、さらに膨れ上がっていく。


「くそ……本気を出す気か!」

 蓮が歯を食いしばる。


 その時、遠くから光の矢が放たれ、バルザークの背を撃ち抜いた。


「がっ……!」

 巨将が呻き、黒炎を散らす。


 振り返った蓮たちの視線の先――そこには黎明国の援軍が駆けつけていた。

 その先頭に立つのは、蓮が送り出したもうひとりの信頼できる仲間。


「遅れてすまない! だが、ここからは俺たちも加わる!」


 夜明け前、戦場に新たな光が差し込もうとしていた。

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