第9話 勝利の代償

 戦いが終わった夜、村の広場には篝火が焚かれ、疲労困憊のまま人々が集まっていた。

 勝利の歓声は上がったが、浮かぶのは喜びだけではない。

 負傷者の呻き声、倒れた仲間を抱いて泣く者の嗚咽――それらもまた、この勝利の一部だった。


「……戦は、誰も無傷では終われない」

 蓮はそう呟き、深く息を吐いた。


 腕に巻かれた包帯はまだ血に滲んでいる。リーナが寄り添い、心配そうに見つめた。

「無理しないで。あの将軍との戦い、蓮だって……」


「大丈夫だ。俺より、他のみんなの治療を優先しよう」

 そう言いながら、蓮は無限アイテムボックスを開き、ポーションや回復薬を次々に取り出す。

 それをネフェリスと治療班へと手渡し、傷ついた仲間に配った。


「ほんとに便利よね、そのボックス……」

 ネフェリスが苦笑しながら薬を受け取り、傷口に塗り込む。

「でも、万能じゃない。命の火が消えかけてたら……もう、魔法も薬も追いつかない」


 彼女の手が止まる。目の前の若者が、最後の息を吐いたからだ。

 仲間が泣き崩れ、ネフェリスは唇を噛みしめる。


 蓮も拳を握りしめた。

「……俺がもっと強ければ、救えた命かもしれない」


 その言葉に、リーナが首を振る。

「違うよ、蓮。あなたがいたから守れた命の方が、ずっと多いんだ」


 彼女の真っ直ぐな眼差しに、蓮は重い心を支えられるような感覚を覚えた。


◆ ◆ ◆


 戦後の片付けが進む中、イリスとミストは戦場跡を調査していた。

 倒れた黒牙兵の装備を解析し、地図や書簡を拾い上げる。


「……これは」

 ミストが眉をひそめる。

「黒牙軍は、この戦線のさらに奥に“補給拠点”を築いていた形跡があるわ」


「つまり、これはただの前哨戦だったということね」

 イリスが目を細めた。


 二人が戻って報告すると、村の空気が一層張り詰めた。

「じゃあ、また攻めてくるってこと……?」

 村の若者の一人が怯えた声を漏らす。


「いや、そう簡単には来ないだろう」

 カイエンが冷静に分析する。

「将軍ドルガを失った以上、奴らも立て直しに時間がかかる。だが……必ず次がある」


「補給拠点……壊せば少しは時間を稼げるかな」

 蓮は呟くが、リーナが首を振った。

「今は村を整える方が先だよ。まだ人も十分に動けない」


 その言葉に、蓮は小さく頷いた。

 確かに今の状態で出撃すれば、勝利は得られても守るべき国が壊れてしまう。


◆ ◆ ◆


 その夜遅く、蓮は一人、村の外れで空を見上げていた。

 星々は静かに輝き、戦場の惨状とは別世界のようだった。


「蓮」

 声をかけたのは、イリスだった。

 彼女は蓮の隣に立ち、月明かりを浴びるように目を閉じる。


「この戦いで、あなたは“国を背負う者”として見られるようになったわ」

「国を背負う……」

「ええ。人々はもう、あなたをただの逃亡者だとは思っていない」


 イリスの言葉に、蓮は静かに笑う。

「でも、俺自身はまだ逃げてるような気がしてならない」


「逃げることは悪いことじゃないわ。生き延びて、新しい未来を選び取る――それだって立派な強さよ」

 イリスの瞳には優しさと強さが同居していた。


 蓮はその言葉に救われる思いで、深く息を吐いた。

「ありがとう、イリス。……俺は逃げながらでも、必ず守る。仲間と、この国を」


 二人の間に、短いが確かな静寂が流れた。


◆ ◆ ◆


 翌朝、村の広場に人々が集まった。

 黒牙軍を退けた勝利を祝うのではなく――これからの未来をどう生きるかを語り合うために。


「俺たちは生き残った。でも、敵は必ず戻ってくる」

 蓮は皆の前でそう告げた。

「だから、ここからが本当の始まりだ。俺たちは、戦いに勝つだけじゃなく――国を創るんだ」


 ざわめく村人たち。

 リーナが一歩前に出て、声を上げる。

「私たちには剣がある! 農地がある! 仲間がいる! だから絶対に国を創れる!」


 その言葉に若者たちが拳を突き上げ、声を合わせる。

「おおおおっ!」


 カイエンが微笑み、ネフェリスが頷き、ノアも小さく拳を握った。

 そしてイリスは、蓮の背中をそっと押すように立っていた。


――こうして、黒牙軍を退けた蓮たちは“勝利の代償”を胸に刻みつつ、次なる国づくりの段階へと歩みを進めることになる。


その未来には、さらなる脅威と試練が待ち構えていることを、まだ誰も知らなかった。

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