第8話
次の拠点のひとつに移動し終えたゼナ星人たちが話す。
「最初の攻撃から一年だな。ネットの反応はどうだ」
「一周年式典がありましたが、反応は鈍いようです」
「次はこの日だそうだ」ゼナ星人の一人が、カレンダー上の少し先の日付を指す。
「ここともう一箇所で同時にやるらしい」
「月の拠点から自律ロボットも届いているしな」
その当日、ゼナ星人たちは二箇所の拠点近くで、それぞれ千人程度のコミュニティーを、夜の同期時間の間に毒ガスで処理した。
「うまくいったな」
「ああ、驚くほどスムーズだ。何の対策もしていない」
「理解できないな」
しかし、任務遂行のためのは好都合だ。彼らはそれ以上深く考えなかった。どうせ、考えるのは本部のほうでやってくれているだろう。
* * *
朝食の席で、ローラの一体がニュースをチェックする。
「二つのコミュニティーで計二千人死亡 また毒ガスか」というヘッドライン。
「また、去年のあの事件みたいなのがあったみたい」とローラの一体は、もう一体のローラとジェームズ二体に言う。
「へえ、そうなんだ」という反応。
最初の事件があった後しばらく、人類はみな、「死」というものについて考えさせられることになった。
「死」とは何か?
いまこうして考えている自分が、明日目を覚まさなくなること? 毎日の同期のように?
身体の機能が停止すること? 一体の停止のように?
どちらも、日常の一部を構成するものでしかなかった。
そうやって考えて一年が経った後、人類はすっかり「死」について考えることに飽き、また元の日常に戻っていた。
そこに起こった第二の事件。警察は一応捜査本部を作ったが、通り一遍の捜査を一か月ほど行った後、早々に未解決事件として分類した。
* * *
「驚いた。四倍の規模の攻撃をしたのに、ネットの反応は前よりずっと鈍いじゃないか」地球のネットニュースをチェックしていたゼナ星人の一人が言う。
「我々のコロニーでこれだけの人数が死んだら、大事件になるところだ」ともう一人が言う。
「ああ、俺の出身コロニーのガス漏れ事故で十人が死んだときは大騒ぎだった。コロニー管理会社の責任が追及され、社長は辞任させられたし、その後の裁判は何年も続いた」
「何が違うんだろうな、あいつらと我々は」
そこに、本部からの新たな指示が届いた。
「地球人の反応を確認した。予定通り進んでいるので新たなフェーズに入る。これから送る手順通りに実行するように」
* * *
第二の事件からしばらく経ったある日。全世界の各都市で、同期が終わった二体が目を覚まさないという事例が散発的に見つかった。当局が情報を整理したところ、率はどこでもおよそ七〇〇〇分の一だった。これまでの事件の経験から毒ガスが疑われたが、そうではないようだった。続いて、子供や一体の老人には被害がないということが判明した。そのため、ヘッドギアの不具合という線で調査が進められた。
高校教師のローラの学校でも、生徒の一人の父方の祖父が犠牲になった。八十五歳で、二体だったそうだ。ローラはたまたま、その生徒の担任だった。
葬儀が行われた翌日、その生徒は少し考え事をしているように見えた。ローラは彼女に声をかける。
「大丈夫? よかったらカウンセラーを紹介するけど」
「いえ、大丈夫です。何だか、心の整理がつかないというか……」
「そうなのね。おじいちゃんのことで?」
「いえ、実は、母方の祖母の一体が最近亡くなったんです」
一体が亡くなった? 不思議な言い方だ。
「『止まった』ということ?」
「はい。でも、何だかそう言いたくない気がするんです」
「それはどうして?」
「私が小さかったころ、レストランのティーポットが私のほうに倒れそうになったとき、両手でつかんで止めてくれたことがあるんです。それで手をやけどして、痕が残っちゃって。それで、ずっと申し訳なく思ってたんです」
ローラはうなずく。その程度のことで肉体の補充は行われないのが普通だ。
「その祖母の体が、癌にかかってしまって。それで、そのままだと苦しくなるし、まだ二体だったから、本人の意思で、安楽停止することになったんです」
「そうだったのね」とローラは相槌を打つ。苦痛予防のために、一体目を早めに停止することはよくあることだ。
「前日、私は無理を言って祖父母の家に泊まらせてもらって、癌になった、やけどのある祖母の手を、眠るまで握らせてもらったんです。そして、当日になってその祖母は目を覚まさなくて、肉体回収の人に注射を打たれて殺されて、運ばれて行って……」
「それがショックだったのね」ローラは、生徒の「殺された」という不適切な言葉遣いには目をつぶって、同情の言葉をかけた。「でも、もう一体のおばあちゃんはいたんでしょう?」
「はい。もう一体の祖母が、『昨日は手を握ってくれてありがとうね』と言ってくれました。その日引き継いだのは、やけどのある祖母のほうだったみたいで」
「おばあちゃんはまだ生きてるのよ」とローラは言う。「あなたをかばってやけどしたことも、おばあちゃんはまだ覚えてるんでしょう?」
「はい、わかってるんですけど。おばあちゃんはまだ『生きてる』って。でも、やけどのあるおばあちゃんの停止が、私には、『死』のように思えてしまって……」
「若いころにそう感じることは普通のことよ」とローラは慰める。
「そういうことがあった後に、父方の祖父があんなことになってしまって。それでお葬式に行ってきたんですけど、何というか、実感が湧かないというか……」生徒は少し言葉に詰まり、そして続ける。「私には、あの、手にやけどの痕があるおばあちゃんが死んだことのほうが——ほんとは、止まったって言わないといけないんですけど——、ずっとリアルだったんです」
生徒は、自分の思いを言葉にしたことで気が晴れたようで、カウンセラー受診の提案を断り、帰って行った。
生徒が帰った後も、ローラはしばらく椅子に座ったまま、それまで自分が接してきた、数多くの肉体の停止に思いを馳せた。
もしもそれらが、「死」だったとしたら?
いや、そんなはずはない。だってみんな、ちゃんとそれまで通りに生きているじゃない。ジェームズだって、これまで何回も止まってるし。
そう、人間にとって大事なのは、精神の連続性。肉体はただの入れ物なんだから。
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