第6話
この時代の学校では、子供が二体体制に馴染めるよう、年齢に応じた教育がされていた。過去の遺伝病、その対策としての二体体制、遺伝病の克服、二体体制の定着といった歴史。また、一体が止まってももう一体がいるということ、二体目が止まるのが死だということ。大人の社会がどのように機能しているかを知ること、また、いずれ迎える成人時のために心の準備をさせることが目的だった。
* * *
レストラン組が先に帰宅した。すでに警察と救急が到着しており、緊急時の権限でドアを開けて家の中に入っている。ローラは真っ先にベンに駆け寄り、放心している彼を抱きしめる。
警察官がケンに声をかける。
「一体停止のご本人ですね」
「はい」
「階段から落ちて頭を打ったようです。事件性はありません。ご年齢は?」
「八十五歳です」
「それでは、肉体補充の手続きは必要ありませんね」
その後、救急隊からの説明。
「階段から落下した際、チェス盤と駒を両手に持っていたようです。両手がふさがっている状態で階段を上り下りすることは避けて、ドローンを使うようにしてください」
エレノアは、ほらね、という顔でケンを見る。
「それと、一緒にいたお子さんのケアをお願いします。カウンセリングのクーポンが出ますので、必要に応じてご利用ください。また、ご本人からの慰めが特に効果的です」
それを聞いて、ケンはベンに声をかける。
「ほら、おじいちゃんは元気だよ。落ち着いたらまたチェスをやろう」
ベンは混乱していた。当然、ベンは両親やおじいちゃんが二人ずついることは知っていた。でも、その意味についてはあまり考えてきていなかった。
「おじいちゃんは本当におじいちゃんなの?」
「もちろんだよ。二人でも一人でも、おじいちゃんはおじいちゃんだよ」
ケンはベンを優しく抱きしめ、頭をなでる。
* * *
例の病気への対策という位置づけを失っても、子供は二体体制の対象外のままだった。
人類は二体体制とともに進化してきたわけではない。自分の「もう一体」がいるということは、子供の精神を混乱させるおそれがあった。また、子供については、クローンの育成・脳のコピーにかかる時間が比較的短いという条件もあり、常に二体を維持する必要性は薄いと考えられた。
未成年者については、毎晩読み取り専用のヘッドギアをつけて、シナプスデータのバックアップを取るという方法が採用された。事故や病気などで死亡した場合は、汎用型の肉体のストックを使うのではなく、本人の細胞からクローンが作られ、成長促進と脳のコピーが行われる。かかる時間は年齢によって最長で一年ほどだったが、それに文句を言う人はいなかった。完成の日には、両親は涙を流して子供との再会を喜んだ。
* * *
カウンセラーのアドバイスにより、ベンは祖父母の家に一週間滞在することになった。学校には特別休暇の許可をもらった。ベンとケンは、チェスをしたり、散歩をしたりして、のんびりとした時間を過ごした。
ある日、ケンとの散歩中に、可愛い犬を散歩させている老婦人に会い、ベンは許可をもらって撫でさせてもらった。
「あのおばあさん、昨日も会ったね」
「ああ、そうだな。ワンちゃんは三歳の女の子、名前はルーシーだったっけ」
ベンは、最近ケンおじいちゃんに前日の話をしても、おじいちゃんがしっかり覚えていることに気がついた。それまでは、よく覚えていないような、曖昧な返事をされることが珍しくなかった。おじいちゃんが一人になったことと関係があるんだろうか。理由はともかく、その変化はベンにとってうれしいものだった。
一週間後、ジェームズとローラが一体ずつ、ベンを迎えにケンの家に来た。帰りの車の中、ジェームズが聞く。「おじいちゃんが元気だってわかった?」
「うん」とベンが答える。
ベンにとっては、怖い思いもしたけれど、それよりもいい思い出のほうが多い一週間となった。
ケンの一体停止から三か月ほど経った、ある休日。エレノアからジェームズに連絡があった。
「あのね、ケンが死んじゃったの。心停止だって」
「そうなんだ。つい最近一体目が止まったところなのに、間が悪いね。お葬式はするの?」
「うん、一応しようかと思ってる。最近しない人も多いけどね」
ジェームズは家族に声をかける。
「ケンおじいちゃんが亡くなったそうだ」
「今回はほんとに?」とベンが聞く。
「ああ、今回は二体目だからな。もうケンおじいちゃんには会えないんだ。残念だけど」
「そうなんだ」
ベンは少し確信のないような、悲しむべきところなのかどうなのかわからないといった表情を浮かべている。三か月前に祖父の止まった体を目の前で見たときほどの衝撃はないようだった。
相談の結果、赤い腕時計の二人がベンとクロエを連れてケンの葬式に参加し、青い腕時計の二人がソフィアを連れて同じテーマパークに行くことになった。ソフィアは、前回途中で帰ることになったのをいまだに不満に思っていた。
ケンの葬式は公民館の一室で行われた。参加者は、親族の他は数人の親しい友人だけだった。
前もって用意してあったスライドショーが放映され、それに合わせて音楽が流れた。牧師が短いお悔やみの言葉を述べる。
その後、葬式に参加した彼らはレストランに移動し、食事を取る。
「あの人は最近まで二体だったから、私より長生きすると思ってたんだけどね」とエレノアが言う。
「この前の事故のときは大変だったな。ベンの目の前だったし。もう大丈夫か?」とジェームズはベンに聞く。
ベンは曖昧にうなずく。三か月前に祖父の動かなくなった体を目にし、一週間の滞在で祖父が生きていることを確かめ、そしてまた祖父が死んだと言われたのだ。持つべき感情がわからないという様子だった。
「人間は、二体目が止まったときが本当に死んだということなのよ」と、ローラはこの世界の決まり文句を言う。「一体目が止まってもその人とは会えるけど、二体目が止まったらもう会えないからね。それは悲しいことなの」
ベンは返事をしない。どうやら今回のことは悲しむべきことらしい。そしてベンは周りの大人を見回すが、悲しみの表情を浮かべている人はいない。
「ベンはまだ子供だからね」と、反応に困っているベンを見て、ローラは言う。「大人になったらわかるわよ」
そう、ローラは知っていた。この世界の他の大人たちと同じように。
子供のころから祖父母やその他の人々の一体目の停止、それから二体目の停止——つまり死亡——に触れる中で身につける感覚。一体目の停止は気にするようなことではないこと。二体目の停止こそが本当の死であり、悲しむべきことであること。そして、実際は誰も悲しいとは思っておらず、悲しいふりをしているだけであるということ。
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