世界最強のRPGプレイヤー、VTuber界を無双する
東
再起動
第1話 伝説の再起動
「配信テスト、テスト……音声は問題なし、と」
薄暗い部屋で、矢代秀は配信ソフトの設定画面とにらめっこしていた。
モニターに映るのは、黒髪ショートの青年アバター。名前は「神崎灯」。
27歳。独身。職業はフリーランスのプログラマー。
そして――かつて世界ランキング1位に君臨した、伝説のRPGプレイヤー。
「まさか俺がVTuberになるとはな」
自嘲気味に呟きながら、秀はマイクの音量を調整する。
三年前、秀は突然ゲーム業界から姿を消した。
理由は単純。燃え尽きたのだ。
世界記録を更新し続け、大会で優勝し、攻略法を確立する。
それを繰り返すうちに、いつしかゲームが「作業」になっていた。
だが最近、ふとした瞬間に思ったのだ。
――ゲームって、楽しかったよな。
雑談をしながら、純粋にゲームを楽しむ。
プレッシャーも期待も背負わず、ただ自分のペースで。
VTuberという選択肢は、そんな願望にぴったりだった。
「よし、いくか」
深呼吸をひとつ。
秀は「配信開始」ボタンをクリックした。
『神崎灯の初配信!みんなよろしくー!』
画面に映る神崎灯が、ぎこちなく手を振る。
同接:3人。
まあ、こんなもんだろう。事前告知もしていないし、登録者も0人だ。
「えー、初めまして。神崎灯です。今日は……そうだな、『エターナルクエストオンライン』の低レベルRTAでもやろうかな」
チャット欄に反応が流れる。
『RTAとか硬派だな』
『EQOか、懐かしい』
『初配信でRTAは草』
「初配信だし、リハビリがてらね。じゃ、始めます」
秀は慣れた手つきでゲームを起動する。
『エターナルクエストオンライン』――通称5年前にリリースされた大型MMORPGで、今でも根強い人気を誇る。
そして、かつて矢代秀が数々の世界記録を打ち立てたゲームでもあった。
「低レベルRTAは、レベル1のまま最初のダンジョン『古の洞窟』をクリアするタイムアタックです。現在の世界記録は……ええと」
「12分38秒、か。じゃあ目標は12分切りで」
『12分切りは無理やろ』
『世界記録知ってて言ってる?』
『初見でそれは無謀すぎる』
チャット欄がざわつく。
だが秀は、小さく笑みを浮かべただけだった。
「じゃ、タイマースタート」
カチッ。
ゲーム画面にキャラクターが表示される。
装備は初期装備のみ。ステータスは最低値。
普通のプレイヤーなら、まずレベルを上げてから挑むべきダンジョンだ。
だが――
キャラクターが走り出した瞬間、チャット欄の空気が変わった。
『動き、速くね?』
『ルート最適化されてる』
『えっと、これ初見?』
秀のキャラクターは、無駄な動きが一切ない。
エネミーの攻撃範囲ギリギリを擦り抜け、最短ルートを突き進む。
「ここの雑魚は、この角度から接触すると戦闘突入前に抜けられるんですよね」
説明しながら、完璧なタイミングでエネミーをスルー。
『待って、そんな仕様あったの?』
『攻略wiki見たことないぞこれ』
『誰だこいつ』
同接:8人。
「ボス部屋到着。ここからが本番です」
画面に映るのは、巨大なゴーレム。
低レベルで挑めば、一撃で即死する凶悪な敵だ。
だが秀のキャラクターは、臆することなくゴーレムに突進する。
「初撃は右腕の薙ぎ払い。発生6フレームなので――」
キャラクターが、攻撃の0.1秒前にスライディング。
ゴーレムの腕が空を切る。
「次は左足の踏みつけ。これも――」
完璧な回避。
「で、ここで膝の装甲が一瞬剥がれるので」
ガキィン!
弱点への一撃。ゴーレムがよろめく。
『は?なにこれ?』
『装甲剥がれるのかよ』
『人間じゃねぇ』
同接:24人。
秀の指が、音もなくキーボードを叩き続ける。
回避、攻撃、回避、攻撃。
一切の無駄がない、完璧なムーブ。
そして――
「はい、討伐」
ゴーレムが崩れ落ちる。
画面右上のタイマーを見て、秀は小さく呟いた。
「10分16秒。まあ、リハビリにしては悪くないか」
チャット欄が、完全に凍りついた。
『は?』
『10分……16秒?』
『世界記録12分38秒だぞ?』
『2分以上更新してんだけど』
『これ、マジで人間がやってんの?』
そして。
『待って、このプレイ……どこかで見たことある』
『まさか』
『いや、でもあの人は引退したはずだし』
『動きが完全に一致してる』
『神崎灯ってもしかして…』
同接:127人。
秀は、急増する視聴者数に気づいていた。
だが、何食わぬ顔で言った。
「えーと、次は何やろうかな。リクエストあります?」
チャット欄が爆発する。
『お前、矢代秀だろ!!!』
『伝説のプレイヤーじゃねえか!』
『嘘だろ、本物か!?』
『引退したんじゃなかったのかよ!』
『Discordで拡散してくる』
『やべえ、鳥肌立った』
同接:341人。
秀は、画面の向こうで騒ぐ視聴者たちを見て――静かに笑った。
「そんな凄い人じゃないですよ。さて、次はどのゲームで遊ぼうか」
かつて世界の頂点に立った男の、新たな戦いが始まる。
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