エンディングB ――「影を宿す」(悲劇的贖罪)

 私は鍵束から、補助16mmの分岐に合う小さな銀鍵を選んだ。

 スイッチを入れる。

 舞台裏の薄闇が、ゆっくりと呼吸を始めた。


「やめて」

 ヴィヴィアンが首を振る。

 「光を流せば、また誰かが“再演”されるわ」

「違う」私は首を横に振った。

「輪を閉じるには、最後の上映が必要だ。

 焼け残った“1コマ”を、世界に返す」


 エリオットが黙って頷き、レンズに布を外す。

 私は現像室から持ち帰った短いフィルムを装填した。

 たった数秒。

 スクリーンに浮かぶのは、鉄線の反射、映写孔の縁、

 そして、うっすらと映る――メアリーの横顔。


 光が走る。

 その瞬間、ヴィヴィアンは舞台に上がり、白い布へ歩み寄った。

 スクリーンの女が彼女に微笑み返す。

 影が、影を抱く。


「わたしが、終わらせる」

 ヴィヴィアンは囁き、スクリーンに額を寄せた。

 静電気の小さな音がし、黒髪が白布に吸い寄せられる。

 私は反射的に駆け出したが、彼女は優しく手を上げて制した。

 「大丈夫。これは“出る”ための鍵」


 光が一度、強く脈打つ。

 スクリーンの向こう側に、扉が見えた。

 鍵穴はない。孔そのものが鍵だ。


 ヴィヴィアンは振り向かずに言った。

 「彼女(メアリー)は、罪ではなく物語だった。

  ならば、物語として眠らせて。

  わたしが抱いて、幕の向こうへ運ぶ」


 彼女の輪郭が薄れ、布の向こうに吸い込まれていく。

 気がつくと、スクリーンには誰も映っていなかった。

 残っていたのは、静かな白と、

 舞台に落ちた小さなペンダントだけ。


 エリオットが嗚咽を堪え、レンズを覆った。

 私はペンダントを拾い、掌に閉じ込めた。

 影の体温が、まだ確かに残っていた。


 数週間後。

 〈レガート座〉は営業を再開した。

 看板に“主演”の文字はない。

 小さな匿名の短編映画が、夜ごとに上映される。

 客席に座る誰もが、最後列の空席に目をやる。

 そこには、白いコートの気配がいつもある。


 エリオットは時々、映写機の前で短く祈る。

 「光よ、刺すな。照らせ」

 スクリーンの白は答えない。

 だが、答えなくていいのだ。

 影は、ここに宿った。


ENDING B:影宿る劇場(The House Where Shadow Dwells)

——罪は眠り、物語だけが残る。贖罪のエンド。

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映写孔の鍵 —〈鍵穴殺人事件・再演〉— 象乃鼻 @zounohana

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