第27話 しに戻る



 病院から出た先は月夜に呑まれた市街地だった。銃の所持、またはその他武器の所持が認められたこの正義の国では夜の暗闇を銃声が切り裂くのは何らおかしくない――もはやそれが正しい。そんな血生臭い正義重視の世界だった。

「今誰か……」

 人影が見えた気がして近づく。しかしそこには誰も居なかった。赤髪を月夜になびかせ、また元に戻ってミコは歩き出す。

「気のせいか」

 闇夜をミコとヴァニタスは密かにかつ急いで歩いていく。見つからないように幾つもの裏道を通り抜け、1つの扉に辿り着く。

「ここで合ってるんだろうな?ヴァニタス」

「あってるだろう。この先、この通路を通った先に研究チームが待ってるはずだ」

「じゃあさっさと進もう」

 ずっしりと重々しい木製のドアを開いた先にあったのはまた扉。金属でできた重厚な扉を鍵を使ってまた開いていく。視線の先に続いていくのは長く大きなトンネル。それは幾つもの蛍光灯を一定感覚で設置していた。一歩一歩踏み出す。光で黄色くなった通路を。一歩一歩、一歩一歩、足を動かしていく。足音が一音一音響いていく。

「ヴァニタス。園芸の話に戻るんだが」

「なんだ?またつまらない『園芸』の話か。ミコはそろそろ『会話』について深く学んだらどうだ」

「はあー!そんなこと言うなよ。今からおもしろーい話をするところだったのにさ」

「そうか?」

「本当だ。サボテンの品種の中には花が5年に一度しか咲かないものがあるとか……面白いだろ?ロマンチックじゃないか」

「ミコ、俺が求めてるのはinterestingではなく、funの方だ」

「つれないなー本当にヴァニタスは。いいじゃないかfunじゃなくても。そう言ってる君はfunでexcitingなことを言えるのか?」

「言えるに決まってるだろう。ミコ、そんなことよりも――この通路やけに長くないか?」

 あまりにも長い通路。終わりがない通路。永遠にも思える通路――それはミコとヴァニタスの心に不安の種を植え付けた。いつかゴールには辿り着くはずなのにゴールには辿り着けない。そんな風に思えた。

 

 先を見据えたミコの赤いマグマの眼は銀髪の男を映し出す。彼の瞳には永遠の神としての澄んだ覚悟が宿っていた。

 

「何度だってやってやるさ。君を救うためなら。ビス――そしてみんな。待っててくれよ……今終わらせるから。叶えよう。永遠の名において、俺たちの永遠の願いを」

 

「誰かと思えばアマデウスじゃないか。そうだな……正義の名において今ここで君を断罪しよう!今この時、この場所で」

 

 向かい合うミコとアマデウス。ミコの後ろには銃を構えたヴァニタス。両者それぞれに到底譲れない強い意志がある。それは固く強靭で、何もかもを貫き通す。

「神威を見せよう」

「それはそれはぜひ見せてほしいな」

 激しく火花を散らした銃弾をアマデウスめがけて撃つ。一発二発三発……当たる、全ての弾丸がアマデウスに。絶対に――当たる!!

 鳥核は夢を改変する。銃弾の軌道はアマデウスの頭、胸部、足。

 チクタク――「夢から覚ましてあげるよ」


 時は止まり

 物体の運動は止まる

 。はない それが「永遠」だ


空中に止まる鋭く尖った銃弾を横目に。

「1、2、3、まだいけるはず――」

 ミコに近づき、その腹部を蹴飛ばす。そして最後にそのライフルを取り上げて銃口をミコに。そしてヴァニタスに。簡単な作業だった。――俺は引き金を引いた。


 バンバンバンバンバンッ!――幾つもの銃声で時間は動き出す。

 

「嘘だろ……」

 ミコは後ろに血を流し倒れ、ヴァニタスは胸に穴。そして――アマデウスの腹と肩に二発の穴。夢の鳥核によって2発の銃弾は軌道を変えた。次第に体が悲鳴をあげる。痛みはないが、心が冷たくなっていくのは確かだった。

「くそ……これじゃあ、みんなを――救えないじゃないか……」

 膝をつき、冷たいコンクリートの上に倒れた。


 ぽとぽとぽと


 滴る赤い水滴。黒く、赤い、それでいて生命。


 目を開ければそこは桃源郷――ではなく、血溜まり。血液が手のひらに染み渡る。

 

「これは……俺の行き着く場所は地獄だったのか。はは」

 

「せいかーい!ここは地獄だよー!?何せここには血と臓物、よくわからない骨しかないからねっ⭐︎」

 白く長い髪はあの娘のことを思い出させた。アマデウス目を潤ませ、下を向く。そして彼女を見る。

「誰なんだい君は?はあ〜また〇〇の化身とか何とかの何とかっていうやつかい〜?」

「それはどうだろうね」

 揶揄うような表情。

「それはそうと先客が居るよ。君以外に死に急ぐ馬鹿がいてさ。フリー・コルウスっていうんだけど」

 目線を上げて彼を見た。見慣れた顔の彼は正真正銘――フリー・コルウスだった。

「そうか……君も一緒か」

 笑っては涙が1つ。思い出も1つ。

「そう泣くなよアマデウス。まだ終わったわけじゃない。この物語は永遠。そうだろ神様」

「じゃあ、どうすればいいんだ、どうすれば――俺たちは救われる?」

 その時後ろからやけに懐かしい声が1つ。

「おいおいおい、誰か忘れてないかー!?ビス・クラヴィスという男がまだおるぞ。泣いたらだめやアマデウス!まだお前には切り札があるんやから」

「切り札……?」

「そう切り札。お前に託したやろ」

 ビスはアマデウスの胸に手を当てて言う。この神核は何故お前の胸の中にあるのかと。ああ今こそ使うべきなんじゃないかと。永劫は不滅。ビスはその言葉をずっと前から信じていた。忘れられないあの日以降、ずっと。

「はあー君は贖罪とか色々考えてたんだろうけど、私は今機嫌が良いからさっさとやっちゃいなよ。断罪なんかしないから」

「じゃあ、やるしかないだろアマデウス」

「ああ……」

「やるか?」

「やろう」

「やるしかない」

 不安で汗が滲んだ手。互いに手を握り、過去を想う。次第に幾つもの断片が交差して、記憶の中に落ちていく。船に乗ってひもうすに着いて、迷子になって、死んで、スケルスと会って、病院で襲われて、死んで、で、過去に戻る。どの過去だ。いったいどの過去に戻るんだ。どこまで……どこに辿り着く?


 

 スゥーと注がれるそれはクリスマスローズティー。

 


 クリスマスローズ。白い白い純白の花びらがティーカップに漂う。綺麗だ。果たして、この世界の誰が想像できただろうか。人は皆、醜悪の化身なのだと。


 フリー含め4人は近くのカフェの外椅子に座っていた。そう、4人全員、過去に戻れたのだ。今までの記憶を忘れないまま。

「ああ、間違いないよ。今日の日付はひもうすに着いた日と同じだ。ほら、だってこの新聞の日付を見てもわかるし、向こうにいるあの子にアイスを買ったことがあるからさ〜」

 アマデウスがそう言って指差した先にいたのは店先で売られていたバニラアイスを物欲しそうに眺めていた少年だった。

「そうか、あの時の。なら今日、俺たちはひもうすに着いたということか」

「じゃあ、まさかニコとヴァニタンスもいるんじゃ――」

 ハッと人混みの中、赤髪と灰色の髪の人間がいないか目を凝らす。すると、耳に入ってきたのは発砲音。少し離れた場所からだ。

 騒ぐ民衆。逃げ惑う民衆。見にいく民衆。


「おいおい何だその刀は!!なまくらじゃないか!!貴様、もしかして刀を買うお金が無いのか?わかってるんだろうな……今は戦時中だぞ」

「しょうがないだろう。彼はとてもお金があるようには見えない。ボロボロで黄ばんだ白いカーテンのような服、痩せ細った体、括られてあるが不衛生な長い髪――誰が見ても明らかだ。そうだな……なまくらを持っているだけでまだマシな部類に入るだろう。彼は貧乏人とはいえこの国に正義を誓う1人のひもうす人だ。それとミコ。これ以上喋らない方がいい。我々全員が馬鹿で無知だと思われたら困る」

「うーん、わからない!私には制裁を下す権利がある。なのでお前は留置所行きだ。しっかりとこの国に正義を誓って戦争に行け!そのときはピカピカの刀を用意しておくんだぞ!さもなければ……私のライフルでドカンだ」

「……はぁまったく。俺にはお前の正義がわからない。――おいそこのお前、こいつを留置所まで連れて行け」

「おいおい正義遂行軍所属のこのミコ様の正義がわからないのかヴァニタス?絶対舐めてるだろ!帰れ!」

「……」

「……ジョークだよ!島国独自のジョーク!本当にそう思って言ったんじゃない。」


 そうだ。あの2人だ。


「みんな、ここから離れよう!」咄嗟にそう言ったアマデウスの声につれられ、皆、ミコとヴァニタスがいる場所から遠くへと人混みの中へと紛れていく。

「なあ、これからどうする?」

 行き交う人と人の間を歩くみんなに言う。

「これからはあの2人に極力、会わないようにしよう。まあ、万が一会ったとしても俺の永劫の力でなんとかするよ」

「そうだな。――フリー、ここに来た目的は覚えてるか?俺たちがここに来たのは『不幸鳥はどこに今いるのか』ということを突き止めるためだ。この前――というか、1回目の時はあの2人について行ったが、今回は違う。不幸鳥の居場所を突き止めるために、今から行きたいところがある」

「どこや?」

「そうだな……今から行くのは俺が生まれ育ったところだ」

「生まれ育った場所……」

 ズキっと痛くなる頭。それは、もしかして俺が幾つもの記憶の断片の中で見た場所なのか?

「昔、そこには創造神アヴィスを崇め讃える男がいた。そこに、もしかしたらなんらかの情報があるかもしれない。なにせ、不幸鳥が現れた場所だからな」

 





 

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〇〇の化身 お玉杓師 @tarakani

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