記憶の固執



 記憶とは、脳に溜め込んだ情報のことを指す。

 

 俺が思うに、記憶は他者と共有することが大切だ。情報の共有……それは俺の使命であり、これを見ている君にも関係のあることだ。だからしっかりとこの文章に目を通してもらいたい。


 以下の文章は、私が私の父親の記憶をもとに書き起こしたものである。全て事実で実際にあったことだ。



――5月7日 



 カーンカーンと鐘の音が教会に響いた。辺り一面真っ暗な五月闇。リーンリーンと鈴虫だけが鳴いている。

 俺は1人である教会に来た。いや正確に言うと2人か……とにかく、妻と一緒にこの廃れた教会にやってきたんだ。

 カビ臭い床、今にも崩れてきそうな天井、木々や植物が生い茂る。ハエや蟻が死体に集まる。時計が溶ける。心底綺麗とは言えない――ため息が出るような場所だが俺は心底わくわくしていた。日々の退屈な日々を全て壊してしまうような、素敵で心踊るような出来事を期待して。

 教会の中心部――俺たちは長椅子が幾つも置かれているところに着いた。穴がぽっかりと空いた天井からは月明かりが地面を照らしている。

「どうしてだろう?この場所はなんとなく見覚えがある。前にも来たことがあるような……」

「それはそうあよ。わたしたちはこのはしょてそたったんたから」

「そうか?そうだったけ?」

「もーまったくきみはわすれやすいせいかくなんたから。そんなこともわすれるなんて……もしかしてこうねんきあ?」

妻はにやけた表情でこっちを見る。

「君に言われたくないな。君だってさっきから滑舌がどうかしてるよ。入れ歯をした方がいい」

「まあまあ、ここはわたしたちのいえなんあ。むかしはなしてもしてゆっくりすこそう」

 そうだ、この場所は廃墟じゃない。俺たちの故郷――我が家なんだ。

 やっと理解した俺に妻は言った。

「わたしたちはここてうまれ、そしてそたっていった。ここはわたしたちのこきょうなんあ。みんなて暮らそう。ここにいればみんな一緒。同じはねを持ち、誇らしいくちはしを突き上ける。なんて幸せなんだ!!そうだろうカルロ?」

「ああそうだ。そうしよう!今までのことなんか全て忘れて家族3人でここに暮らせばいい。簡単なことだった。最初から気付いていれば……」

 俺は感服した声で言った。

 俺たちは鴉。漆黒の翼を持つ、大きな鴉。黒い闇で覆われた空を見上げる――

「……?」


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俺は鴉?

俺たち?

あいつは……

ああ、なんで何も疑わなかったんだろう? 

ここは何処?

廃墟だ。教会だ。1人でここに来たんだった。

なんで来た?

さあ?


 とりあえず家に帰ろう。きっと俺は疲れてるんだろう。こんな時間にこんな所にいるのはおかしい。早く帰って家族に会わなければ……。

 俺は段々気味が悪くなってきた。足早に今いる場所から木製のドアを開け、廊下に出て、至る所にある捨てられた傘や壊れた椅子、ゴミなどを避けながら外に向かう。

 最後のドアを開け、門を出たときだった。ふと、周りを見渡す。さっきまで鳴いていた鈴虫の声が聞こえない。やけにシーンと静かで俺の心臓の鼓動までも聞こえてくるほどだ。

 しかし次第に、少しずつだがじっとその場に突っ立っている俺の耳に何かが聞こえてきた。らららと微かに目の前の真っ暗な道から何か聞こえてくる……。

 

「なんだ、この音――」

 

 オルゴールの音だ。でもそれは美しいものではないし、陽気で楽しげなものでもない。らららららららららららららこの世のすべてを呪うようならららららららら負の音にまみれた、おどろおどろしい何かだららら。ららららららそんな音がどんどん近づいてくらららる。ららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららら


 耳鳴りがするほど大きくなると、なんとも言えない……うまく言語化できない存在がいた。本当に抽象的な存在――シルクハットを被った猫?髭が特徴的なスーツ姿の男、または道化師。それら全てが合わさったような。


「やあ――」


 そいつはそう言って俺の目をじっと覗きこみながら手を差し伸べた。俺は反射的にその手を払った。するとそいつは言った。

「何で出ていくあ?ずっとここで暮らそうって言ったよね?ここは私たちの巣だよ?帰ろうとしているところはあなたの巣じゃないよカルロ」

 目の前にいたのは妻だった。

「ファルサ?いやお前は……」

 明らかに確実に声も体も目の色もそれは妻のものだった。

 だが違う!俺には目の前にいるものがとても何年も一緒に過ごしてきた妻とは断言したくなかった。何か違和感、非現実的な何か、そいつの言葉言葉一つ一つから伝わるどす黒い何かが俺にはわかる。

「お前は……俺の妻じゃない!お前は何だ!?」

 そいつは段々と姿と声を変えていく。体の節々から羽毛が元からそこにあったかのように……現れていく。ああなんだ██ █か。名前はたしか██ █。██ █だ。何故だか██ █という名前を知っている。俺の記憶にグッチャリとこびりついている。██ █という名前が。██ █はたくさんの目で俺を見る。


「カルロ・コルウス。記憶とは何だ?」


 なんとも名状し難い声色と不気味な笑みがそこにはあった。

「何を言ってる?何が言いたい?」

 私は足を震わせながらも、不安と恐怖をかき消そうと強い口調で言った。冷静にはなれなかった。目の前に眼が7つの鴉がいるのだから。




……これが全ての始まりだったのだろうか?私の父親がした罪というのはこれなのか?よくわからない存在に手のひらで転がされる。これが罪といえるのか?




追記


7̶つ̶の̶眼̶を̶持̶つ̶鴉̶の̶名̶前̶は̶伏̶せ̶て̶お̶く̶。̶知̶っ̶て̶い̶て̶も̶不̶幸̶な̶だ̶け̶だ̶。̶

しったほうがいい ぜったい したにかいておくね


 


ふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどり





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