第2話 聖夜
「フリー、部屋の掃除とかはやった?」
「もちろん大丈夫!こっちは完璧だよ。床とか壁とかが舐めれる程度にはね」
「ふふ、いいね」
俺たちフリーとルナは今夜12月24日、コルウス家で行われるクリスマスパーティの準備をしていた。今夜はクラヴィス家、コリウス家、コルウス家……と沢山の人が来るから、母さんも俺も楽しもうと張り切っている。一年に1回しかない特別な夜。
俺たちの故郷は今、今年一の盛り上がりを見せている。あちらこちらの家はイルミネーションでライトアップされ、眩い希望の光がこれでもかと言うほど真っ暗な聖夜を照らしている。どんなに青い憂鬱や真っ黒な闇を抱えている人もきっと今夜は違う色を求めてしまうような、そんな特別で大きなものを感じる。
緑、赤、青、黄、白……色とりどりの光と大勢の人々の愉快で陽気な話し声。
「Merry Christmas!」
「Merry Christmas!」
「Merry Christmas!」
「Merry Christmas!」
何回聞いただろう、聞きたびに今日は特別な日なんだと認識させられる。
「フリー、ベラが来たよ。迎えてあげて」
「もう来たのか」
俺は急いで玄関に向かう。ベラの奴、思っていたより早いな。
「やあー?フリー」
ベラはハートのサングラスに赤と緑のハットを被り、吹き戻しを咥えていた。ピーとやかましい高い音が鳴り、巻かれていた笛が伸びる。そして、吹くのをやめるとクルクルと口元に戻っていく。
「浮かれ過ぎだ」
「へへ、そうかなー?」
ガチャ、と音がする。また誰が来たようだ。
「やあフリー」
「ビス……」
ビスは星型のサングラスに青と黄のハットを被り、吹き戻しを咥えていた。ピーとやかましい高い音が鳴り、巻かれていた笛が伸びる。そして、吹くのをやめるとクルクルと口元に戻っていく。
「ビスお前もか」
「もちろん」
ガチャ、と音がする。また誰が来たようだ。
「やあ。フリー!」
サンタクロースは三角のサングラスに青と赤と黄のハットを被り、吹き戻しを咥えて……以下略。
「――じゃあ、せーの……Merry Christmas!!」
皆んなで各自、シャンパンやジュースを上に掲げて乾杯をする。
「いやー酒はいいな。最高だー!おいフリー、めりーくりすまぁーす!」
酒臭い……。ビスの父親は俺の肩を組み、思わず俺が持っているジュースが落ちそうになっているのを横目に臭い息を吐きながら呑気で陽気なことをベラベラと喋っている。
「フリー、お前ももう15歳だろ。シャンパンでも飲むか?」
「嫌ですよ。クラヴィス家の牛乳で充分です」
「はは、冗談だよ!冗談冗談!フリーが酒を知ったらもう牛乳を取りに来なくなるからな」
ビスの父親、いや酒飲みはゲラゲラと1人で腹を抱えて笑っている。反面教師にしようと俺は思った。
時間は進み、とうとうクリスマスケーキに入刀する時がきた。
「――じゃあ、部屋を暗くしようか」
「じゃあ、蝋燭に火をつけよー」
オレンジ色の灯りが次々に皆んなを照らしていく。やがて火は消され、切り分けられたケーキが1人ずつ皿に置かれていく。
「やっぱり美味しいな!これ!」
「ビス、お前食べ方汚すぎるだろ。ほんと昔から変わらないな」
「いいんだよ。美味しく食べれたら」
ビスはチョコケーキをスプーンで掬い口に運ぶ。
――視点は変わり家の玄関が映される。
「皆んなまた来ていいからね」
「もう帰るのか。酒……」
「牛たちが待ってるで。帰るで親父」
皆、自分たちの家へと帰っていく。
救えなかった。
「ベラが泊まる!?」
「フリー遊びすぎないようにね」
「それぐらいわかってるよ」
遅かった。
「おやすみ」
「ああ、おやすみベラ」
俺は……ベラのこと――
俺は喉の渇きと頭痛で目を覚ました。頭の中に残るのはさっきまでの賑やかな会話――もうパーティは終わったのだ。
俺は今は何時だろう時計を見る……時計の針は丑の刻、丑三つ時のど真ん中だった。
「なんだかこの時間帯は怖いな……。さっさと水を飲んで寝よう」
夜というものに嫌悪感を感じる俺は足早に自分の部屋から一階へと降りた。夜は嫌な思い出しかないから、あまりこの時間帯には起きていたくない。こうなったのは全てビス・クラヴィスという男とベラ・コリウスという女のせいだ……うん、間違いない。
「さっきまで盛大にパーティーしてたからなー。まだ興奮してるのかな?」
交感神経が副交感神経よりも優位になっているのだろう。俺は目が異常に冴えていた。
一階にある台所につくと、水がぽとぽと滴る音が聞こえてくる。俺はきつく閉まった蛇口を捻り水を出す……。
「?」
気のせいだろうか?さっきから小さな音ではあるがおどろおどろしい不協和音が聞こえてくる。少しずつ、だが着実に、その音はこちらに少しずつ近づいて来ているのがわかる。わかった。後ろからだ。後ろから聞こえてくる。俺は勇気を振り絞り振り返る――
「やあ」
そいつはそう言って手を差し伸べてきた。そいつは……ベラだった。
「うわぁああ!!……驚かすなよ、ベラ!」
俺は腰を抜かしてその場に倒れこんだ。ベラの白く長い髪がより一層怖く見えた。
「はは!驚きすぎー」
ベラの手には古いオルゴールが握られていた。
「どうしたんだよ。それ」
「オルゴールのこと?なんか落ちてた。というかなんでまだ寝てないのー?」
「ちょっと喉が渇いて、水を飲もうと思っただけだよ。」
「そう、私はもう寝るねー。おやすみ!」
ベラは自分の部屋に戻っていった。
ベラを家に泊めるべきじゃなかった。この調子だといつ心臓が止まってもおかしくない。
「絶対、絶対!やり返すからな……」
「――リーンリーン」
鈴虫が鳴く。ゲコゲコゲコゲコゲコとカエルも合唱している。夏の大合唱。深夜は静かだなあ、と思い自分の部屋に戻り俺は床に就いた。
「なんか疲れたなぁ」
さっきまでの頭痛が嘘のように、俺はいつのまにかにぐっすりと寝ていた。
目の前に広がるのは真っ暗な世界……何故か見たことがある気がするような不思議な場所だ。
――幾つもの言葉、概念、感情が脳にこびりついている。忘れられない忘れたい忘れちゃいけない。
「死、生、存在、神聖、断罪、恐怖、虚構、崇拝、虚無、記憶、破滅、闇、嫉妬、憤怒、秀麗、強欲、平和、傲慢、夢、諸悪、神秘、哀愁、永劫、色欲、報復、知恵、邪悪、至高、未来、虚飾、自由、空間、憂鬱、過去、遵守、祝福――そして、苦痛、幸福、隷従、孤独、暴食、再生、快楽、信実、怠惰、醜悪、不滅、正義、平等、殺戮、混沌、転化、消失、終焉、敬愛、冷酷、愉悦、支配、希望、不幸。今言った61の概念以外にもたくさんいるんだよフリー。そう、本に乗り切らないほど概念というのはあるんだ。そしてこの世界には言語化できないものもある。これから先、君は沢山の概念の化身と深く関わって生きていく――覚えておいて損はないよ」
「うーん……わかったよ、フリー。とりあえず覚えとくね!あと、化身ってなあに?」
次に映るのは、異国の地。
神聖帝国では見慣れない木々や草花。ポタポタと赤が地面に落ちていく。肉は矢尻で抉られ、意識は朦朧。痛覚はいらない。記憶を消して――歩く。何が正解なのか、自責と卑下、残るのは後悔。
「はあはあはあはあ……」
何かが心の中をドクドクと渦巻いている。俺は目を覚ました。頭が痛い。よくない目覚め方だ。
時計を見ると時刻は11時ぴったり。目覚まし時計なしでぴったり11時に起きれるのは一種の才能なんだろうか。
「忘れちゃいけないことがあるみたいに渦を巻いている。どんどん膨らむこの重い思い……まあいっか!忘れてしまったということはそれほど重要なことでもないんだろう」
俺は大きく深呼吸をし、カーテンを開け、空を見ると太陽はもう顔を出していた。空には大きな大きな鴉が飛んでいた。
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