第7話

 沙希は無言で俺を見ている。人形のようだ。


「⋯⋯な、なにかな沙希ちゃん?」

「別れる」


 やっぱりな。

 

「でら別れる」

「なんで方言?」

「break up」

「もっと遠く行ったね」

「ブレイクダウン!」


 お得意のローキックを放ってきた。

 この故障品とでもいいたげだ。


「だから違うんだよ、ちょっと聞いて⋯⋯」

「ほ、ほああああああ!?」


 俺を遮ってカレンが悲鳴を上げた。沙希に詰め寄っていく。

  

「きゃわいいいいい!! ねえねえ名前は? 何年生? 身長は? 体重は? 趣味は? 好きな食べ物は?」


 美少女を守りたい女は頬がふれあいそうな距離まで沙希に顔を近づけた。

 もはやコイツ自身が害悪だった。


「すごいわ、どこに隠れていたのこんな美少女!? もうTierS越えてSSよ! 信じられない!」


 綾ちゃん一瞬でランク抜かれた。負けた。


「もしかして彼氏は? 当然そんなのいないわよね? ねえ?」

「どうも、彼氏です」


 俺はぽん、とカレンの肩に手をおいて微笑む。

 

「う、嘘つけエエエええ!! 嘘だ! そんなの嘘! 嘘よ嘘よ! ウソウソ!」


 案の定取り乱し始めた。そうやって繰り返し人の顔を指差すなと言いたい。

 無視して沙希に声をかける。

 

「用事も終わったし、もう行こうぜ沙希⋯⋯」

「もう彼氏じゃない。今別れたから」

「は?」


 沙希はぷいっとあさっての方を向いた。 

 

「嘘だあああああ! そんなの嘘だ! 嘘だ嘘だあああ!」


 俺はその場に崩れ落ちた。

 のたうち回っていたカレンがまた人のことを指さしてきた。


「あはははっ!! 無様ね! 身の程を知りなさい!」

「まさかこの俺が⋯⋯! ちくしょおおおおお⋯⋯!!」

「はーっはっはっは!」

「なんちゃって」


 俺は完全体になったセ◯っぽく言った。


「これはそういうお決まりのアレだから。ツンデレだから」


 自分で言っておいてなんか違う気がしてきたがそういうことにしておこう。

 そう、これはツンデレなのだ。新世代のツンデレ。つまり別デレ。


「なあ、沙希」

「ううんガチで」

「え? ガチ?」


 え?


「待て待て一回落ち着こう。落ち着いて話をしよう」

「breaking up」

「進行形? そんな英語ある?」

「別れるか別れないかはあなた次第です」

「都市伝説やめろ」


 そしたら付き合ってること自体ほぼ嘘みたいなもんやん。

 

「本当にイチャイチャしてる⋯⋯。ガチでカップルかよ終わった⋯⋯」


 カレンが頭を抱えてうずくまった。

 今のでイチャイチャしてるように見えたらしい。てか俺が彼氏で終わったみたいに言うのやめてもらっていいか。


「⋯⋯いや、待って。ちょっと来て」


 カレンはゆらりと立ち上がった。

 沙希を手招きすると、なにやらこしょこしょと耳打ちをはじめた。


「ううん」

「それもしてない」

「たぶんビビリ」


 沙希の返事はしっかり聞こえる。てか俺に聞こえるように言ってるだろあいつ。

 何やらすごい視線を感じるが一体何の話をしている?

  

「セーーーフ!」


 カレンによる謎のセーフ判定が出た。

 気持ちドヤ顔で俺に近づいてくる。

 

「早いとこ別れなさい? 今ならまだ間に合う」

「⋯⋯誰が何に間に合うって?」

「じゃあ別れたら⋯⋯お姉さんがイイコトして、あ・げ・る♡」


 これみよがしに胸を寄せてあげてきた。

 胸が大きくてコンプレックスに感じているどころか有効活用してきた。


 あ、でもそういう展開あり?

 そういうのないかと思ってたけど。いったん別れるもある?

 

「いや悩みすぎだから。あと胸見すぎ」


 不意に横から何者かに突っ込まれた。

 俺の脳内前フリボケを的確に捉えてきた。

 こんな芸当ができるのは思いつく限り一人しかいない。

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