彼女に別れると言われたので幼馴染に相談してみた

荒三水

第1話

 昼休みの教室。

 俺は後ろの席の女子と昼食をともにしていた。俺の背後の席には、奇跡的なめぐり合わせで幼馴染の綾が座っている。


「彼女にもう別れるって言われた?」

「そう。いきなり」


 昨晩のことだ。

 唐突に彼女の沙希から電話で「別れる」と言われた。


「昨日はなかなか寝付けなかった⋯⋯」

「あんた、大丈夫なの?」

「やっぱ枕って重要な」


 勝手に取り替えられた新しい枕が合わなかった。

 それ高いやつなんだけど、となぜか母親に逆ギレされた。


「うっ⋯⋯吐きそうだ」

「ちょっと、大丈夫?」

「なんでこの卵焼き甘いんだよ、甘いの嫌いなんだよ」


 綾の弁当に入っていた卵焼きがうまそうに見えたがとんだ罠だった。

 綾は「勝手に食って文句言うな」と俺の肩を小突くと、にんまりと笑った。


「じゃあさ、あんたかわいそうだから、あたしが付き合ってあげよっか~?」

「いやー卵焼きが甘い人はちょっと⋯⋯」

「あっさりふられて悔しくないの?」

「くそっ、沙希が他の男となんて⋯⋯興奮するじゃねえか」

「いきなり別れるっていうのはひどいでしょ。一回あの子に痛い目見せてやったらいいのよ」

「お前あいつとなんかあったん?」


 綾がどうしてもざまぁをしたいというので、とりあえず仮に付き合うことになった。その原動力はどこから来るのか謎だ。もしかして前に沙希から「なんかおっさんくさい」と言われたことを根に持っているのだろうか。


 


 放課後になった。

 綾は友達とスマホを突き合わせながら、おしゃべりに夢中だ。付き合うことになったとたんにデレデレになるということはないらしい。机をバンバン叩きながらゲラゲラ笑っていて飲み会のおっさんみたいだったので、一人で帰ることにする。 

 


 今日は朝から一日曇りで肌寒かった。

 校門を出てしばらくすると、小さな影がくっついてきていることに気づく。沙希だった。黙って半歩後ろをついてくるので振り返って尋ねる。


「何?」

「一緒に帰る」

「あれ? 別れたんじゃなかった?」

「別れたけど一緒に帰る」


 沙希が勝手に仲間になった。

 だけど今はそういうわけにはいかない。


「俺今日から綾と付き合うことになったから」

「誰?」

「いやほら、幼馴染の」

「誰それ」

「お前知ってるだろ。てか誰だって関係ないじゃん、別れたんだから」

「好きなの?」

「いや俺は沙希が好きだけど、別れるって言われたし」

「にやり」

「なに笑ってんだよ」


 額を指で押すと、沙希は上目遣いに俺を見た。

 何か言うのかと思ったが何も言わない。


「とにかく今は綾と付き合ってるから一緒に帰れない」

「一緒に帰ったらダメって言われたの?」

「言われてないけど」

「じゃあいいじゃん」

「いやよくはないだろ」

「聞いてみて」


 スマホで綾にメッセージを送る。

 すぐさま「別にいいけど」と返信があった。


「いいって」

「見せて」


 沙希が横からスマホを雑につかんできた。

 すぐに振りほどくが画面にめちゃめちゃ指紋がついた。


 隣を歩きながら、沙希がこちらを見上げて言った。


「手つないでいい?」

「やだ。お前手冷たいから」


 沙希は両手をこすり合わせて、はぁ~と息を吹きかける。


「冷たくないから。あったかいよ?」


 沙希は手を差し出して、じっと俺の顔を見た。

 仕方なく手を取る。


「ぬるい」

「別れる」

「もう別れてるだろ」

「超別れる」


 超別れた俺達は、手をつなぎながら歩いた。

 しばらく行くと、公園の入口にさしかかる。沙希は自販機の前で立ち止まって言った。


「おしるこ飲みたい」

「ババアかよ」

「はんぶんこしよ」

「甘いの好きじゃない」

「別れる」


 おしるこを一本買って、ベンチに座る。沙希は両手で缶をかたむけて、ゆっくり口につける。何度か喉を鳴らしたあと、俺に向かって缶を差し出した。

 無視していると、口元に飲み口を押し付けてきた。一口飲んで返すと、沙希は残りをうまそうに飲み干した。


 缶を捨てて戻ってきた沙希は、肘が触れるぐらいの距離に座り直した。

 それからスマホを取り出すと、見たこともないようなマイナーなゲームを起動した。

 俺に画面を見せながら、


「これ昨日見つけたの。おもしろいから一緒にやろ」

「なにその変なの。絶対クソゲーだろ」

「別れる」


 沙希はスマホをしまうと立ち上がって歩きだした。

 ベンチに座ったまま後姿を見送っていると、沙希は立ち止まって振り返った。ばいばいと手を振ると、沙希は戻ってきて俺の腕を取った。

 手をつながされて歩いた。駅の前までやってくると、沙希は立ち止まって俺に尋ねた。


「もう帰っちゃうの?」

「うん。さみーし」

「別れりゅ」

「噛んでるし」


 手を離すと袖を引っ張られた。

 じっと見上げてくる沙希と目が合う。


「バイバイのキス」

「あーそれはダメだわ。彼女に聞いてみないと」

「聞いて」


 俺はスマホを取り出して綾を呼び出した。綾はすぐに出た。


「キスしてもいいかって」

『⋯⋯勝手にしたら?』 


 沙希が俺の袖をくいくいと引いて「別れて」と言った。俺はスマホ越しに綾に言う。


「沙希が別れてって言うから別れよう」

『はいはいわかったわかった』

「うん、じゃあ」

『あ、ちょっと待って』

「ん?」

『くたばれバカップル』


 ブツっと通話を切られた。

 沙希は少し不安そうな目で俺を見た。


「なんて?」

「くたばれバカップルだって」

「別れる」

「いやなんでだよ」

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