第2話

第1章 試験の日

――魔猟師、それは命を懸ける資格。


 朝の光が、校庭に並ぶ魔晄灯を白く照らしていた。

 「大和国立魔猟師高等専門学校」――通称ヤマコー

 魔力が電力の代わりに街を動かすこの時代、魔猟師は国家資格を持つエリートであり、同時に命懸けの現場職でもあった。


 年に一度、この日だけは、校舎全体が異様な熱気に包まれる。

 仮免試験――通称“十級選抜”。

 魔猟師を名乗るための最初の壁であり、多くの生徒がここで夢を終える。


 「魔石工学とか魔晄炉理論とか、実戦で使うの?」

 窓際の席で、皐月蒼がため息をついた。

 短めのボブカットが朝日を反射し、魔力灯の光と混ざって揺れる。


 「使うさ。魔晄炉の仕組みを知らない魔猟師なんて、現場で爆死するだけだ」

 神威一は腕を組み、机の上に置いた双短剣を指で弾いた。


 「……やっぱ理屈っぽいよね、ハジメって」

 「理屈で動く“電気”ってのがあったんだよ。前の世界にはな」

 「また転生話? 信じてるの、たぶん私だけだよ?」


 そのやり取りを背後で聞いていた如月命が、小さく笑った。

 銀髪をまとめ、冷静な瞳で二人を見やる。

 「二人とも、もう少し集中して。筆記の後は実技とチーム戦よ。仮免とはいえ、怪我じゃ済まないかもしれないんだから」

 「了解、命先輩!」

 「平気。死ななきゃ合格だ」


 蒼が呆れたように息を吐く。

 だがその瞳には、ハジメへの信頼と、少しの憧れが宿っていた。


 筆記試験が終わる頃には、教室中がどっと息を吐いた。

 魔力流動方程式、魔石の構造理論、魔窟反応の変化――まるで科学の試験のような問題ばかり。

 だが、前世の“物理”の知識を持つハジメには、意外と易しかった。


 「さすがだね、ハジメ。手、止まってなかったもん」

 「……まぁ、ちょっと懐かしかっただけだ」


 窓の外では、午後の実技試験に向けて、魔力結界が張られていく。

 青白い光が校庭を包み、空気がわずかに震えた。


 午後。実技演習区――通称模擬魔窟

 魔猟師候補たちが列を作り、緊張と魔力の匂いが混ざり合っている。


 「ルールを説明する!」

 試験官の男が声を張り上げた。

 「筆記の合格者のみ、これより実技およびチーム戦に進む! 構成は三人一組。制限時間二十分以内に魔核体を破壊し、模擬魔窟から脱出せよ!」


 列の中から、蒼がハジメの腕を小突く。

 「ねぇ、魔核体って、つまり“ボス”でしょ? ……大丈夫?」

 「大丈夫だ。俺が前に出る。蒼は索敵と援護、命先輩はバフと回復。いつも通りだ」

 「……了解!」

 「了解、でも本当に無茶はしないでよ」


 「第三試験チーム、入場!」

 審判官の声が響く。三人は一歩を踏み出した。


 模擬魔窟の中は、淡い霧と魔力光に包まれていた。

 石壁の脈動はまるで呼吸のようで、足元の魔石がリズムを刻む。

 ここだけは、街の外の“本物の魔窟”に限りなく近い。


 「蒼、索敵範囲は?」

 「右奥に三体、左にも一体。魔力濃度は中級……けっこう強いかも!」

 「命先輩、バフを頼む」

 「はい、《守護の祈祷(セイクリッド・シェル)》展開!」


 淡い光が三人を包む。防御障壁が完成した瞬間、ハジメは双短剣を構えた。


 ――放出できない魔力。

 魔弾も火球も撃てない。

 だが、彼にはもう一つの道がある。


 「《纏装(まとう)》――起動」


 体内の魔力が沸騰するように膨れ上がり、血流に乗って全身を巡る。

 皮膚が淡く発光し、筋肉の線が浮かび上がった。


 「行くぞ!」


 床を蹴った瞬間、ハジメの姿が残像になった。

 双短剣が閃光のように走り、突進してきた魔獣の牙を斬り落とす。


 「は、速っ!」蒼が驚きの声を上げる。

 「纏戦闘は、魔力を体内に循環させる戦闘法。魔力放出ができない代わりに、身体能力を極限まで高める」

 命が冷静に分析しながら、回復陣を構築した。


 「三体、左側!」

 「任せろ――《双閃・裂牙(そうせん・れつが)》!」


 斬撃が一閃、霧の中に光の軌跡を残す。

 魔獣たちは悲鳴のような魔力を散らし、霧へと溶けた。


 だが、その代償は大きい。

 ハジメの息が荒くなり、膝がわずかに震える。

 体の中の魔力が暴れ、神経が焼けるように痛い。


 「ハジメ、無理しないで!」蒼が叫ぶ。

 「まだだ……! あと一体、核体だけだ!」


 奥の広間。

 脈動する巨大な魔石――それが、魔核体だった。


 蒼が詠唱に入る。命が支援陣を展開。

 そしてハジメは、最後の一歩を踏み出した。


 「――《纏極・崩刃(まとうきょく・ほうじん)》ッ!!」


 爆ぜる魔力と共に、双剣が魔核体を貫く。

 閃光、轟音、そして静寂。


 崩れ落ちる魔石の破片が光の粒となって宙に舞う。


 「……やった……!」

 蒼が駆け寄り、命が結界を解除する。

 ハジメは膝をつきながら、息を吐いた。


 「これで……十級、だな」

 「うん、立派な“仮免魔猟師”よ」命が微笑む。


 その笑みの奥に、どこか心配の影が見えた。

 ――あの無茶を、いつか止められなくなるのではないか。


 試験区の外では、夕陽が朱く沈んでいた。

 ハジメは拳を握りしめる。

 「俺は、ここからだ。いつか“ファースト”になる」

 その声は、静かに、しかし確かに空へ響いた。


 そして、彼らの物語が動き出す。

 魔力が灯る現代の大和で――。

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