灰の輪廻
るーく
灰の輪廻
第1話 灰の中の死
――熱い。
肌を焼く熱気に、天城怜(あまぎ・れい)は目を覚ました。
視界の端で、赤と黒が渦を巻いている。
燃え上がる木造アパートの壁。倒れた家具。
息を吸えば、肺の奥が焼けるようだった。
――火事か?
思考が鈍く、まともに立てない。
自分の部屋の中なのは分かった。
だが、どうして燃えているのかが分からない。
「……っ!」
咳き込みながら、怜は床に手をついた。
熱い。皮膚がじゅ、と音を立てる。
煙の向こう、玄関の方で何かが崩れ落ちる音がした。
(やばい……外に、出ないと)
だが、身体が動かない。
足元には折れた梁。下敷きになっている。
力を込めるたびに、ひび割れた床板から焦げた木の匂いが立ちのぼった。
生きたい。
それなのに、腕の力が抜けていく。
視界がぼやけ、音が遠のく。
――俺、死ぬのか。
思えば、ろくな人生じゃなかった。
大学を出て、就職して、過労と孤独に追われるだけの日々。
家族も、友達も、もういない。
誰にも知られずに死ぬのだと思うと、妙に静かな気持ちだった。
最後に見えたのは、崩れ落ちる天井と、舞い上がる灰色の光だった。
* * *
……風が吹いている。
目を開けると、そこは灰色の空の下だった。
地面は黒く焦げたような岩肌。
空気はひんやりとして、どこか現実離れしている。
「……ここは?」
周囲を見渡す。
森も建物もない。
ただ、遠くの地平線まで灰のような砂が広がっていた。
夢のような光景だった。
だが、頬を撫でる風の冷たさが、それが現実だと告げていた。
「死んだ……のか?」
呟いた声が、風に溶けて消える。
その瞬間――背後から、声がした。
『目覚めたか、灰の子よ』
振り返ると、そこにいたのは人ではなかった。
黒い外套を纏った、翼を持つ存在。
その顔は影に覆われており、目だけが赤く光っている。
「誰だ……?」
『我は“灰の導き手”。お前の魂をこちら側へ導いた者だ』
「こちら……?」
『この世界は〈アル=アリヤ〉。神々に捨てられた灰の世界。
お前は、灰の門を越えて転生した者――すなわち、“灰の英雄”となる資格を持つ』
「転生……?」
怜は混乱していた。
死んだはずの自分が、なぜか異世界に?
ゲームやラノベの話ではない。だが、目の前の異形がそれを現実にしている。
『選べ。生きるか、消えるか。お前の魂はまだ形を保っている。
だが、選ばなければ、灰に還るだけだ』
冷たい風が吹き抜ける。
怜は息を呑んだ。
――生きる。
その答えだけは、即座に出た。
「……生きたい。もう一度、生きる。たとえこの世界が灰でも」
『よかろう』
黒翼の存在が手をかざす。
怜の胸に、灰色の紋章が刻まれた。
その瞬間、激しい痛みが全身を走り、意識が再び暗転する。
* * *
次に目を覚ましたとき、そこは森の中だった。
空は青く、鳥の声がする。
先ほどの灰の世界は、まるで夢のようだった。
「……本当に、異世界?」
服はボロボロ、体にはいくつもの傷跡。
だが、不思議と痛みはなかった。
代わりに、胸の奥で微かに何かが脈打っている――灰色の紋章。
そのとき。
「おい、誰だ!」
茂みの向こうから声がした。
見れば、革鎧を着た男が二人、剣を構えてこちらをにらんでいる。
「まさか魔物か?!」
「ち、違う! 俺は人間だ!」
慌てて手を挙げる怜。
だが、彼らは剣を抜いたまま警戒を解かない。
「見ろ、その胸の紋章……! “灰の印”だ!」
「やっぱり呪われ者か!」
「待ってくれ! 俺は何も――!」
言葉を遮るように、刃が振り下ろされた。
怜はとっさに身を翻す。
その瞬間、胸の紋章が熱を帯び――世界が灰色に染まった。
音が消え、風が止まる。
周囲のすべてが静止する中、怜だけが動けた。
「な、何だ……これ……?」
手を伸ばすと、男たちの姿が“灰”になって崩れ落ちる。
ただの一触れで、存在が消えていく。
「やめろ! そんなつもりじゃ……!」
だが、止まらない。
灰が風に舞い、空へと消えていく。
その美しさに怜は震えた。
――これが、俺の力なのか。
恐怖と同時に、奇妙な安堵があった。
生きるための力。だが、あまりにも異質なそれを、彼はまだ制御できなかった。
やがて、灰色の世界が崩れ、再び森の色が戻る。
男たちは跡形もなく消えていた。
怜は膝をつき、震える手を見つめる。
「……俺、どうなっちまったんだよ」
その問いに答える者はいない。
ただ、風が木々を揺らし、灰の欠片を遠くへ運んでいった。
* * *
遠く、森の奥。
黒い外套の導き手が静かに呟いた。
『灰の子よ。お前の運命は、今、動き始めた――』
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