第2話
二人でのんびりと歩き、昨日の話題で盛り上がる。
高校までの行きは二人なのだが、帰りは紬が部活をしているというのもあり、大抵の場合一人だったりする。だから、昨日の話で盛り上がれるのは、何だかお得感があっていい。
周りは俺達と同じように、学校に登校する人や会社に出勤する人で溢れている。そんな人の波に乗り、横断歩道を渡って、家から一番近いバス停に到着する。
紬とバス停に立ち、高校に向かうバスが来るのを待つ。
通勤ラッシュの時間帯なのもあり、多くの車両が行き交い、その流れも段々と詰まり始めて、朝の渋滞というやつを引き起こしていた。
「今日も車多いね」
「平日だし、国道だから仕方ないさ」
正直な話、バスで登校する必要はない。
近くには電車も通っており、渋滞次第では電車の方が早かったりする。ただ面倒なのは、乗り換えが発生するという点だろう。別にこれだけが理由ではないが、俺と紬は登校の時は電車を利用しようとは思わないのだ。
「あっ来たよ」
「今日はいつもより早いな」
「……うん、今回も空いてるね」
「みんな電車で行くからな」
そう、朝の電車は大変混むのだ。
それに比べて、何故かバスの利用者は少なく、のんびりと座れるのである。
プシュと音が鳴りバスの扉が開く。
車内は半分ほどの席が空いており、余裕を持って座れそうだ。二人掛け用の座席の窓際に紬を座ってもらい、通路側に俺が座る。
最初はのんびりと揺られながら、バスの中というのもあり当たり障りのない会話をする。
あの動画見たかとか、あのアニメの続きが楽しみとか、今度映画見に行こうとか、そんな会話だった。
バスに乗って五分もすると、ヤハタ市の名物の一つである八万大橋に差し掛かる。
長さ約六百五十メートル、海面からの高さは四十二メートル近くもあり、ビルの十二階くらいの高さがある。
その橋の上を、バスは法定速度より遅い速度で走って行く。
次々と自動車がバスを追い抜いていき、それを横目に窓から景色を眺める。
下には海が眺め、遠くには拳くらいの大きさの島が見える。もちろん近くに行けば、立派な島なのだろうが、ここからではミニチュアサイズなのだ。
反対側には湾が見え、陸地には人の営みが感じられる建物が並んでいる。
正面には大きな主塔があり、青い空が雄大に広がっていた。それも少しすると景色が変わる。市街地が現れ、遠くにある山まではっきりと見えるのだ。
俺はこの景色が好きだ。
この景色を見るために、バス通学をしていると言っていいだろう。
「今日は、空気が澄んでるみたいだな」
「そうだね」
紬がこの景色が好きかどうかは、俺は知らない。
でも、こうして二人で見ていられるこの時間が、俺は好きだったりする。
バスは渋滞で停車しながらもゆっくりと進んで行く。
ほんの十分くらいの時間だったが、朝の最高の一時だった。
バスは進み、段々と高校の最寄りのバス停に近付いて行く。その間にもバス停で、人を乗せていき同じ高校や他校の生徒がチラホラと見えて来た。
混んで来たなと思いつつ、変わらず外の景色を眺めていると、工事中なのかパネルで覆われた区画を通過する。
「……ここってさ、昔から空き地だっけ? 何かあったような気がするんだけど」
「空き地だったよ。土地が悪くて何も建てられないって聞いた事があるから、これからも建たないんじゃないかな?」
「そっか」
紬が言うのなら間違いない。
なんてことのない、俺の勘違いだったようだ。
囲われた区画を通り過ぎると、大型のショッピングモールが姿を現す。数多くのテナントが入っており、俺たちもよく遊びに来ていた。
「今度さ、久しぶりにショッピングモールに行かないか?」
「ショッピングモール? 何か欲しいのあるの?」
「いや、紬と遊びたいからさ……いてっ」
「そういうのは、こういう所では言わないの」
紬にデコピンされて、額を押さえる。
更に続けて、「それで、どう?」と尋ねると、「今度の土曜日ね」とOKが返って来た。
うしっ! と拳を握って喜びを伝える。
すると後部座席の方から「チッ」と舌打ちが聞こえて来た。そこにいるのは校風が自由な他校の生徒で、主に男子が睨みを効かせていた。
ごめんねと会釈をして誤魔化すと、紬と顔を見合わせて正面を向く。
それから少しすると、高校に一番近いバス停が見えて来た。
後方を見ないようにしてバスを降りると、ホッと一息ついて安堵する。
無駄な諍いにならなくて、本当に良かった。
それにしても、
「やっぱり紬は注目されるな」
「創ちゃんが、でしょ」
横目で見合って、なすりつけ合う。
まあ、俺がかっこいいのは認めるが、それ以上に紬が人目を引くほど魅力的過ぎるのだ。
だから、紬が悪い。
「なんか納得いかないんですけど」
「褒めてるんだから、別に良いだろう。ほら、早く行こうか。まだ睨まれているからさ」
未だにバスの中から睨んで来ているのだ。
どれだけ嫉妬深いのだろうか。
別に俺達は付き合っている訳でもないというのに……。
「……なあ、紬」
「なに?」
「俺達って、付き合ってないんだよな?」
「そうだね、ただの幼馴染だね」
何だか切なくなりながらも、高校に向かった。
◯
俺達が通う零士高校は、まあ偏差値はそこそこの高校だ。
部活の成績もそこそこで、昔は野球部が甲子園に出場した事もあるらしい。
それも、俺達が生まれる前の話なので、過去の栄光でしかないが。
紬とは別のクラスなので、また後でと言って別れた。
「おはよー」
教室に入ると朝からおはようの挨拶が飛び交い、俺も適当に返していく。適当とは言っても、笑顔は忘れない。
笑顔を振り撒くだけで、人とのコミュニケーションが円滑になるのを知っているからだ。
「治、おはよー」
「創士おはよう」
教室に入って来た友達の
治とは小学校からの友人で、体が大きくて性格も大らかな人物だ。体が大きいと言っても、そのほとんど筋肉で出来ており、柔道を長年やっている猛者だ。穏やかな顔付きで、髪の天然パーマが特徴だったりする。
「朝から部活か? お疲れ様」
「まあな。大会も近いし、追い込んでおかないといけないしな」
「かー凄いね、俺じゃ無理だよ」
「何言ってんだ。中学時代のお前もこうだっただろう」
「昔の事は覚えてないよ。どっちにしても、もう無理」
「……勿体無いな、あれだけ強かったのに」
「もう、燃え尽きちゃったからね」
剣道は中学で引退。
どんなに努力しても、絶対に勝てない相手がいると分かってしまい、心が折れてしまったのだ。
あの日以来、軽い筋トレやランニングはしても、竹刀には触れてさえいない。だから、もう剣道は終わりなのだ。
俺はこの会話を終える為、別の話題をふる。
「それよりさ、菜々子とは上手くいってんの?」
「……何の話だ?」
「何って、お前ら付き合ってるじゃん」
「……付き合ってないぞ、誰が言ってたんだ? ん?」
ぐいっと顔を近付けてくる治。
その顔は笑顔だが、目が笑ってなかった。
笑顔は大事だけど、そういう笑顔は怖いんだよね。
「聞いたっていうか、二人で一緒にいる所で会ったじゃん」
「……それはいつだ?」
「いつって……あれ? いつだっけ?」
ごめんちょい待ち、と治に告げて俺は思い出そうと必死になる。
二人が一緒に歩いているのを見た気はするのだが、それがいつどこでだったのか記憶がない。
んーーと考えて、こりゃ思い出せんなという結論に至る。
「すまん治、俺の勘違いだったかもしれん」
そう謝ると、突然どこかの遊園地の映像が頭の中に過った。
「うっ⁉︎」
急に頭が痛み出して、こめかみを抑えてうずくまる。
「おい、大丈夫か?」
「大丈夫、段々治ってるから」
痛みが引いていくのを感じて、こめかみに置いていた手を離す。それから周りに目を向けると、何やら注目を集めていた。
「どうしたんだ? 今日の俺って、そんなにかっこいい?」
「馬鹿言ってないで保健室に行くぞ、目から血が出てるぞ」
「え?」
目から何か流れるのを感じて、指先で触れてみると、少量の赤い血が付いていた。
「なんだこれ?」
さっきの頭痛のせいだろうか、本当に目から血が流れているようだった。
だけど、体調は特に問題はない。
頭痛も直ぐに治ったし、普段から変わらず好調だ。
「とりあえず行くぞ、目から血なんて普通じゃないからな」
「え、ちょ⁉︎」
治に無理矢理立たされて、保健室まで誘導させられる。
柔道部なだけあり、力が強くて逆らえない。
俺が女子なら、その力強さにキュンとしていたかも知れないな。
なんて下らない事を考えていたら、保健室に到着した。
まだ朝というのもあり、保健室の先生は不在でとりあえず待つしかない。しかし治は「先生を呼んで来る」と告げて、保健室から出て行った。
「何ともないんだけどなぁ」
頭を掻きながら保健室内を見回すと、机の上に新聞が置かれているのに気付いた。
もうほとんど見かけなくなった新聞紙。
家でも昔は取っていたが、俺が小学校に上がる頃には解約していた。
父さん曰く、「情報が遅いし思想が入り過ぎて読みにくい」のだそうだ。
そんな新聞を手に取り開いてみると、本日のテレビ番組のタイムスケジュールが並んでいた。
「あっ、新聞って反対から読むんだっけ」
気を取り直して新聞をひっくり返すと、『神様症候群による犯罪グループか⁉︎』という見出しが飛び込んで来た。
何でも都心では、神様症候群罹患者による犯罪者グループが複数あるそうで、対立していて治安が悪化しているそうだ。
また過去に起こった事件や事故も取り上げられており、項目ごとに軽く説明が添えられていた。
「ん? 何だこの空欄?」
過去の事件の欄に、一部不自然な空欄があった。
何だろうなここと考えていたら、治が保健師の先生を連れて戻って来た。
先生に目などを見てもらったが、ここでは分からないので病院に行って検査した方が良いと告げられた。
今から帰るかどうかと聞かれたが、別に体調も悪くはないので授業を受けますと言っておいた。
言っておくが、俺は学校が好きな訳ではない。
俺の成績を考えると、学校の休みは極力減らして起きたいだけだ。
「そこまでして出席日数が欲しいのか?」
「治みたいに、特待生って訳じゃないんだよ」
この高校では、特待生に限り進級の補正が入る。
それをズルいとは思わない。
こういう校風であると知っていて、零士高校に入学したのだから。
「いや、やっぱり特待生ってずるいよな」
「いきなり何だよ、創士だって特待生になれただろうに」
「それは言わない約束だろう」
「そんな約束した覚えはない」
などと駄弁りながら教室に戻ると、もう直ぐでホームルームが始まる所だった。
早く席に着こうと走ると、一人の女子から話しかけられた。
「創士ぃ、血を吐いたんだって、紬にフラれでもしたのかなぁ?」
「うるさいぞ菜々子。フラれてないし、血も吐いてもないんだよ。それにな、お前らみたいに影で付き合ってるような関係じゃないんだよ」
「なっ⁉︎」
俺に話掛けて来て、顔を赤くしたのは田代菜々子という中学からの同級生だ。
狐を連想させるような細い目をしており、いたずら好きのような印象を受ける。実際、揶揄って来るので、毎度やり返すのが日常になってたりする。
そんな菜々子は俺ではなく、治を睨んでいる。
その様子を見て、やっぱりお前ら付き合ってんじゃんとクラスメイトは察した。
頭を振って否定している治だが、きっと菜々子は信じないだろうな。
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