第2章 ⑭


「はあー。お腹空いた。危うく、お昼抜きになっちゃうところだった」


「誉先輩、お忙しそうですね」


 そう言いつつ、エマは、近くを巡回していた機械化召使オート・サーバントに緑茶をリクエストする。

 給湯ユニットを背負った機械化召使オート・サーバントが、円筒形のボディをカタカタと揺らしながらテーブルの傍まで走ってくると、さやかのトレイの上に湯気の立つ緑茶をコトンと置いた。


「ありがとう、ウィンターズさん。ううん、それほど忙しい訳じゃないんだけど……。本部の近くを通りがかっちゃったのが運の尽きよね。副長ったら、中々解放してくれなくて……彼はお昼食べないのかしら」


 そう言いつつ、さやかは、トレイへ向けて小さな声で「いただきます」と手を合わせた。

 彼女のメニューは、「日替わり定食B」だ。

 まだ湯気を立てているハンバーグをふうふうと口をすぼめて冷ましつつさやかは、楽しげに目の前の二人を順に見つめてにっこりと微笑んだ。


「へー、今日の『A』の方は、サバの味噌煮だったんだ。それに、春雨サラダも……。うーん、『A』にしとけばよかったかな……」


「私もそれで今日『A』の方を選んだんです」


「え! もしかして、ウィンターズさんも春雨サラダフリーク?」


「「はい!」」


 エマだけで無くほのかも声を弾ませた。

 因みに春雨サラダフリークとやらが、何のことかは夏彦には不明だ。

 流行に一周遅れでもいいから追いつこうなどという殊勝な心掛けは、夏彦には微塵もない。


「春雨サラダお好きなんですか?」


 そんな訳で何の気無しに発した夏彦の問い掛けにさやかは、くすりと笑った。


「あら、篠塚くん気になる? ふふふ。そうね……でも、啜るもの系は、何でも好きかな。例えば――」


 と、さやかは視線をさくらへ向けた。


「『さくら』ちゃんの食べてる『たぬきうどん』なんかも好きかな」


「「!」」


 夏彦とエマは思わず顔を見合わせた。

 さくらの事をまだ紹介していないにも関わらず──


(誉生徒隊長は、さくらを――戦略生体兵器『さくら』を知っている!)


 夏彦のアイコンタクトにエマも小さく頷く。


(なるほど、こう来るか……)


 彼女こそが、パシフィック・サーバント側が寄こした使者。つまり、世界第三位の実力を持つ民間軍事会社PSCが示す意思なのだ。

 夏彦は、必死で頭脳を回転させ、事態を分析しようと試みた。

 が──すぐにやめた。

 分からない事が多すぎる。

 何にせよ、いまこの場では彼女との『交渉』に賭けてみるほかないのだ。 

 ほぼ一瞬にして、そう結論に達した夏彦がエマを見ると、彼女もまた同じ結論に至ったのかなんとも微妙な表情でさやかの事を見つめていた。

 尤も、その原因を作った当のさやかは、そんな二人の胸の内を知っているのかどうか、楽しげに食事を続けている。春雨サラダフリークだと言うほのかが、初めて家族に中華風春雨サラダを作った時の失敗談に声を上げて笑い、さくらに対してもにこやかに話しかけ、まるで『交渉』の場である事を感じさせない態度を貫いている。

 まったく見事と言っていいぐらいに。

 内心、感嘆する思いで夏彦とエマが見つめる中、さやかはゆったりと、だが女性としては、かなり早い食事を終えた。


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